02-20
……だけど。
(……そんな勝利に、何の意味がある)
戦術家ではなく剣士でしかない己からすると、そうして相手の弱点を狙い、敵に何もさせずに命だけを奪うというのは……ただの「不意討ち」と変わらない。
そんな勝ち方なんざ、寝込みを襲い暗殺をするのと……遠くからライフルで撃ち殺すのと何が違うというのだろう。
己自身が馬鹿と言われようとも愚かと称されようとも構わない。
たとえ相手が大勢だろうと、不意を打たれようとも超能力を使われようとも……どんな敵でも真正面から剣術のみで屠り去る。
己は、そういう勝ち方をしたいのだ。
いや、そういう無謀で絶望的な戦いを続けることで、今日は昨日よりも強く、明日は今日より強くなりたい……ただそれだけが己の望みなのだから。
そんな無謀で無茶で愚か極まりない己の信念など、誰かに理解してもらえるとは思わない。
……だけど。
幾ら愚かと言われようと蔑まれようと理解されなくとも……それでも、貫くべき己の道がある。
ただそれだけは己が命を賭けてでも通すべき「筋」だと、信念を込めた視線を真正面から炎の王へと叩き付ける。
「……貴様のような真の戦士が我が公国に生まれていたならば、数十年前、帝国に敗北するようなことなどなかっただろうに。
もし、貴様のような忠臣がいたならば、属国になった後……十年前のあの日に、我ら王族が姦計にはめられ、あんな無様な姿を晒すこともなかっただろうに、な」
そんな己の信念をどう感じたのだろう。
四肢のない少女はそう小さく呟くと……軽く嘆くように目を閉じる。
彼女が何を思い出しているのかは分からないが、少なくとも今の己はその僅かな会話によって回復する体力すらも惜しい。
これから最期の一暴れをするのだから、せめて悔いのないように体力は少しでも回復しておきたかったのだ。
「ふふふっ。
今ほどあのクズ共に穢され、毒虫によって身体の中まで犯された我が身を悔やむとは思わなかったわ。
もしこの身があの頃の……清らかなままならば、その方の妻となるから共に帝国を討とうと持ちかけただろうに」
紅の王と呼ばれる四肢を持たぬこの少女の身に何があったのか、己はそれを知る術を持たない。
ただ、彼女に僅かに残された髪が赤く……あの百足共は赤い色をしていた。
肋骨から生まれたという鎧を着込んだ百足は白かった。
ならば、『指』から生まれたというあの大百足は、何故紫色をしていた?
そして、この闘技場……いや、武器を持たぬ者と小さな百足の死体が転がっていた、恐らくはこの処刑場らしき場所。
それらと彼女の言葉とを繋ぎ合わせるだけで、恐らくこの場で何があったのかは推測できる。
恐らくは帝国が紅の王による侵略を……百足によって食い殺され滅ぼされそうになっているのが不思議でない、そんなことをやらかしたのだ。
あの屍の王……帝国の版図を大きく広げたというあの前帝が彼女の国を打ち負かし属国としたのだろう。
では、属国となった後に……十年前とやらに彼女たちを処刑したのは……
「だが、今は敵同士。
私は帝国を許すことは出来ぬし、憎悪に憑りつかれた私はもう何もかもが憎い。
……貴様と仲良く手を取り合うなど出来よう筈もない」
「……ああ。
だから、いつでもかかって来な」
そんなことを考えた己は、この手足すらもない少女に僅かな憐憫を抱くものの……いざ戦うとなるとそんなのはあっさりと消え失せる。
己はただ剣の道を極めるのみ。
ろくに剣才もないくせに道を極めようというのだから、それ以外の些事を意に介す余裕なんて、ある筈がない。
「いけぇえええええっ!」
「う、うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
炎の王の号令によって一斉にかかってきた三匹の百足の顎を、左に円を描くようにぎりぎりで躱しながらも己は、右手一本を使ってその内の一匹へと斬りつける。
(……浅い、どころかっ!)
だが、そんな引け腰の……しかも曲がった日本刀を片手で叩き付けたような斬撃など、赤い百足の甲殻を切り裂くことすら叶わない。
その事実に己が舌打ちする間にも、次の百足が二匹、左右から同時に顔面目掛けて襲い掛かってくる。
「ならばっ!」
その攻撃を背後に跳ぶことで、間一髪躱した己は、その回避行動の先へと襲い掛かってきた百足の眼球へと刃を這わせる。
【ギィイイイイイイヤァァァっ!】
流石に凄まじい生命力を持ち、硬い甲殻に覆われた百足であろうとも、眼球を抉られてはどうしようもないらしい。
己の撫でるような一撃でさえ、凄まじい奇声を上げながらのたうち回り始める始末である。
尤も、その程度の斬撃では致命傷には程遠く……怯ませる以上の意味はなさそうだったが。
「……っ、つつっ」
そして、その代償は大きかった。
突如として暴れ始めた百足の足を躱し切れず、己の左太腿を強打したのだ。
幸いにして掠った程度でしかないが……
(くそったれ……)
たかが腕一本が使えないだけで、ただの一匹も殺すどころか攻撃を躱すことすら出来ない。
自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。
「まだだっ!
まだ、手は抜かんっ!」
そして、一度その隙を忠告した所為か、炎の王は己の僅かな怯みを見ても欠片も慢心することなくトドメを刺そうと、上下左右と僅かにタイミングをズラした躱しづらいやり方で百足共をけしかけて来る。
一匹目は身体を左半身にして躱し、二匹目を足を持ち上げることでやり過ごし、三匹目の眼球へと愛刀を突き刺して動きを止め……
「くそっ、がぁあああああっ!」
四匹目を躱し切れないと判断した己は、再び折れた挙句に毒に冒され使い物にならなくなっている左手を突き出すことで、その牙の一撃を受け止める。
肘が砕ける音と共に、左腕から鮮血が噴き出すものの……脳髄から尻の穴まで響く灼熱が、己にその怪我の痛みを感じさせない。
「あぁあああああああああああああああああっ!」
左肘が燃え上がる激痛に悲鳴を上げる己に向け、それでも炎の王は攻撃を緩めなかった。
足と頭を狙い、二匹による上下同時攻撃が迫ってくる。
その攻撃を避けきれないと判断した己は、しゃがむと同時に愛刀「村柾」を地面に突き刺して怪我をしたままの左足で固定し、その刃をもって足元を狙う百足の頭部を切り裂く。
一度は使った、百足自身の慣性を利用した斬撃は、前回よりも百足の動きが早かった分、その頭部をも真っ二つに切り裂くほど深く突き刺さっていた。
……だけど。
「あ、あぐあ、あああああああっ?」
この赤い百足共は、紫色の『指』と違って、頭を真っ二つに割られた程度では即死することはなく……そのまま猛毒の四つの牙で、己の左足へと喰らいついてきたのだ。
頭を割られた以上、その牙に骨を砕くほどの咬筋力はない。
とは言え、鋭い毒の牙が脚へと食い込み……そのあまりの激痛に、己は悲鳴を上げてのたうち回ることしか出来やしない。
「終わりだ。
……何か言い残すことはあるか?」
そんな己の状況を見て、勝負ありと判断したのだろう。
炎の王は憐憫を混ぜた瞳で、己を見下ろしながらそう尋ねてくる。
「下らぬことを聞いてないで、さっさと、かかって、きやが、れ……
まだ、己は、やれる。
こんな、もの、じゃ、ない」
四肢のない少女の同情に、己はそう強がることしか出来なかった。
だが、それは本心でもある。
この絶望的な状況からでも……いや、この救われようのない土壇場を打破する剣力こそが、己の求めていた……
「まぁ、もう二度か三度は生き返るのだろう?
尤も……炎の王の毒は、神兵の心ですらへし折る。
そのための毒じゃ。
ああ、せめてもの情けとして一言、伝えておく。
水が引く頃までには、帝都からは逃げ出しておくが良いぞ」
立つことすら儘ならない身でありながら、それでも愛刀を構える己に、炎の王は憎悪の欠片もない静かな表情でそう告げる。
彼女のその忠告は、恐らく心の底から発されたものだろう。
水が引く頃……恐らくは冬が訪れる頃には河の水が引き、炎の王の眷属たちは一斉に帝都エリムグラウトに襲い掛かる。
百足共の甲殻は強靭で、その生命力は凄まじく、しかも十万という信じられないほどの大群に一斉に襲われたのならば、恐らく帝都の兵士では守りきれない。
少なくとも、炎の王と言葉を交わした己の目から見る限り、彼女が帝都エリムグラウトの住民を皆殺しにして、都を灰燼へと化そうとするその決意は固く……しかも彼女が恨みを抱く動機も十二分にあると思える以上、冬になれば彼女は必ずそうするに違いない。
「……生き返る、ことにっ、期待、なんてして、ねぇ、よ。
何度、生き返れるか、なんざ……聞いても、いねぇ。
この命が……これが、最期と、思うから……真剣勝負に、なる、んだろう、が。
だから、まだ、だ。
まだ、己は……」
今の体力では愛刀を構えることすら叶わなくなったらしく、右手の震えが止まらない。
左手に至っては数度受けた牙に砕かれた挙句、未だに燃え上がる幻視を見るほどの激痛で、指一本動かせそうにない。
左足は深々と牙を突き立てられた所為で、焼け付くような激痛が走り、重心を置くことすらも叶わない。
激痛によって視界は滲み、息は上手く吸えず……思考が先ほどからまとまらない。
それでも……それでも、己は……
「……そうか。
なら、何度でも来るが良い。
そなたであれば、私は何度でも相手をしよう」
それが、炎の王が発した最後の言葉だった。
次の瞬間、四方から一斉に襲い掛かってきた百足の頭を、己は手にしている愛刀だけでは抑えきれず……せめての道連れにと真正面の一匹の頭へと切っ先を叩き込んだその直後。
突きを繰り出したその隙を狙われ、一匹に腹腔を食い破られ、一匹に背を脊髄ごと抉り取られ、激痛によって硬直し無防備となった後頭部を、最後の一匹によって大きく噛み砕かれ……
(ちく、しょう。
己に剣力があれば、もっと……上手く出来た、筈……)
腹と背から全身にかけて広がる、身体が燃え上がるような激痛に身体を硬直させ、そんな悔いを一つだけ残した己が、後頭部に何かが食い込んでいく感触を覚えた……その次の瞬間。
己の意識は闇の中へと叩き込まれていったのだった。
2017/10/01 20:33投稿時
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