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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
25/130

02-15



「えらく物々しい格好だな、デビデフ。

 ……これから百足退治でもするつもりか?」


 敵の侵攻を食い止めたその翌日だというのに、鉄板で補強された革鎧を身にまとっている筋肉質の巨漢を前に、(オレ)は軽くそう笑ってみせる。

 尤も、眼前で戦意の漲った表情をしているデビデフには、己の笑みなんざ何の意味も為さなかったようだが。


「……とぼけるのは止せ、義兄弟(ナチェフ)

 悪いが、此処から先へは……無駄に死にに行くような真似はさせん。

 止めさせて貰うぞ」


 そう告げたデビデフの背後に己が視線を向けると……そこには昨晩別れたアルメリアが佇んでいた。

 己と視線が合うと気まずそうに目を逸らしたことから、恐らく己の今日の目的地を告げたのは彼女なのだろう。


(ま、良いけどな)


 別に己としてはこれからの目的地なんて隠す気もなく、聞かれれば答える程度のものなので、あの時の会話をバラされたところで怒る気にもならない。


(いや、むしろ……)


 正直なところ、己としては彼女のファインプレイにむしろ感謝したいくらいである。

 何しろこうして……死地に赴く前に、最高の娯楽を用意してくれたのだから。


「大体、お前はあの炎の王のことを分かっていない。

 あの者は四肢十指、二十四の肋骨と十万の髪の毛を引き換えに……」

 

「……無駄な会話なんてやめようぜ、義兄弟。

 分かってるんだろう?」


 炎の王への情報を提示して己が思い留まるのを期待していたのだろうデビデフのその言葉をあっさりと遮った己は、にやりと笑みを浮かべてみせた。

 そうして静かに愛刀「村柾」の鍔を鳴らす。

 それで全てが通じたのだろう。

 己を義兄弟と呼ぶデビデフは、大きなため息を吐くと……背中に隠していた六十センチほどの木刀を二本引っ張り出すと、それを手慣れた様子で両手に構える。


(……二刀流、か)


 巨漢が左右の腕に一本ずつ木刀を構えるその姿に隙は一切なく……身体のバランスや木刀の取回しを目の当たりにするだけで、このデビデフという男がかなりの使い手だと見て取れる。

 服の上からでも分かる、見せかけではない実戦で鍛え上げられた筋肉隆々の身体つきを見た時から、かなりの使い手だと推測してはいたが……

 どうやら己が予想していたよりも一段か二段ほども上の……己とほぼ同格の、準達人級の技量を持ち合わせていたらしい。


(……嬉しい誤算だな、コレは)


 炎の王の眷属と戦う際の、ちょっとした前哨戦……ウォーミングアップくらいのつもりだが、思ったよりも遥かに楽しめそうだ。

 巨漢の技量を見て取った己の顔は自然と笑みを湛えていて……それを目の当たりにしたデビデフはどうやら言葉での説得など何の意味もないと悟ったらしい。


「骨の一本や二本くらいは、覚悟してもらうぞ、義兄弟(ナチェフ)っ!」


「遠慮なんてするなよ、義兄弟。

 やれる全てを、出し尽くしてくれっ!」


 それ以上の会話など、己たちには必要ない……お互いがそう判断したらしい。

 己は鞘に収めたままの愛刀を正眼に構え、己が構え終わったのを見て取ったデビデフは静かに左半身になると両手を広げてみせる。


(珍しい型だが……さて、どう動くかな?)


 そもそも日本の剣道では見ることも珍しい二刀流を前にして好奇心を刺激された己は、同格の相手を前にして少しだけ浮ついた今の気分を押さえつけることなく……無造作にただ前へと歩みを進める。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 そんな己の舐め切ったようにも見える歩きに苛立ったのか、それとも無防備なその歩みを好機と捉えたのか。

 デビデフは大きく吼えると同時に前へと大きく踏み込み……己の脛を狙って左の木刀を薙ぎ払ってきた。


「……っとと」


 唐竹の斬撃を当てるには体勢が低く、またもう一刀が残っているために下手に攻撃を加えるのは下策と考えた己は、軽く背後へと跳んでその射程から逃れる。

 その次の瞬間、デビデフは横っ飛びに跳んだかと思うと……右の視界ギリギリの場所で起き上がりながら己の眼前を通り過ぎる軌道の、当たらずに意味を持たない逆風の斬撃を繰り出し……

 その直後にもう一歩踏み込みながら大上段からの唐竹の斬撃を、今度は直撃する軌道で放ってくる。

 

(……何、だ?)


 最初の一撃……アレはあともう半歩踏み込めば視界外から頸動脈を断つ良い斬撃だった。

 いきなりの横運動で不意を打った直後、動体視力の追いつかない縦の斬撃を放つなど、人体構造に詳しいからこそ出来る……言わば実戦慣れしているからこその一撃である。

 なのに、その必殺にも思える斬撃を振り切った割には体勢が崩れた様子もなく次の斬撃を放ってきていて……それを考えると、先ほどの逆風の斬撃は「外すのが前提」の斬撃だったとしか思えない。


(……何の、意味がある?)


 デビデフの不可解な一撃に己が思考の渦に囚われかかったところを、対峙している相手の左右からの斬撃が救い出す。

 尤も、その斬撃も左からの斬撃がまず眼前を通り過ぎ、その踏み込みが浅い「虚」の一撃の直後に、体勢を崩さず右から「実」の攻撃が来るという……虚実が混じり合いながらも何処となく微妙な連撃だったのだ。

 半歩だけ下がってその右からの一撃を避けた己は、流石に今度こそその違和感を無視できず……愛刀の鞘で自分の肩を軽く叩きながら、眼前で二刀を重ね合わせるように構えた巨漢の方へと言葉を放つ。


「手加減は辞めて……そろそろ使えよ、義兄弟(ナチェフ)

 バラバラで面白くないぞ?」


 まだまだ実力の半分も見せてないだろうデビデフを前に、己は挑発的にそう言い放つ。

 事実、あのちぐはぐなフェイント時に攻撃していれば、己は既にコイツを二度も打つ機会に恵まれている。

 まぁ、一度目は様子見が強かったのは事実だが……二度目はあえて見逃したのだ。

 ……守備隊長を務めるこの男の「底」は、まだまだこんなもんじゃないと信じるが故に。


「……強ぇ強ぇと思っていたが、これほど、かよ。

 大怪我はさせたく、なかったんだがなぁ」


 そんな己に返ってきたのは、巨漢の獰猛な笑みと共に放たれた、己を気遣うそんな言葉だった。

 これだけの差を見せつけてなおそんな言葉を言い放つくらいだ。

 ……自分の技量にそれほどの自信があるのだろう。


(ここまでは予想通りだな)


 デビデフがちぐはぐだった理由……それは純粋に天賜(アー・レクトネリヒ)の存在だろう。

 神が普通に存在すると受け入れられているこの国で、神の恩恵という名の超能力を使用することに忌避を覚える人がいるとは思えない。

 恐らく、そんな偏屈なヤツなんて……この国では己くらいじゃないだろうか。

 そんな自嘲めいた笑みを浮かべる己に向け、デビデフは自らの天賜(アー・レクトネリヒ)を開放してみせる。

 木刀の尖端が赤く燃え始め……だけど、木刀そのものが燃えていないことから、その正体が天賜(アー・レクトネリヒ)という名の超能力だと自ずと理解出来た。


(……炎、か)


 これを戦術に組み込むことこそが、デビデフの実力……天賜(アー・レクトネリヒ)という奥の手を使った、この砦の守備隊長の本当の実力なのだろう。

 恐らくこの義兄弟を名乗る男は、己とほぼ同等の実力を……あの百足共を易々と屠るほどの実力を持っている筈なのだ。

 その牙が自分へと向けられる事実に……また自分が強くなれる機会が訪れたことに、己は笑みが浮かぶのを抑えきれない。

 

「じゃあ、死ぬなよっ!」


「ああ、来いっ!」


 デビデフの最終確認のようなその通達に、己は鞘に収まったままの愛刀を軽く鳴らしてそう叫ぶことで応える。

 次の瞬間、だった。

 デビデフの大きな身体が不意に沈んだかと思うと……下から逆風で切り上げてきた木刀が、己の眼前を通り過ぎる。


「くっ!」

 

 速度も軌道も先ほどの「ぬるい」一撃とほぼ同じ……それに天賜の炎が加わっただけでしかないその一撃だったが、受ける側としては全く別物としか思えなかった。

 眼前を通り過ぎていく炎に目を奪われ、顔面を焼く熱風に思わず身体が怯むのを抑え切れない。


「……うぉおおっ?」


 そんな中に放たれたデビデフの追撃を……直後に放たれた上からの唐竹を防げたのは、先ほどその連撃を見ていたからに他ならない。

 ガツンと腕に伝わってくる衝撃はやはり片手のそれでしかなく、慌てて防いだ己の体勢を崩せるほどの威力は存在していなかった。

 それを見るや否や、デビデフは背後へと飛びずさり……両手の木刀でかち合わせながら、感心したような声を零す。


「今のを、防ぐかよ、義兄弟(ナチェフ)


「ちょいとギリギリだったがな、義兄弟」


 そんな軽い言葉の応酬をした直後、今度は己から前へと踏み込む。

 先ほどの一連の攻撃を目の当たりにした己は、この巨漢を「受けに回って相手の出方を窺う余裕なんて欠片もない相手」だと……本気でかからなければあっさりと敗北する、文字通り「同格の相手」だと確信したのだ。


「う、うぉおおおっ?」


 予備動作のない滑るような踏み込みから、上段を放つフェイントを挟みつつ、横一文字でトドメを刺そうとするその動作に、デビデフはそれでも反応してみせた。


「何、だっ、そりゃぁっ?」


 己の踏み込みに慌てた声を上げ、更にフェイントにも引っかかりながら、それでも己の横一文字を左手の一刀で防いでみせた辺り……純粋な技量は己の方に分があったとしても、腕力と反射神経では間違いなく相手側に軍配が上がることだろう。


「ちょ、ま、おいっ?」


 相手の体勢が崩れたと見て取った己は、そのまま袈裟斬り・逆さ袈裟・唐竹の三段を追撃に加えたのだが……慌てた声をあげつつもそれら全てを防ぐ辺り、眼前の男は本当の実力者だった。

 勿論、死合いではなく稽古の力加減ではあるものの……盗賊共では全く反応も出来なかった速度で放たれるそれらの斬撃を軌道を変えながら三度も打ちこんだにも関わらず、それらを容易く防ぐ「本当の実力者」が眼前にいることが嬉しくて、己は自然と頬が緩んでいくのを自覚する。


「おわぁあああっ!

 まだっ、早く、なってっ?」


 相手の両刀を手数で超えてみせようと、変な対抗心を込めた斬撃の乱打に、少しばかり力が入り過ぎてしまったようで……徐々にデビデフの体勢が崩れ始める。

 そうして、トドメの一撃を放てるほど、相手の体勢が崩れた……その瞬間だった。


「調子に、乗るなぁああああああああっ!」


「くっ?」


 デビデフがそんな雄叫びを上げると同時に、何の前触れもなく己の眼前に視界を遮るほど巨大な炎が出現し……本能的な恐怖に思わず己の手が止まる。

 その直後、巨漢は背後へと大きく三度ほど跳んだかと思うと、十分に距離を取った辺りで凄まじい前傾姿勢を取り……


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 クラウチングスタートにも似た体勢から、己目がけて一気に頭から突っ込んできた。

 両の剣は両方とも背面に回されてるものの、噴き上げる炎が腰の後ろ辺りに両刀を隠していると告げており……その所為で頭蓋ががら空きになっている、そのまさかの特攻に己は思わず息を呑んでいた。


(捨て身っ!)


 がら空きの頭部は……どう見ても誘いだろう。

 そこへの一撃を誘った直後に、何かの形でカウンターを放ってくるに違いない。

 ならばこそ、己の取るべき行動などただ一つ……


「ははっ!

 受けて立つっ!」


 真正面から、そのがら空きの頭部へと渾身の一撃を叩き込むのみっ!

 両足でその場を踏みしめて回避を捨て、防御を考えもしない大上段へと構えた己は……何の躊躇いもなしに真正面から突っ込んでくるデビデフの頭蓋へと、渾身の一撃を叩き下ろしたのだった。


2017/09/24 19:33投稿時


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