02-17
「この程度っ!」
周囲から一斉に飛びかかってきた赤い百足共を見た瞬間、己は一気に右手へと……僅かに包囲網が歪んでいる側へと飛び込むと、真正面にいた百足の頭部へと大上段からの唐竹をお見舞いする。
切れ味を直したばかりの愛刀「村柾」は凄まじく、僅かな抵抗だけでその頭部を真っ二つに切り裂くことに成功していた。
「……二つっ、三つっ!」
直後、その頭部を断たれた百足が暴れ回り始めた頃に、その百足の胴体を身をかがめて躱した己は、右手の一匹を横一文字で、反対側の一匹を袈裟斬りでそれぞれ頭部を断ち切る。
「四つ、五つ、六つっ!」
そうして連携さえ崩してしまえば、あとは据え物斬りと変わらない。
唐竹、袈裟斬り、逆さ袈裟と弱点の知れた百足の頭部を順番に断ち切っていくだけの作業である。
「……ほぉ、ただの雑魚ではない、ということか。
ならば、コレならばどうだ?」
椅子に座ったままの……この百足共を操る四肢を持たぬ少女が己の戦いぶりをそう評したかと思うと、突如として百足共が去っていく。
(やはり、アレが頭目か)
その年端もいかぬ少女という外見と、髪の毛がほぼ失われ四肢すらもない身体から、確信は持てなかったのだが……どうやらこの少女こそが炎の王か、もしくはそれに類する百足を操る存在なのだろう。
(さて、どうしたものか)
平然と人を斬り殺すことが出来る己とは言え、流石に四肢もない少女の命を断つことに抵抗がない訳ではない。
勿論、あの少女が剣を持ち襲い掛かってくるのであれば、そして手加減する余裕もないほどの使い手であるならば、首を断つことも袈裟斬りに斬り捨てることも厭う気はないのだが。
敵の頭目らしき存在がこれほど隙だらけで、駆け寄って愛刀を振るうだけで全てを終わらせそうだとしても……そろそろ人を斬ることに慣れてきた己でも、こんな相手に全力で斬りかかるのは流石に躊躇われる。
己がそんな躊躇いを覚えている間に少女が如何なる方法で指示を下したのかは分からないものの、気付けば闘技場の外側にある席から現れた白い百足が、中心部の舞台へと乗り込んできた。
「さぁ、どうする?
神の糞便を啜る獣よ」
少女の嘲笑と共に襲い掛かってきたその白い百足の牙を、背後へと跳ぶことで躱し……直後に今まで通り唐竹の斬撃を叩き込もうと一歩を踏み込んだ己は、愛刀を叩き込む瞬間にその手を止める。
「これは、鎧かっ!」
……そう。
この白い百足はどうやら鎧を着込んでいるようで、下手に斬り込むとあっさり愛刀が欠ける、もしくは歪むことになりそうだったのだ。
「我が髪ではなく、肋骨を媒体とした眷属だ。
さぁ、どうする?
どう足掻くか、どう泣き叫ぶか、どう死にゆくか。
この私に最高のショーを見せるが良いっ!」
そうして己が斬り込むのを躊躇っている間にも、その白い百足は次々に牙を繰り出してきて……己は避けることで精いっぱいになる。
そんな己を嘲笑うかのように、少女の甲高い声が響き……鬱陶しいこと、この上ない。
「だが、所詮は鎧を着込んだだけの雑魚っ!」
尤も、鎧を着込んだこの白い百足はその分動きが遅く、攻撃を避けるのは容易いもので……ついでに言うと、動きが遅い所為で鎧と鎧の継ぎ目を見切ることもそう難しいことではない。
己はそう叫ぶと同時に大上段からの唐竹を叩き込み、その白い百足の甲殻と甲殻の継ぎ目をあっさりと切り裂いて、頭部と胴体とを分離させることに成功する。
「さぁ、次はなんだ、お嬢様?」
「き、貴様ぁああああああああああっ!」
己の挑発に激昂したのだろう、四肢のない少女が殺意混じりの叫びを上げ……その声に応じるかのように四方八方から赤い百足共が一斉に押し寄せてくる。
(……来たっ!)
その瞬間、だった。
己の周りを流れる空気、その中に浮かぶチリの一つ一つまで一気に知覚するような、凄まじい集中に自分が陥ったのが分かる。
そんな、常時では気が狂いそうな集中の中で、己は四方八方から……視界に入っていない筈の、後方で牙を剥いている百足の百足の動きすら、見ることなく理解出来ていた。
(……達人の領域っ!)
以前、あの北の霊廟で絶望的な状況の中、ようやく至った今の己で出せる最高の戦闘能力。
それが、今になってようやく発動されたようだった。
「は、ははっ、ははははっ!」
その万能感に突き動かされるように、己は前へと踏み込んで真正面の百足を横一文字に切り払う。
胴体をほぼ両断したというのに、その手応えは殆どなく……己の狙い通り、上手く甲殻と甲殻との隙間を縫うように刃が通ったのが分かる、
一瞬遅れて右側から動き出した百足の懐へと飛び込むと、真正面からその頸部……百足に首があるかどうかは微妙だが、その頭部の付け根辺りを袈裟斬りに両断する。
そのまま愛刀を振り上げることも、後ろを振り返ることもなく己は身体を左へと傾けると……寸前まで己の頭があった場所を百足の牙が通り過ぎて行く。
「甘いっ!」
そうして一撃を躱し、バランスを崩した身体を起き上がらせる勢いで、己は愛刀を振り上げ……その一撃もまた甲殻と甲殻との間を縫うように進み、百足の胴体をほぼ抵抗を感じることなく九割方切断することに成功していた。
(これなら、何百匹でもいけるっ!)
さっきの数秒の間に三匹の百足を狩ったというのに、愛刀へのダメージがほぼゼロ……刃毀れどころか、斬ったという手応えすらほとんど感じないその自分の技のキレに、己は全てを出し切るどころか、十万体を超えると聞いた百足共を自分一人で全滅させられるような万能感を覚え始めていた。
つまり、ただ一人の剣で軍を破す……子供の頃に夢に見た、剣の極みの一つの形を今此処で実現出来るかもしれない。
己は百足を愛刀で切り裂きながらも、そんな希望を抱く。
「このままっ、いけばっ!」
もはや愛刀を振るう腕にそれほど力を込める必要もないため大上段や蜻蛉に構える必要もなければ、力強く腕を振るう必要もない。
全てが「流れ」の中で処理できるので早さも要らず……避ける動作と踏み込んだ脚と腰の動きとを連動させ、愛刀をただ「その位置へと持っていく」だけの動作を終えれば、百足は身体を致命的な深さに絶たれ、その命を終えることとなる。
尤も、致命傷を与えたとしても百足の生命力は凄まじく、しばらくは胴体が暴れ回り、危険極まりないのであるが……それでもこの「達人の領域」に突入して以来、百足を楽に屠れるようになり、戦闘がただの「作業」へと化している感は否めない。
そうして右へ左へと身体を動かして敵の攻撃を避けながら、一匹一匹と百足を屠っていく内に、己の周辺からは叩き斬るモノがなくなってしまう。
その事実に気付いた己は、まっすぐに貴賓室のある場所へと視線を向け……叩き斬る敵のおかわりを求めていた。
「骨でも数でも無理かっ!
ならば、我が指ではどうだっ!」
その視線に気付いたのか、それとも単純に通常の百足では埒が明かないと悟ったのか、四肢のない少女は苛立ちを隠そうともせずにそう叫ぶ。
次の瞬間に、この闘技場の外側から凄まじい大きさの……恐らくは先ほどまでの赤い百足の数倍ほどはある、巨大な百足が首をもたげて入り込んでくる。
開いた両の牙だけで二メートル……己を縦に噛み砕くほどの大きさなのだ。
全長だと十メートル近くあり、胴体の直径でも一メートル半ほどだろうその百足は、紫色をしていて、赤い百足共と比べても毒々しい雰囲気が更に増しているのが分かる。
「……ははっ!
すげぇな、こりゃ」
その重量が生み出す凄まじいまでの威圧感に、己の口からは思わずそんな乾いた笑い声が零れ落ちていた。
とは言え、その百足はデカいものの、所詮は大きいだけで動き自体はただの百足と大差ないらしく……そうして襲い掛かってきた噛みつきは、大きく横に跳ぶだけであっさりと躱すことが出来た。
(……いや、大差ないどころか)
一撃を避けた直後に見せた、その巨大百足の挙動を見る限り、どうやら重量が増した分だけ慣性の法則が働くのか、動き一つ一つの連動が悪く……この紫色の大百足は一度動作を終えた直後に瞬き二つほどの大きな隙が出来るようだった。
「……遅いんだよっ!」
二度三度と迫ってきた牙を躱しつつタイミングを計っていた己は、次に襲ってきた四度目の牙を大きく跳んで避けると……直後の硬直を狙い、一刀目でその牙を切り落し、二刀目でその足を数本まとめて叩き斬り、三刀目で甲殻の間を深々と抉ることに成功する。
愛刀「村柾」によるその一撃は、十分に深い場所へ到達したらしく……深々と斬りつけたその傷ただ一つのみで、巨大な百足はあっさりと命を落とし動かなくなる。
他の百足だと首を切り落されてもまだ動いていたにもかかわらず、だ。
(……大きくなった分、生命力が落ちているのか)
自分で導き出したそんな結論を前に、気付けば己は溜息を大きく吐き出していた。
実のところ百足の脅威とは、激痛をもらたす毒などではなく……突如として襲い掛かってくる隠密性と頭を潰しても死なない恐ろしいまでの生命力である。
隠密性の方は巨大化してしまった以上どうしようもないにしても……大きくなった所為で素早さどころか生命力までも失われてしまったのなら、幾ら凶悪な毒を持っていたとしても、そんなのはもう脅威とは言わない。
……ただの、デカいだけの的だ。
「悪いが、こんな雑魚は要らん。
とっとと次を寄越してくれ、お嬢さん」
「貴様ぁああああああああああっ!」
そういう意味を含めて、おかわり希望のついでに親切心からの忠告をした己の言葉だったが……生憎と炎の王はそれを親切とは受け取らなかったらしい。
四肢のない少女はそう激昂すると……その感情が形になったかのように、地中から湧き出してきた『指』と称される巨大な百足が三匹ほど、一斉に己へと襲い掛かってきたのだった。
2017/09/28 20:17投稿時
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