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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
32/130

03-02


「……寝台も粗末と来たもんだ」


 翌朝。

 目を覚ました(オレ)は大きく伸びをして節々が痛む身体をほぐしながら、小さくそう呟く。

 事実、神殿の寝床ってのは板張りのベッドの上に布を置いただけの……あまり寝泊まりする人間に配慮していない作りになっていたのだ。

 まぁ、雨風をしのげるだけでもマシと言えばマシなのだが……それでもせめて綿の入った布団くらいは欲しいと思うのは、文明に慣れた人間が抱く当然の感想だろう。

 とは言え、此処は宗教施設。

 修行僧の集まりみたいな場所なので、質素倹約なのは仕方のないことだと割り切ることにする。


(ま、便所にアレがいなかっただけマシ、か)


 神殿の便所は肥壷のようなもので集めるタイプであり、変な生き物が顔を突きだしてくるようなことはなく……それだけは幸いだったと言える。

 不浄の(ダウゼ)(ジァ)なんて名前の生き物を神の膝元たる神殿で飼う訳にはいかないのだろう。

 己はそう内心でぼやきながらも、ボロボロだった道着を脱ぎ捨て用意されていた神官(セリカ)の服を身にまとう。

 木綿らしき下着に麻で編まれた純白の上着……あの幾何学的存在(アー)の姿を模したらしき肩のパッドが大きめのその服は、正直、着心地はあまり良いとは言えず、安っぽいと称してもおかしくない代物だった。

 尤も、今まで着ていた……もはや服と呼ぶのも烏滸がましい道着よりは遥かにマシなのだが。


「あ、あの……お目覚めに、なられましたか。

 (アー)(ハルセルフ)様」

 

 着替えを終え、愛刀を提げながら部屋を出た己にそんな声をかけてきたのは、昨日の付き人……タヌグという名の少年だった。

 戦士(ダヌグ)という名をしている割には、背は低く線は細く……まるで少女のような少年である。

 昨夜寝室に案内された直後、少年の口から夜伽を言い出された時には宗教施設の闇について頭を抱えたものだ。

 戦国時代に生まれて刀一本で生きていきたいと思っていても、戦国武将の性癖までリスペクトする気のない己は当然の如くその申し出は断らせてもらい、ついでに少々身の上話を聞かせてもらったのだが……どうやらこの少年は「戦士(ダヌグ)」という名の通り、戦士の家系だったらしく、父親は西部を蹂躙している牙の王と勇敢に戦い散ったのだとか。

 結果、母親は叔父の後妻となったものの……彼自身はこの通り戦士となれるとは思えない体格であり闘争にも向かない性格をしていたため、実家との確執の結果、こうして神殿に預けられた、らしい。

 日ごろからの鬱憤が溜まっていたのか、この付き人の少年は一度語り始めると止まらなくなり……この国に生きる人の社会常識を学ぼうという意図だった己は、必要のない情報まで仕入れてしまったものだ。


「ああ。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 ……朝飯でも喰うとするか」


「は、はい。

 ご案内いたします」


 目覚めた己は、本日もあるだろう立ち合いに備え、朝飯を食うべく食堂へ案内してもらう……その最中のことだった。

 不意にそのダヌグ少年が立ち止ったかと思うと、何度か躊躇った後、酷く言い辛そうな口調で己に話しかけてきた。


「あ、あの……これからお時間はあるでしょうか?

 その、神殿兵(ハルセルフ)の方々が、御手合わせを願いたいと……」


 どうやら強要されたらしく、恐る恐るという様子でそう話す案内人の言葉に、己は唇の端が吊り上るのを止められない。

 確かに己は、炎の王との戦いにおいて『死』という失態を晒した。

 それは言い訳も出来ないほどの完全な敗北で、それに対して異を唱えることなど思いつきもしないものの……だからこそ少しばかり身体を動かしたいという欲求があったのだ。

 どちらかと言うと技量の希求というよりは憂さ晴らしに近い衝動でしかなく、神殿の人材を無理に使うのもどうかと思い、我慢していたのだが……

 むこうから誘われた以上、その誘いを無碍にするほど弱い衝動でもない。


「来たか、ペテン師っ!

 こう立て続けに命を落とすなど、何が(アー)(ハルセルフ)かっ!」


「このオレの天賜(アー・レクトネリヒ)によって貴様の化けの皮を剥いでくれるっ!」


 戦士(ダヌグ)の名をした案内人に導かれるがまま行き着いた場所は、見慣れた訓練場で……先日、数名を叩きのめしたその場所には、エリフシャルフトの爺さんが着ていたような白い服を纏った若者が七人ほど待ち構えていた。

 その手には木剣や棍、盾などを持っており、やる気は十分であることが窺える。


「さぁ、オレから行かせてもらうぞっ!

 貴様など神聖なる神兵ではなく、ただの不浄の(ダウゼ)(ジァ)だと教えてやるっ!」


 その中の一人……最も身長が高い、十代後半ほどの少年が己に木剣を向けながら、そう叫んできた。

 立ち居振る舞いは素人に毛が生えた程度ではあるものの……この連中には天賜(アー・レクトネリヒ)という『暗器』がある。

 六王相手には少し役者不足ではあるが、屍の王配下の英霊の七騎士と相対する時への練習台としては、この連中でも十分だろう。


「は、はい。これを……

 な、なんでしたら……教皇様を、呼んできますけれど?」


 己は案内人であるダヌグがおずおずと差し出してきたその木剣を手に取ることで少年の申し出を聞き流すと、首を左右に鳴らしながらゆっくりと訓練場の中央へと歩みを進める。


(向こうから望んできたんだ。

 骨の一本や二本くらいは、まぁ、覚悟してくれよ?)


 超能力者を相手にどこまで手加減出来るか分からなかった己は、心の中でそう呟くと……右手の木剣をゆっくりと下げ、脇構えの体勢で相手の出方を待つのだった。





「うう、いてぇ、いてぇよぉ……」


「……腕が、腕がぁあああ」


 稽古を始めて十数分が経過した頃。

 己の周囲は死屍累々という表現しか出来ない、凄まじい状況になっていた。

 右手側で唸っているのは木剣で腹をついて悶絶させてやった氷使いで、奥の方で折れた腕を抑えているのは最初に己に挑んできた爪使いだったか。

 他にも剛速球を放ってくる石使いや、鞭のように棍を操る植物使いなど……様々な超能力者がいて、色々と楽しめた稽古だったと思う。


「さて、次は……」


「い、いえっ!

 もう充分ですっ!」


「十分理解しましたっ(アー)(ハルセルフ)様っ!

 貴方は凄まじく強いっ!」


 少し身体を動かし足りなかった己は次の稽古相手を探すべく顔を上げるものの……どうやらこれ以上の相手を探すのは難しいらしい。

 誰も彼も怯えてしまっていて……己に向かってくる気概のある兵士はこれ以上いないようだった。

 前に相手した時と違い、今回は天賜(アー・レクトネリヒ)を持つという腕に自信のある連中ばかりでコレである。


(もうちょいと期待したんだがなぁ)


 だが己の期待と裏腹に、この連中は天賜(アー・レクトネリヒ)を見せびらかすか、木剣を力任せに振り回すかの二択で……しかも集団で一人を襲うのは神殿兵(ハルセルフ)としての矜持が許さないという理由で却下されたのだから、己が一方的に打ちのめすことになったのは必然だったと言えるだろう。


「す、凄まじいですっ、(アー)(ハルセルフ)様っ!

 まさか天賜(アー・レクトネリヒ)を使うこともなくっ!

 どうすればこんな……」


 口に出した割には教皇を呼びに行くでもなく、訓練場の片隅で震えていただけの……恐らくは後々の報復を恐れたのだろうダヌグ少年は、一方的に神殿兵を叩きのめした己に向けて尊敬の視線を向けてくる。

 己はその付き人に木剣を返しながら、後頭部を軽く掻く。

 ……友人知人全てに頭がおかしいとか常軌を逸していると言われ続けた所為か、子供以外でこう素直に尊敬の視線を向けられたのは久々だったのだ。


「ま、日々の稽古の成果、だろうな」


 少年から尊敬を通り越し崇拝に近い視線を向けられた己は、何となく視線を逸らしつつ適当にそんな言葉を呟く。

 尤も、ただその場しのぎに適当なことを口にしたという訳でもなく……本当に長い間、コレばっかりをやってきたからこそ出た言葉ではあるのだが。


「……ボクも、貴方のように、強く、なれますか?」


 そんな己の発言を耳にした所為か……それとも、先ほどの立ち回りを目の当たりにした所為か。

 戦士(ダヌグ)という名を持つ、線が細く気の弱い、か弱い雰囲気を持つ少年はおずおずとそんな問いを口にした。

 握りしめた右拳を慌てて左手で隠すその仕草は、己が剣を握ろうと決意した子供の頃を思い出させるもので……


「勿論だ。

 鍛え続けたならば……こんな己なんかよりも遥かに、な」


 そんな少年に己は微かに微笑んでそう告げる。

 実際問題……己は自身に才能がないのを承知している。

 生憎と己には、眼前の少年に剣才があるかどうかなんて見極める眼力なんざありはしないが、それでも心折れずに鍛え続けたならば、才能を持ち得ないこの己と同じ技量程度までなら向上することは間違いないだろう。

 そんな軽い気持ちで、己は簡単に告げたのだが。


「ほ、本当ですかっ!

 お願いですっ!

 ボクに……その強さを、鍛え方を、教えて下さいっ!」


 生憎と戦士(ダヌグ)の名を持つ少年はそうは思わなかったらしい。

 少年は急に地べたに這いつくばったかと思うと、いつぞやにエリフシャルフトの爺さんが己に向けてきた土下座擬きの体勢を取り、そう叫んできたのだ。

 

(……さて、どうしたものか)


 正直に言うと、己はまだ修行中の身であって……師なんて柄じゃないし、そんな器でもない。

 とは言え、こうして土下座までしてきた少年の、その必死な眼を目の当たりにしてしまった以上、断るのも何となく憚れる。

 少なくともこのダヌグという名の付き人は、その線の細さと気弱さ……ついでに言えば少女と見まがうような顔立ちの所為で、夜伽を含めた付き人をさせられている、そういう弱者と呼ばれるだろう少年なのだから。


「……あ~、そうだな。

 分かった、何とか鍛えてやろう」


 結局、己はその熱意に押し切られ、そう頷いてしまう。

 実を言えば、ダヌグ少年のその目と叫びは、餓鬼だった頃、ああして師に押しかけ弟子にしてもらったの自分自身にそっくりで……

 昔の自分を、がむしゃらだったころを思い出してしまった己は、もう首を横に振ることなど出来なかったのである。


2017/11/10 06:56投稿時


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