02-12
「……これで、三十、七匹目、っと!」
蜻蛉の構えから唐竹の斬撃を叩き込んだ己は、大百足一匹を屠ると同時にそう呟いていた。
最初は一匹を屠るだけでも苦労していた百足共だが……慣れてしまえばそう難しい相手でもなかったのだ。
(……示現とここまで相性が良いとは)
射程内に飛び込んできた三十八匹目の頭部を上下に絶ちながら、己は内心でそう呟く。
事実、左腕に毒を打ちこまれ、仕方なしに示現流の構えを真似てみたのだが……成果は上々どころではなかった。
勿論、己は示現流を学んだ訳ではないため、漫画か何かで読んだその練習法を真似てみたことがある、程度でしかないのだが。
それでも横に寝かした立木へと木剣を叩き込むあの練習法と、百足を上からの斬撃で斬り殺す動きがほぼ同じなのが幸いした。
ついでに言うと、百足共の動きが鈍いところに、ヤツらは中途半端な知性を備えているらしく己の咽喉や腹を狙って首をもたげて襲い掛かってくるため……要するにこの連中は、「斬りやすい位置に頭を持ってきてくれている」訳だ。
囲まれないよう立ち位置に気を配っていれば、射程圏内へと入って来た百足の頭部目がけて一撃必殺を叩き込むだけで屠れるのだから……もうこの百足退治は半ば「作業」へと化している。
ある意味、立木打ちか横木打ち……どっちが示現でどっちが自顕だったか忘れたが、その練習とそう大差ないだろう。
むしろ相手が動く上に、革鎧ほどの装甲を備えているため、より効果的な練習であると言えるかもしれない。
「三十、九ぅっ!」
そうして己はまたしても射程圏内へと入ってきた一匹の首を上から下へと叩き斬り、直後に背後へと跳んで暴れ回る死体に巻き込まれないように距離を取る。
……だけど。
(……早くも、限界、か)
己は荒い息を必死に整えつつも、パンパンに張った右腕や右肩、背中に腰、そして後ずさった時の足取りの重さを自覚し、そう小さく呟いていた。
命賭けの戦場で、見様見真似で示現流を使い、しかも渾身の力を込めた一撃必殺を三十九回も振るっているのだ。
むしろ今まで動けたものだと感心する方が正しいのだろう。
(……しかも、村柾もヤバい)
自分の体力もそうだが……さっきから愛刀の切れ味が衰えているのが分かる。
革の鎧ほどの耐久力を持つ甲殻を、渾身の一撃で叩き斬り続けているのだから無理もない話なのだが……
「よん、じゅうっ!」
だが、体力を回復させる暇も、刀身を庇う暇すらもない。
次から次へと真紅の百足は押し寄せてきて、射程圏内に入ってきた百足を問答無用で叩き斬らなければ、こちらが再びあの毒を喰らってのたうち回る羽目に陥るのだから。
「五十いちぃいいいいっ!」
そんなことを考えていた所為か……早くも限界が来たらしい。
頭部への唐竹一撃で、相手を屠れなかったのだ。
半ば本能的なもので眼前を通り過ぎる牙を必死に躱した己は、そのまま地を転がり、身体中を土まみれにしながら起き上がる。
(くそっ!
避けるだけでこれかっ!)
ただでさえ体力の限界だったのだ。
必死に緊急回避を行ったものの、その所為で身体が疲労を思い出したかのように一気に身体が重く感じられる。
右手下腕部の愛刀を保持する筋肉も限界で、知らない内に手のひらに出来ていた血肉刺が潰れたのか、愛刀の柄には血が流れている。
腰から背中にかけた筋肉は攣る寸前、足はもう十センチ以上は持ちあがらないような有様だった。
(……どう、する?)
渾身の一撃で敵を屠れない。
なのに避ける体力も残っていない。
足取りは重くて良い立ち位置を保持することも叶わず……なのに敵は容赦なく迫ってきている。
真正面と右と、左。
……三方向から一斉にかかってくるのだろう。
今の己の身体では移動して有利な立ち位置を確保することも、一撃で屠って強行突破する攻撃力もない。
すなわち……同時攻撃を防ぎ切ることは、叶わない。
「くそったれっ!」
迫りくる死……あの毒の牙を喰らい、激痛でのたうち回りながら巨大な百足に食い殺される。
その最悪の未来を前に、己は歯噛みすることしか出来ない。
この状況を打破する技が思いつかない。
この敵を屠る術が自分の中に見当たらない。
(せめて……村柾が完璧ならばっ!)
それは、一瞬の出来事だった。
己がそんな内心で願うのと、右手の紅百足が動き始めたのがほぼ同時。
それを目の端に捉えた己は、まだ毒で痛む左手を愛刀の鍔際に触れさせ……
「……【金属操作】っ!」
神から授かりし天賜の名を叫ぶと同時に、切っ先向けて手を滑らせる。
直後、考える余裕すらなしに身体は動き、愛刀を大上段へ構えると、首筋目掛けて迫りくる百足の顎へと真正面から愛刀「村柾」を叩き付ける。
「……ぁあああああああああっ!」
そのまま百足の顎どころか頭と胴体を十七寸ほど切り裂いた己は、ほぼ動かぬ身体に鞭打つと、背後へと飛びずさり……左手側から襲い掛かってきていた百足の首を、横一文字で断ち切ってみせる。
「ぉおおおおおおおおおおっ!」
その振りの勢いを利用して身体を横回転しながら前へと倒すことで、右手後ろ側から襲い掛かってきた最後の一匹の百足の顎を避けることに成功する。
その次の瞬間、強引に右足を地面へと叩き付けて回転を制動し、そのまま腰の振りと腕とを連動させて愛刀を振るい、頭上に大きな弧を描く。
胴を断ち切られた百足は、上半分はそのままの勢いで飛んで行って地面でのたうち回り……下半分はその場で暴れ始めるものの、大振りによって身体が傾いでいた己は地に倒れ込むことで、下半分の暴風域からは身を逸らすことに成功していた。
そうして敵三体を断ち切ることで危機から逃れた己は……静かに息を吐き出し、凄まじい勢いで跳ねる心臓を押さえつけると……
「畜生がぁああああああああああああああっ!」
湧き上がる衝動に任せ、咽喉の奥からそんな叫びを上げていた。
(……頼って、しまったっ!)
……そう。
死の淵で、絶望の寸前で、絶体絶命の土壇場で、己は自分の鍛え上げた技を|信じることが出来なかった《・・・・・・・・・・・・》。
いや、鍛え上げた技で切り抜けたのは事実だが、それでも天賜なんて手品に頼ってしまった。
その事実が、悔しくてたまらない。
(切れ味を戻しただけ?
……切れ味が落ちないように、斬ればいいだけだろうがっ!)
愛刀の切れ味が落ちるという、自分の未熟さのツケを……本来ならば自分自身が支払うべき技量不足のツケを、手品なんぞで誤魔化してしまったのだ。
こんな手品に頼るようでは……こんな勝ち方で納得するくらいなら、この国に来て命賭けて斬った張ったする必要なんてない。
己はあくまで、自身の技量と愛刀一本だけで、運命を切り拓いていきたいのだから。
「……くそっ、待ってろっ!」
そんな己を隙だらけだと思ったのだろうか。
己に向かってきていた、残り十匹ほどの百足共がゆっくりと迫ってきている。
悔しさに歯を食いしばったままの己は、ソイツらへと手のひらをまっすぐに向けることで制止させると、そのまま愛刀を握りしめ、直下に叩き付ける。
「一っ、二っ、三っ、四っ、五っ!
六っ、七っ、八っ、九っ、十っ!」
己の真下に転がっていたのは、何匹目かは忘れたものの、己が頭部を切り裂いて殺した百足の死体で……己はその胴体へと大上段から斬撃を繰り返す。
突如として眼前で始まった奇行に、中途半端に知能があるらしき百足共も反応に困ったのだろう。
そうして動きを止めた赤い百足を意にも介さず、己はただただ直下へと斬撃を繰り返しもう動かない死体をひたすらに叩き斬り続ける。
先ほどまで指先一本すらも動かせないほどの疲労の極致にあったにもかかわらず、己はただ怒りに任せ、疲労を忘れるほどの激情に突き動かされ、ただただ愛刀を振り続ける。
「四十九っ、五十っ、五十一っ!
こんな、もん、だろうっ」
疲労の極致は遥かに超え、手は震え力は入らず、全身に激痛が走る……そんな状況の中でも、己は直下の死体へと五十一撃の斬撃を加えていた。
これで、下らぬ手品を使う前と切れ味はほぼ同じ。
全く同じには出来ないだろうが……一連の作業を行った所為で体力が落ちた分、先ほどの窮地よりも今の方が危険度は高いと思われる。
(……これで、よし)
自分でも愚かなことだとは理解している。
相手はただの百足……武士道精神も騎士道精神も覚悟も技量もないただの虫であり、フェアなんて概念すらもない連中だ。
しかも相手は掠るだけで燃え上がると錯覚するほどの激痛を伴う、シャレにならない猛毒を持った百足共で、あんな激痛をもう一度喰らうなんて冗談じゃないと……腹を撃たれた方が、自分の血に溺れた方が幾らかマシだと断じれるほど凶悪な相手である。
「だけどっ!」
……それでも己は、あんな手品なんぞに頼って生き延びるよりも。
……たとえ激痛の中百足に食い殺される未来が待っていたとしても。
馬鹿だと自分で分かっていても……それでも自分の矜持を貫き続けたい。
そんな己の覚悟に気圧されたのだろうか。
百足共は何故か、ふらふらでもう愛刀を一撃振るうのが限界という己から後ずさり始めたのだ。
「……お、おい?」
覚悟を決めた直後だというのに逃げ始めた百足たちを見て、己がそんな戸惑いの声をあげた、その直後だった。
眼前の百足の背へと、突然上から降ってきた槍が突き刺さる。
「……なん、だ?」
そのあり得ない攻撃に顔を上げた己の前に広がっていたのは、眼前の砦からわらわらと武器を手に出てくる兵士たちの群れ、だった。
「今だっ!
押し返せっ!」
「あの男を死なせるなっ!
我らの救世主だっ!」
どうやら砦攻めをしていた百足共が己の方へ向かい始めたことで、籠城していた彼らは百足共を押し返すことに成功しただけではなく、掃討のために砦から出てきたらしい。
百足共が幾ら強かろうとも、動きはそれほど速くなく……己の見守る前で、槍や戦斧などによって次から次へと狩られていく。
戦術など一切学んでいない素人の己の目から見ても、戦いの趨勢はもう決まっていて……百足たちは最後の一矢を報いようと兵士たちに襲い掛かって槍衾をその身に受け、次々と亡骸へと化していく。
気付けば己へと襲い掛かろうとしていた百足共はもう一匹も残っておらず……
「……助かった、のか?」
己は自分が助かったことを理解したその瞬間、安堵の溜息を吐いていて……
「……くそったれがぁああああああああああああっ!」
愛刀で窮地を切り抜けることも叶わず、第三者による救いに安堵する……そんな自分が許せなかった己は、愛刀を大地へと突き刺すと、ただ咽喉が枯れんばかりの大声でそう吐き捨てたのだった。
2017/09/21 20:14投稿時
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