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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
29/130

02-19


「はははっ!

 どうしたどうしたどうしたっ!」


 とは言え、敵は(オレ)の葛藤なんて意に介してくれる訳もなく……己の動きが止まったのを見て取った炎の王は、愉悦混じりにそう笑うと百足共を一斉にけしかけてきた。


「ちぃぃぃっ!」


 強引に葛藤を断ち切られた己は、真正面から迫りくる赤い百足の方へと飛び込むと……強引な大振りでその一匹の頭を叩き斬ったのと同時にその死体を「盾」として安全地帯を確保しつつ、愛刀を振るうことで二匹・三匹とその命を断ち切る。


(くそ、くそっ、くそがぁああっ!)


 自分の中の葛藤に……天賜(アー・レクトネリヒ)に頼ろうとする自分の感情を上手く整理出来ないまま強引に戦闘に入った己は、苛立ちと怒りに任せて愛刀「村柾」をいつもよりやや大きく振るい続ける。

 しかし、それは悪手そのものだった。


「……ぃっ?」


 大振りになった横薙ぎの刃は、確かに眼前の百足の頭を断ち切ったのだろう。

 だが、勢いをつけ過ぎた愛刀は、ズルリと己の手の中から逃げ出し……見事にすっぽ抜けて数メートル先へと飛んでいく。

 闘技場の中心を構成する石畳ではなく、その周囲に敷き固められた土へと愛刀が刺さったのを目の端で捉えつつも……己はそんな大失態を仕出かした自分自身への怒りから、知らず知らずの内に唇を噛み切っていた。


(馬鹿か、己はっ!

 感情に任せた、あんな振りなんてっ!)


 幾ら切り裂き続けた百足の体液によって柄巻きが滑りやすくなっていたからと言って……命懸けの実戦である以上、そんなのは言い訳にもならないだろう。

 織田信長の逸話の一つ、滑り止めのために柄巻きに縄を巻いて周囲から笑われたとか、そんなのを耳にしたことがあったが……今ならうつけ呼ばわりされた織田信長が如何に先見の明があったのかを理解出来る。


「は、はははっ!

 ついに終わりだな、(アー)(ハルセルフ)っ!」


 自身の失態によってこの命懸けの実戦の最中に無手となった愚かな己を、炎の王が見逃してくれる筈もない。

 彼女の指示でだろう、三方から一斉に百足が襲い掛かってくる。

 バックステップと横っ跳びで何とか二度の攻撃からは身を逸らすことが出来たものの……肝心の武器がないこの状況で、いつまでも躱し続けられる筈がない。


「ぐがぁあああああああああっ!」


 あわや顔面を噛み潰されそうになった己に出来たことは、左手を盾として致命傷を避ける……ただそれだけだった。

 当然のようにその牙を受けた左腕は、皮膚と肉どころか骨までへし折られ……だけど、その痛みすらも感じないほどの、腕全てが燃え上がったと錯覚するほどの激痛に、己はただ悲鳴を上げることしか出来ない。

 それでも、激痛に悲鳴を上げ涙と鼻水を垂らして転がりながら、転がったその先に愛刀があったのは……常在戦場の心構えが少しだけでも出来始めた、ということだろうか。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ははっはははは。

 ちく、しょうが」


 その事実に気付いた時、己は思わず笑いを隠せなかった。

 頭はこれだけ恐怖から逃れたいと、身体もこれだけ激痛から逃れたいと思い続けているにも関わらず……

 己の根幹である魂は、どうやらこの愛刀と共に生き続けたいと、今まで築き上げてきた剣術に殉じたいと思っていることが……嫌になるほど分かってしまったのだから。


(結局、下手な考え休むに似たり、ってことか)

 

 未だ左腕は燃え続け……そんな幻視を見るほどの激痛に苛まれ、その所為で胸骨の痛みも疲労すらも吹っ飛んでしまっている。

 だけど己は歯を食いしばってその激痛に耐えながら、右手一本で地面に突き刺さっていた愛刀「村柾」を引き抜く。

 もう己の体力も技量もそう長くは続かないだろう。

 それでも……せめて最期くらいは、己の全てを出し切った上で力尽きたい。


(ああ、そうだ。

 もう、あんなのは御免だから、な)


 先日、砦で戦ったような……あんな自責に苛まれるような勝ち方なんざ、たとえこの苦痛から解放されたとしても、選びたくない。

 ようやく出た、どう考えても度し難い結論に己は自重の笑みを浮かべながら、右手一本で愛刀を構え、前へと踏み込む。

 

「……随分と優しいな。

 待っていてくれたのか?」

 

 今までの葛藤の最中、幾らでもトドメを刺す時間はあっただろうに……その事実に己は、百足共を留めてくれていた四肢のない少女へと感謝を込めてそんな問いを投げかける。

 だが、肝心の炎の王は先ほどまでの憎悪に狂った様子を一変させ……己の方をマジマジと見つめていた。


「なぁ、貴様。

 その身の内にある膨大な神の力(アー・レクトネリヒ)を何故使わぬ?」


 少女の問いは、この世界に住む者からすれば当然の疑問なのだろう。


「貴様が(アー)(ハルセルフ)であるならば、当然のように神の力を使えるのだろう?

 それほど追いつめられても戦意を失わぬ、凄まじい精神の持ち主だ。

 ひょっとしたら天変地異を起こしかねないほどの……この私を屠ることも出来るかも知れぬ、凄まじき力を持っている筈であろう?」


 「心の底から理解出来ない」という声色で告げられたその問いに己は一瞬答えに窮するものの、共に命を賭けて戦っている好敵手に対し……わざわざ答えをはぐらかす必要なんてないだろう。

 そう思いついた己は、人に誇れるような目標も何もない身であるにも関わらず……気が付けばいつの間にやら群衆へ語りかけるのを意識するかのように口を開いていた。


「己は……剣を極めたい。

 己の力のみで、ただ剣を振るうのみで、どんな敵だろうと打ち負かしたい。

 どんな達人だろうと、能力者だろうと、化け物だろうと、軍だろうと国だろうと世界だろうとも。

 己の前に立ち塞がるのであれば、たとえ(アー)でも斬り捨てる」


 神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、然る後、初めて極意を得ん。

 何かの時代劇であったのを、酒に酔った師が口にした言葉なのだが……己はそれを覚えている。

 尤も、本当にあの手足もない(アー)なんて楽しくもなさそうな相手を斬り捨てるつもりなどさらさらなく、ただの心構え程度の話ではあるのだが。


「貴様……馬鹿か?」


「ああ、承知している」


 己の答えを聞いた少女の応えは、蔑むでもなければ正気を疑うでもなく、敢えて道なき道を行こうとする者への確認のようなもので……その問いに己は、反論することも訂正を求めることも出来ず、ただ頷くことしか出来なかった。


(ああ、自分でも分かってる)


 ……そう。

 実のところ、此処まで歩いてきた道を思い出すだけで、この炎の王を討つ方法なんて幾つも思い浮かんでいる。

 今、手に持っている小柄をノーモーションで放り投げるだけで話が終わるし……今こうして話している間に斬りかかってもことは同じだ。

 恐らく戦う者としてはただの少女(・・・・・)以上でも以下でもないこの少女が、不意打ちに弱いのは実証済みだ。

 多少百足を操ることが出来ようとも、己が全身全霊を込めて虚を突いた不意打ちを繰り出したのならば……慌てふためいた挙句に己の不意打ちに全く対応できず、ただ斬り殺されることになるだろう。


(……それだけじゃない)


 数日前義兄弟(ナチェフ)となったあのデビデフが、欠員を埋める形とは言え守備隊長になれた理由……それはアイツの炎の天賜(アー・レクトネリヒ)が百足たちに有効だったからに他ならない。

 己の記憶が正しければ、百足は生命力が強く頭を潰されても生き続けるのだが……熱湯をぶっかけると一瞬で死んだ筈だ。

 要するに、己の【加熱】を使えば、百足なんぞ一瞬で殺せるのだ。

 

(いや、正直な話、神の力なんぞに頼らなくても構わない)


 此処まで歩いてきた黍畑は荒れて枯れ果てており、ちょいと火をつけるだけであっさりと燃え上がるだろう。

 東向きの風の日に、背水の陣に軍を布いて炎の王の眷属を誘き寄せ……後は畑に火をつけるだけで、熱に弱い百足共はいつもたやすく容易く死に絶える。

 兵の数が足りないのであれば、適当な獣……不浄の(ダウゼ)(ジァ)とかいう獣の背に火をつけ、適当に走り回らせるだけで一帯は簡単に燃え広がるのだ。

 あとは残された、四肢のない少女を斬り殺すだけで全ては終わる。

 神聖帝国の軍人とやらが、己がすぐに思い付くような策すらも実行できてないのは、天賜(アー・レクトネリヒ)という万能の力がある所為で、戦術・戦略の概念が地球よりも進んでいない所為、だろうか。

 つまり己が剣での勝負にこだわりさえしなければ、此処で一度引いて義兄弟(ナチェフ)の協力を仰ぐだけで、この炎の王を討ち……帝都を滅ぼそうとする六王の一角を討つことが出来るのだ。

 ……だけど。


2017/09/30 21:17投稿時。


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