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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
26/130

02-16



「かかったっ!」


 捨て身に見せかけたデビデフの特攻。

 その狙いは、背中から真横に吹き上がる炎で斬撃の軌道を誤魔化しつつ、上段下段の二連撃を放つというもので……もしも頭を狙われた場合は、横っ飛びに避けるか右手の木刀で防ぎ切る、そういう算段だったようだ。

 (オレ)が大上段に構え、振り下ろす所作を見せたその瞬間、デビデフがそう叫んだかと思うと、筋肉に覆われたその身体から炎のみが左右に分かたれ……直後に上下二段の木刀が炎とは異なる角度で上下から振るわれた時点で、己はコイツの狙いをようやく理解する。

 その木刀の片方……利き腕に当たるだろう右腕の木刀は額の前へと翳され、己の一撃をソレで防ごうとしているのが、愛刀を振り下そうとしている己の目から見えた。

 自身の勝利を確信したのだろう、その厳つい髭面には笑みが浮かび……この一連の動きによほど自信があるらしい。


「……だから、どうしたぁああああああああっ!」


 ……だが、己の取るべき手段などたった一つ。

 その程度の小賢しい防御も策略も体格差すらも、真正面から叩き潰すのみ。

 己の腕の太さと体格、そして今までの一連のちゃんばらで、その一撃の重さを推し測り……右手一本で受け止められると判断したデビデフの思惑は……


「なっ? ……ぐっ」


 大上段から放たれた己の渾身の一撃によって、見事に木刀ごと粉砕されていた。

 当然と言えば当然で、今まで己が放っていたのは試合の一撃……つまりが、「当てる」ためだけに愛刀を振るっていたのだ。

 それを突然、渾身の斬撃に……あの炎の王の眷属である赤い百足共の頭蓋を叩き割る一撃を放ったのだから、木刀程度で防ぎ切れる筈もない。


(……ま、真剣だったらどうなったかは分からないが)


 それでも恐らく、己の村柾が巨漢の防御を押し崩し、そのまま頭蓋を叩き割ることになったと思うのだが……所詮は推測に過ぎない。

 兎も角、そうして脳天に一撃を喰らったデビデフは白目をむいて寝そべったまま動かなくなっていて……まぁ、頭蓋を打つ寸前に手加減はしたし、命に別状はないだろう。


「化けもんかよ、アイツっ!

 今の一撃、見えなかったぜっ!」


「まさか、隊長が、こんなにあっさり……」


 そうして戦いの興奮が冷めた己が周囲に視線を移すと、いつの間にか周囲には野次馬が集まっていたらしい。

 周囲にざわめきと怒号が満ちるその合間に、それだけは聞き取ることが出来たのだが……周囲の連中はこれを尋常な一騎打ちだと思っているらしく、仇討ちと称して乱入するような楽しげなイベントは発生しそうにない。

 そんな雑音の中、これ以上の立ち合いが叶わないと判断した己は、静かに鞘に収めたままの愛刀を腰に差し……倒れた巨漢を介抱すべく駆け寄ってきたアルメリアへと視線を移す。


「……目覚めたら楽しかったと伝えてくれ。

 お前は、己の義兄弟だとも」


 頭の怪我に触れ、大したことがなかったのだろう、安堵の息を吐き出している彼女に向け、己は静かにそう告げていた。

 事実、先ほどの立ち合いは己にとっては久々に楽しい試合……死合いではなく試合であり、何度かは胆が冷える場面もあったほどに至福の時間だったのだ。

 正直に言わせてもらうと……またあれほど楽しい手合せが出来るのであれば、本気でコイツと義兄弟と呼び合うのも悪くない。

 そう思えるほどに楽しい時間だったのだ。


「分かったわ。

 ……死なないでよ、ジョン」


 己の伝言に、アルメリアは神妙な顔で頷いてみせる。

 だが、アルメリアのその忠告を聞こえないふりして言葉を返さなかった己は、そのまま東の砦からゆっくりと歩き出す。

 眼前には死地となるだろう東の土地と、東へと行く者の道を遮るように流れる大きな河が流れていて……


「さて……船もないことだし、泳ぐとするか」


 眼前に広がる酷く大きな流れをしばらく眺めた己は、そう呟くと……服を脱ぎ、相棒である村柾と一緒に頭の上へと縛り付ける。

 頭上の荷物を濡らすことなく泳げるという、古流泳法の中でも「のし」と呼ばれるその泳ぎ方は、師に習った一つであり……まぁ、この河の横幅である一キロくらいなら、多分、問題なく泳げることだろう。





「ふぅ……結構しんどかったな」


 泳いでいる最中に水中から巨大な百足が襲ってくることもなければ、ワニのような巨大肉食水中生物が襲いかかってくることもなくその河を泳ぎ切り、対岸へと渡った己は身体を乾かして服を着込むと、安堵の溜息と共にそう呟いていた。

 ちなみにその二つは、「のし」という泳法を使い河の最深部らしき部位へと至った頃、不安と共にもたげてきた想像だったりする。

 剣技を極めることを至上の目的とし、日本刀の扱いにはそれなりの自信がある己ではあるが……その分、刀を振るえない場所ってのは非常に不安になるもので。

 あまり透明度の高くないこの河を泳いでいる最中に、ふと「大型肉食水棲生物が存在する可能性」に気付いた時からこうして岸辺へと辿り着くまでの間は、正直生きた心地がしなかった。


「……ここが、炎の王の本拠地、か」


 そうして陸地に足をついて一段落ついた己は、周囲を見渡しながらそう呟く。

 辺り一面に広がっているのは薄褐色に広がる農地で……足元へと視線を移すと、踏み倒された黍が枯れ果て、腐っているのが目に入る。

 どうやらこの辺り一帯は農地……だったらしい。


(手入れもされなくなって枯れた、のか。

 ……黍粉の値が上がっていると言ってたっけな)


 その物悲しい枯れ果てた光景を眺めながら、己は何となく聖都のヌグァ屋の主人が口にしていた愚痴を思い出していた。

 今自分が立っている場所は河のほとりであり、それほど周囲を見渡すことは出来ないものの……それでも川岸数メートルを除く視界全てが枯れた黍畑なのだ。

 己は相場なんざ詳しくはないが……確かにこれだけの黍が成長途中で損失したのであれば、それは確かに価格が高騰することだろう。

 そんなことを考えながら、黍の腐った匂いと枯葉の臭いが混ざり合った微妙な空気の中を、己はまっすぐ東に向けて歩いて行く。

 畑を管理するための小道だろう場所をただただまっすぐに半時間ほど歩いていくと、ようやく人の手で造られたらしき構造物が見えてきた。


(……と言っても、廃墟だな、ありゃ)


 恐らくはこの辺り一帯の黍畑農家の持ち家だったのだろう。

 少し近づくだけで、人が住まなくなった所為でボロボロになったのが分かる……それほどの廃墟だった。

 壁に大きな穴が空いているのは、もしかするとあの赤い百足共が壁を破って押しかけた所為かもしれない。

 取りあえず、もう誰もいなくなったのだろうその廃墟を通り過ぎ、己は道をまっすぐに歩き続ける。


「……意外と平和なんだよな」


 道を歩くだけで百足が襲い掛かってくるような地獄を期待……もとい想像していた己は、その何もないただ一面の畑に戦意を完全に殺がれていた。

 確かに丘の上から見下ろしてみると戦いの痕跡らしき焼け焦げた跡や、死者が着ていたのだろう鎧や、草葉の陰に白骨死体が転がっていたりと、それなりに戦場跡という様相は見えていたものの……それでもこの辺り一帯にはもう戦いの雰囲気なんて微塵も感じられない。


「……そう言えば、小柄が欲しかったんだったな」


 そうして平和な道を歩いている所為か、この国に来てから斬った色々な人の姿が思い出され……ふと己は、アルメリアを人質に取られた際に投擲用のナイフなんかを用意しようと考えていたことを、今さらながらに思い出す。

 こんな敵地のど真ん中に盗賊なんぞがいるとは……ましてや誰かを人質を取られるような目に遭うとは思えないが、念には念を入れるべきだろう。

 そう結論付けた己は、近くに転がってあった白骨死体が着込んでいた鉄製の鎧を強引に剥ぎ取ると、錆びついたソレから埃と死体の破片を払い落しつつ、念じる。


(……【金属操作】っと)


 愛刀の刃毀れや歪み捩じれを一瞬で直したその天賜(アー・レクトネリヒ)は、ただ念じるだけで、錆に浮いたボロボロの鎧をドロドロと溶かし、数本のナイフへとその姿を変貌させる。


「……相変わらず便利だな、(アー)の力ってのは」


 ただ念じただけで投げナイフが作れるのだから、もう便利とかいう次元を超えている気がするが……それでも戦いの「準備」として使うだけなのだから、便利以上のものにはならないのだろう。

 愛刀を手に戦い続けようとする己は戦い以外のことはあまり興味がなく……戦闘中に超能力を使って勝利を収めることに嫌悪感を覚えても、戦闘準備に超能力を用いることについては「便利に越したことはない」程度の考えしかない。

 そうして天賜(アー・レクトネリヒ)によって造った投げナイフを手で玩びながら歩き続けていると、丘の向こう側に廃墟と化した都市が見えてきた。


(炎の王によって失われた東の都市、だったか)


 ヌグァ屋の店主が話していた内容を何となく思い出しながら、己はその遠くに見える城壁に囲われた都市へと歩いていく。

 近寄ってみると不思議なことに、その都市の城壁は殆ど痛むことなく原型を残しており……外敵によって都市が滅んだ訳じゃないことを雄弁に語っていた。


「……どういうことだ?」


 己はあくまでも剣術家であり、戦術やら戦略には詳しくないと自覚している。

 それでも都市攻略の場合、投石機から岩石や油壷が投げ込まれ、雲梯・梯子などで兵士が城壁へと取りつき、それを上から防衛隊が弓矢や投石で抵抗する……そういう戦いが繰り広げられるものだ。

 実際、己が昨夜の宿としたあの砦は、壁を超えてくる赤い百足共とそれに抵抗する兵士たちとの戦いによってあちこちが痛み、城壁には傷跡やら煤けた跡などが残っていたものだ。

 なのにこの都市の城壁は、その跡すらもが見られない。

 まるで都市内部から百足によって滅ぼされたかのような……いや、ひょっとすると手引きする内通者がいたのかもしれないが。

 兎に角、その傷もろくにない城壁を見る限り、この都市が死に絶えている現状は酷く不自然だと言わざるを得ないのだ。


「……何なんだよ、コレは……」


 そうして城壁へと近づいて行った己は、城門の周辺に散らばる白骨死体の山を目の当たりにする。

 それは数百人の人間が、逃げ出そうとして城門も群がり、自分たちの身を護る筈の城門に阻まれて死んでいったとしか思えない……凄惨極まりない死体の山、だったのだ。


(……炎の王は、この都市の内部で発生した、のか?)


 もしくは、都市の内部に抜け道があり、そこから一気に侵入したのか。

 どうもこの死体を見る限り、都市の内部に発生した夥しい数の炎の王の眷属が、一斉に人々に襲い掛かり……人々は一目散に逃げ出した結果、自らを守るための城壁に阻まれ、命を落としていったように思えてならない。

 だが、己の推測が正しいのであれば、この都市の中心部付近まで足を運べば、炎の王が現出した地点に……あの大量に存在する百足共を全滅させるヒントがある、ような気がしている。

 勿論、そんなことを本気で期待した訳ではないが、炎の王を攻略するためのヒントくらいはあるかもしれないと、己は周囲への警戒を怠ることなく歩き続け、周囲に散らばる死体が背を向けている方向……即ち、街の中止部である広場らしき場所へとたどり着く。


「……っ、これ、は……」


 その都市の中心部の広場に、ソレはあった。

 円形に地面をくり抜いて作られたと思われる、まるで闘技場のような施設。

 その観客席からは、中心部の舞台らしき場所にある数多の白骨死体と並んで、人の手足ほどの大きさもある虫の類の……よく見てみれば炎の王の眷属ほどのサイズはないものの、地球では巨大と言っても過言ではない百足の死体が大量にひしめき合っている様相が見えた。


「闘技場、か?

 ……いや、そんな綺麗なモノじゃなさそうだ」


 戦士と戦士とを殺し合わせる闘技場であれば、死体をこうして放置するような真似はしないだろうし、百足を始めとする毒虫の死体がこれほど散らばったまま捨て置かれることはなかっただろう。

 一応、闇賭博なんぞに手を染めたことのある己は、ただの好奇心からその不気味な状況がどうして作られたのを探るべく、闘技場の真ん中……舞台へと降り立って周囲を見渡す。

 よくよく見てみると、あちこちに死体があるものの、槍や剣のような武器は一切見当たらず、散らばっている血まみれの服もボロボロの、酷く粗末なモノばかりしか見当たらない。

 いや、高貴な衣装もあるにはあるが……鎧などの戦うための道具などは一切存在していなかった。

 つまり、此処は……


「ようこそ、真の(バル)戦士(ダヌグ)

 来るのを待っていたよ」


 舞台の中心部で周囲を調べ、ようやくこの場所が何だったのかの結論を導き出した己に向け、そんな声がかけられる。

 己が周囲の死体から視線を外し、声のした方へと視線を向けてみると……


「いや、神の(アー)糞便を啜る(ダウゼ)(ジァ)と言った方が正しいかな?

 汚らわしい神の力(アー・レクトネリヒ)に増長したクズめが」


 いつの間にその場所にいたのか、貴賓席だろう椅子に一人の少女が座していた。

 ほぼ全てが抜けて落ちている真紅の髪が印象的な、四肢すらもない……なのにその瞳は憎悪にギラギラと輝き続ける、特徴的な十代半ばほどの少女は、己の方へと獰猛な笑みを浮かべて見せ……


「さぁ、踊るが良い。

 愚かな(アー)の操り人形よっ!」


 少女のそんな叫びと時を同じくして……己が立っていた舞台の周囲から突然、数十匹の赤い百足が現れたかと思うと、己に向けて一斉に襲い掛かってきたのだった。


2019/09/27 21:48投稿時


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