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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
23/130

02-13


「やぁ、義兄弟(ナチェフ)

 思う存分に飲み食いしてくれ」


 百足退治の直後、(オレ)を待っていたのは、繰り上げで砦の守備隊長になったとかいう髭のおっさんだった。

 デビデフ=ダグステナと名乗るそのおっさんは、疲労の極致でボロボロになった己を強引に砦に引っ張り込んだばかりか、人様が寝ている間に宴席を用意してくれたのだが。

 

「……誰が兄弟だ、デビデフ。

 つーか、何なんだ、コレは」


 理由も分からずに人を義兄弟(ナチェフ)などと呼ぶわ、席順でいうと確実に上座らしき……非常に目立つ位置に座らされたのだから堪らない。

 繰り上げで守備隊長になった……つまりが武力で人の上に立つこととなったこの男は、全身を鍛え上げていて、実戦向けの筋肉が身体中をまとっているのが一目で分かる、大男なのだ。

 そんなのが愛想良く強引に絡んでくるものだから……要するに非常に暑苦しい。


「まぁ、そう言うなって、神殿兵(ハルセルフ)


「あんたはこの砦の救世主だっ!

 今日くらい飲み食いしても誰も責めねぇっ!」


「化け物かと思ったもんな、アレ。

 隊長並の化け物って初めて見たぜっ!」


 まだ戸惑いを隠せない己に向けられたのは、そんな兵士たちの野次だった。

 どうやら彼らにとって己という存在は、人外に足を踏み入れかかっている助っ人という立ち位置らしく、畏怖と好意の混じり合った視線が向けられている、気がする。


(……褒められるのは有難いんだが、な)


 正直な話、今の己はそうして褒められるのが嬉しい気分でも、恐れられるのを誇る気持ちにもなれず、周囲の野次を意識から外すのが精いっぱいだった。

 ちなみに、兵士連中はどいつもこいつもあちこちに怪我をしていてまるでミイラのような様相を見せているものの、その表情は明るいものが多い。

 とは言え、重傷者はこの場にはおらず……恐らく別室で酒の飲めずに激痛に唸っていると思われるのだが。

 

「まぁまぁ、そう言わずに。

 ちょっとくらい楽しんでいけばいいじゃないか、ジョン」


「……てめぇも、逃げたんじゃないのかよ」


 その挙句、デビデフが招いていた娼婦……要するにあの紅の百足と戦う前に護衛をしたアルメリアたちがこの砦へと商売に訪れていて。

 守備隊長であるデビデフの計らいか、それとも己の繰り出す鍛え上げた剣術に惹かれたのか、アルメリアが己の隣に座ってしな垂れかかって来ていて……居心地悪いことこの上ないのが、今の己の現状だった。

 話を聞くと、己が次々に炎の王の眷属を狩るのを、あの丘の上から眺めていて……砦が勝利を収めた時点で商売に訪れたらしい。

 それならそれで、砦の兵士たちに売り込めと思うのだが……守備隊長であるデビデフから許可は貰っているとのことで、この急接近は自発的に行われている、らしい。

 デビデフの命令なら一蹴出来るのだが、自発的である以上己としては断り辛く……尤も、流石に右腕が自由にならないようなもたれ方をされると腕を抜いているので、彼女も察したのかある程度の距離は取るようになってくれていたのだが。


「……まぁ、そう遠慮するなよ、義兄弟。

 せめて歓待くらいはさせてくれ。

 俺たちは本当に……もう終わりだと思ったんだ」


 女の色香という武器に抗っている己にトドメを刺すかのように逆側から肩を組んできたのは、髭面のおっさんであるデビデフで……逃げ場を失った己は、観念して近くの食べ物へと視線を移す。

 鳥を蒸し焼きにしているのだろうソレは、胸肉に該当する場所が四つもあり、嘴らしきモノがなくて尖った顎になっている等、己の知っている鳥とは若干違っていて、食欲を今一つ感じない代物だったのだが。

 ただ一メートル近くあるソレを一人で食える筈もなく……己のその逡巡に気付いたのか、守備隊長であるデビデフ自らがその胸肉辺りをナイフで切り分けて己の方へと配ってくれる。


「まぁ、喰ってくれ。

 この手の食料はまだ残っているんだ」


「……ああ」


 どうやらこの国には乾杯の合図などはなく、それぞれの前に料理を出された時点で食べ始めて良いのだろう。

 少なくとも己がこの席へと運ばれた時には、周囲の兵士たちはもう食事に手を出していて……もしかしたら、己が来る前に乾杯やら口上やらを終えていたのかもしれないが。


「……コレは、そのまま食えってのか?」


「ああ、畑鳥の香草蒸しだ。

 畑を荒す最悪の連中なんだが……味は最高だぞ?」


 己の問いに返ってきたのは、己が知りたかったこととは微妙に違うデビデフの回答で……どうやらこの国には箸らしきものは存在しないらしい。

 ただ切り分けようのナイフがあるだけで……基本は手掴みで食うのだろう。


(……箸が欲しい、な)


 とは言え、足りないものを嘆いたところで意味がある訳もなく。

 己は諦めてこの国の風習に従い、手掴みでデビデフが切り分けてくれた肉に喰らいつく。

 

(意外と美味い)


 野生に暮らしていて筋肉質な所為か、その鳥の肉はブロイラーの胸肉と比べると硬く筋肉質だったが、少しきつめの香辛料……胡椒と似て非なる香りを放つ変な草が混じっている所為か、口に入れた瞬間の香りと、噛み続けるごとに染み出してくる鳥の味がよく合っている、気がする。

 生憎と料理人でもない己には、鳥肉への批評なんて出来る訳もなく……何となくそう思う程度の感想だったのだが。


「ほらほら、飲みなってジョン。

 飲めない訳でもないだろう?」


「……酒、か」


「そそそ。

 神殿兵(ハルセルフ)だからって飲めない訳じゃないんでしょう?」


 そうしてアルメリアから渡された杯……この国の文化なのだろう、どんぶり茶碗を一回り小さくしたようなソレに入っていたのは、薄黄色のどろどろした何かだった。


(……雑穀酒、だったか。

 どぶろくに近い感じ、なんだろうな)


 初めて飲むそれに若干躊躇った己だったが……流石にこんな酒宴で恩人を毒殺するほど無茶なことはしないだろうし、他の連中も口にしているソレを飲まないなんて、礼儀上あり得ない。

 己は気合を軽く入れ、一気にそれを口へと放り込む。


「意外と、いけるな」

 

 黍独特の匂いが鼻を突く感じと砕かれた黍の欠片の感触と、ろ過した後で火入れをしてない所為で僅かに発生している炭酸が舌を刺す感じ……それらが己の知っている酒と違うところだが、それも癖の一つと考えれば飲めないことはない。

 咽喉を通った後にじわりと広がるアルコールの感覚からいって、濃度は凡そ日本酒のそれと似たり寄ったりで……15%くらいだろう。


「お、義兄弟、行ける口だな?

 ほら、ま、飲んでくれ」


「……ああ」


 別にアルコールに弱い訳でも、嫌いな訳でもない己はデビデフの注いできた酒をそのまま一気に飲み干す。

 相変わらず黍の香りが強過ぎて微妙な味ではあるが……この独特の感じは嫌いではない。


(……師は酒好きだったっけなぁ)


 己の前では兎に角飲んでいた記憶がある。

 本人としては「反応が鈍るようなら飲むな」と言っていて……事実、あの頃の己が酔っぱらって眠っている師に向けて木剣で襲い掛かっても、服に剣先を掠ることすら叶わなかったものだが。


「ほい、ちょいと貸してくれ、義兄弟」


 そんな思い出に浸っていた己の手から、デビデフは問答無用で杯を強奪したかと思うと、何を思ったのかそのまま己に酒瓶を手渡してくる。


「ほら、俺にも注いでくれよ、な」


「あ、ああ」


 何というか、その行動に強引すぎるものを感じなくはなかったが、鶏っぽい肉が美味かったこともあり、己はただ頷いて言われるがままにデビデフの杯へと酒を注ぐ。

 デビデフ自身もその筋肉質の体格に相応しい肝機能を持っているらしく、日本酒と同じほどある酒を一気に飲み干してみせた。

 周囲の兵士たちが「おおぉっ!」と叫んでいて……その反応を見る限り、コイツはやはりかなり酒に強いのだろう。


「ほら、お返しだ。

 まだいけるだろう?」


 こちらの流儀なのだろうか。

 デビデフは先ほどと同じように己に杯を手渡し、またしても酒を注いでくる。

 幾らなんでもペースが早過ぎるとは思ったものの、この守備隊長が妙に真剣な表情をしているものだから、己は何となく断る気にもなれず、そのまま酒が注がれるに任せていた。


(……なんだ?)


 ふと気付けば、さっきまで野次を飛ばしていた周囲の兵士たちは静まり返り……何となく、己の挙動が酷く注視されている感がある。

 だが、それが何かを問い正す気にもなれなかった己は、なみなみと酒が注がれた杯を手にした後、左手に握っていた肉の残りに齧りついて口の中を肉と香草の味で満たしつつ……それを洗い流す意味も兼ねてその杯を一気に飲み干す。


(流石に肉だけってのも飽きるんだが……)


 一応、この場には肉以外にも塩漬けの野菜とナン……のような黍粉を練って焼いた平たいヌグァが並べられてあって、己としてはそちらの方にも手を伸ばしたいところではあるのだが。

 生憎と眼前の守備隊長が、己に酒と肉以外のモノを喰わせる気はないらしく、そちらに手を伸ばせないようにブロックしていて……如何にその守備を破るかに苦慮する状況が続いていたりする。


「よし、義兄弟(ナチェフ)

 これで俺とお前は、杯を交わした仲となった訳だ、うむ」


 そんな己の胸の内など一切考慮する気もないのだろう、筋肉質で暑苦しい髭の守備隊長は何を思ったのか、突然そんな言葉を大声で言い放ちやがった。


(……ヤクザか)


 どうも杯を交わすという単語的に、そんなネガティブな発想しか出てこなかった己は、このデビデフという男が何をやりたいのか今一つ理解出来なかった。

 だが、周囲の連中としてはそれでも構わなかったのだろう。


「こんなザマでも、良いことはあるもんだっ!

 隊長の新たな兄弟に乾杯だっ!」


「そうだなっ!

 今日死んだ友人のためにも、飲むぞぉおおおっ!」


「おお、兄弟の契りってのも久々だっ!

 吐くまで飲もうぜっ!」


 何やら兵士たちはそんな叫びを上げ始め……こちらの風習を今一つ理解していない己は完全に置いてけぼりとなっていて、どうにも居心地悪く手元の盃を回すことしか出来なかったのだが。


「まぁ、飲めよ。

 でな、うちの女房がそろそろ子供を産むんだが、その名前を考えているんだわ」


 そんな己の様子に気付いたのだろうか、杯を手に己の方へと向き直ったデビデフは、さっきまでの真剣な表情は何処へ投げ捨てて来たのやら、デビデフはいきなり相好を崩したかと思うと……酔っ払い特有の間の抜けた声で、そんな家族の自慢と愚痴が混ざった一人語りを始めやがったのだった。

 何杯かを呑んだだけでまだ酔ってない己は、冷静な頭でそのぐだぐだと話す酔っ払いの話を聞かされ続ける羽目になり……

 ようやくデビデフが眠りに落ちた頃には、己はもう疲労困憊で意識を手放す寸前だった。

 気付けば野次を飛ばしていた兵士たちは半数以上が祝いの場から消えており……どうやらこちらの宴会というモノは、律儀にここまで付き合う必要もないらしい。


「じゃあ、己もそろそろ……」


 流石にこれ以上宴席に付き合ってられないと、己が席を立とうとした、その時。


「何言ってんだい、夜はこれから、だろう?」


 道中を共にしたアルメリアという名の一夜の妻(プクラ・ミィリア)が己にしな垂れかかって来ながら、何処となく色気のある声でそう囁いてきたのだった。


2017/09/22 21:30投稿時


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