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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
20/130

02-10



「……そ、そんな」


 (オレ)が信頼される証として神官(セリカ)の飾りを見せた瞬間のことだった。

 さっきまで己に警戒の視線を向けていたアルメリアという名の娼婦が、突如として腰の力が入らなくなったのか、その場に座り込む。


「ひ、ひぃ。

 終わりよ、もう、何もかも……」


「うぁあああ。

 儂も、ここで終わり、じゃあ」


 アルメリアだけではない。

 彼女と共に牛車に乗っていた二人の女性も、そしてあの争いの中でものんびり草を食んでいた、平和な性格をしているらしい六本脚の鱗が生えた牛を操っていた爺さんまでもが頭を抱えている始末なのだ。

 先ほど、野盗共に人質にされた時よりも激しい絶望っぷりに、己は困惑を隠せない。


「……どうしたんだ?」


「どうしたも、何もっ、白々しいっ!

 貴方は、神殿兵(ハルセルフ)なのでしょうっ!」


 今一つ理解出来ず、首を傾げたまま放った己の問いに返ってきたのは、完全にヒステリーを起こしたと思えるほどの、アルメリアの絶叫だった。

 咽喉が枯れてもおかしくない声を向けられる謂れのない己としては、やはりただ首を傾げることしか出来ないのだが……

 ……そんな己の姿を疑問に思っただろう。


「何よ。神殿兵でしょう?

 神の法に違反するモノを斬殺する、神殿の持つ剣(ハルセルフ)


 アルメリアの言葉を聞いて、己はようやく理解する。

 どうやら神殿兵(ハルセルフ)という言葉には、神殿の持つ剣という意味の連なりとなっていて、自分たちの意に反する連中……恐らくは背教者や異端者などを弾劾するための武力という意味合いがあるらしい。

 

(……ま、己には関係ないんだが)


 生憎と己の立場は、ただの神殿兵(ハルセルフ)……神殿の持つ剣などではなく(アー)(ハルセルフ)……神の持ちし剣という意味の言葉である。

 とは言え、そう告げたところでこの連中……恐らくは神殿法を破って売春をしているらしい彼女たちは安心することはないと思われる。

 大体が、武装した男たち三人ほどをあっさりとノックアウトし、その後、盗賊とは言え五人もの人を斬殺している己が何かを言ったところで……この返り血まみれの姿では説得力なんて欠片もないのだから。

 そもそもこの連中が話しかけて来たことだって、返り血まみれのぼろぼろの男を同じ無法者だと判断し、道中の盾として使えないかと算段したのが発端だったのだろう。


(もうちょいと、上手い理由を……)


 とは言え、その辺りに上手い理由なんて転がっている訳もなく……周りに散らばっているのは、野盗共の死体と血と臓物くらいしかない。


「己は、この手の荒事専門だ。

 ……娼婦は管轄外さ」


 色々と言い訳を考えていたものの、いい加減面倒になった己が口にしたのが、そんな言い訳だった。

 神殿と言っても巨大組織……恐らくはお役所みたいに担当課が分かれていて、たらい回しみたいなこともやらかしているだろう。

 そう思った己は、あまり深く考えることなく言葉にしたのだが……


「ああ、なんだ。

 そうならそうと、先に言って頂戴。

 ……久々に胆が冷えたわ」


 結果として放たれたアルメリアのその呟きから察するに、己の想像通り大きな組織であるこの国の神殿でも「管轄の違い」によって様々な問題が発生しているようだった。

 その辺りの神殿事情は兎も角、己の言い訳に納得したらしきアルメリアは大きく安堵の息を吐き出すと、立ち上がろうとして……それが叶わないことに気付く。。

 どうやら腰が抜けたようで……少し羞恥に頬を染めながらも、己に向かって手を差し出してきた。

 ……腰が抜けるほどビビらせた己に、責任を取って起こせと言いたいのだろう。


「……はいはい」


 別に女性の体重を持ち上げる程度、特に苦でもない己は、軽く手を引くことでアルメリアを立たせて牛車の中へと引っ張り上げる。


「しかし、貴方って化け物ね……ジョンだっけ?」


「そうそう。

 五人の盗賊をものともしないって……尋常じゃないわ」


「まぁ、こんなことばかりやってきたからな。

 ……その辺の奴らに遅れは取らないさ」


 アルメリアを運び上げたのと同時に牛車へと乗り込んだ己に向け、同じ荷台に乗っていた二人の娼婦がそう声をかけて来たので、己は適当に言葉を返す。

 尤も、その言葉は嘘ではない。

 幾らなんでも特に鍛えもしていない野盗共相手に後れを取るほどやわな鍛え方はしていない。

 とは言え、己もまだまだ修行中の身で……達人級のヤツが相手だった場合、あっさりと切り刻まれることになるだろうが。


「……じゃ、先を急ぐとするか」


「ちょ、逃げた連中は放っておくのかい?

 追いかけて連行するか、トドメを刺すと思ったけど」


 そのまま牛車に乗り込んだ己に、アルメリアが慌てた声でそう告げてくる。

 正直、己の前からとっとと逃げ出した所為で、斬り合える可能性もないそんな連中などには、己は何の価値も見い出せず、素で忘れていたのだが……図らずとも神殿兵(ハルセルフ)という看板を背負うことになってしまった以上、そうとぼけたことも言えないだろう。


「……ああ、アイツらは明らかに強制されてた様子だったからな。

 初犯ってことで、まぁ、放っておいても構わないだろう」


 結局、己は深い考えがあってのことだという雰囲気を保ちつつ、明るい声でそう告げる。

 同乗している娼婦たちが納得したかどうかは微妙ではあるものの……まぁ、記憶なんて薄れていくものだ。

 それにあのアホ共も、己と対峙して怪我を負ったばかりでなく、凶悪で腕の立つ仲間が一人残らず惨殺されてしまったのだ。

 流石に強盗稼業というヤクザな仕事は「兵士なんかよりもまだ割に合わない」ということを、否が応でも悟ったことだろう。





(しかし、まだ甘いな、己も……)


 動き始めた牛車に揺られる度に僅か十五分ほどで飽きた己は、手持無沙汰を解消しようと愛刀「村柾」の手入れを始めることにする。

 刃を抜き放った瞬間に女たちが悲鳴を上げたが……まぁ、そんな些事よりも愛刀の手入れの方が大事である。

 そうして光に翳して刃を確認してみたのだが……


(刃の丸みが一か所、峰に傷が一つ……そして切っ先は僅かに刃が曲がっている、か)


 刃が丸まってしまったのは、逃げる野盗を背中から貫いた時のもので、恐らく強引に引き抜いた際に肋骨と接触した所為だろう。

 峰の傷は槍を弾いた時のもので、これは仕方がないにしても……切っ先の曲がりは、頭蓋を力任せに断ち切った一撃に違いない。

 勿論、どれも砥石一つで消える程度の傷なのだが……それでも、刃を傷めずに人を斬り殺すのが理想である以上、刃が丸まるだけで反省材料なのだ。


「……こうが、ベストだったか?

 それとも、こう……」


「ちょっと、ジョンっ!

 荷台の上で刃物振り回さないっ!」


 反省を生かそうという己の意思を忠実に再現したのか、動き出した愛刀「村柾」の切っ先に、アルメリアが悲鳴を上げる。

 鬱陶しいなぁと思いはしたものの、よくよく考えればそれは至極真っ当な言動で……己は特に反論することなく、愛刀を鞘へ納めることとする。


(……今晩、砥がないとなぁ)


 己がそう溜息を吐き、愛刀を抱いて目を閉じた……その直後のことだった。


「おお、見えて来たぞ、アレが……西の砦じゃ」


 そんな爺さんの声に目を開く。

 周囲の風景はさっきとは打って変わっていて……どうやら目を閉じてしばらくの間、意識を失っていたらしい。

 今立っているのは小高い丘を突っ切るような道の頂上の辺りで、広い河だか沼地だか分からない流れが左から右へと流れており……この場所から目を凝らしてみれば、その砦の近くにそれなりの大きさの砦が建っているのが目に入る。

 だが、その砦の周囲の平原は何故か不自然に赤く染まっていて……


(……燃えている?

 いや、アレは……一体、なんだ?)


 一瞬、その赤が蠢いていることから火計……砦が火攻めを喰らっているのかと思ったが、炎が河の上にも広がっているという不自然さがあった。

 その挙句……あの炎は、煙が出ていない。

 じっくりと眺めていると、文字通り蠢いている……つまりが、何らかの赤い生き物が砦の周りに群がっているのだと分かる。


「……アレ、ヤバいんじゃねぇか?」


「あれは、炎の王の軍勢じゃ。

 河を、渡って来たのじゃろう。

 あの砦も、もうお終いか」


 己の呟きに、牛車を操っていた爺さんがそう嘆きを零す。


(……炎の、王)


 (アー)(ハルセルフ)としてこの世界に招かれた己が、数多の天賜(アー・レクトネリヒ)を贈られた理由。

 屍の王が「水の流れを変えなければ、帝都が三か月で滅ぶ」と称した、あの幾何学的存在(アー)をして世界を滅ぼすと言う六王の軍勢の一角。

 それが……コレだった。

 そうして砦の城門を乗り越えようとして、槍で突き殺された赤い何かをじっと見て、己はようやくその炎の王の軍勢の正体を悟る。


(アレは……馬鹿でかい百足、か)


 要するに百ほどもいる馬鹿でかい百足が、砦へと押しかけてきているのだ。

 槍や剣で砦の人間たちが応戦していて、一応は拮抗状態を保っているようだったが……人と百足ではスタミナが違う。

 恐らく、このままでは押し潰されてしまうことだろう。


(……やれる、か?)


 人の軍勢ではない百足の群れという人外の存在を前に、己は愛刀の鯉口を切り……そう自問自答する。


(剣の道を極めようとした己の剣は……人以外に通用しないと?)


 答えは否、だ。

 人に逢うては人を斬り、鬼に遭うては鬼を斬る。

 実在するならば神だろうと竜だろうと……いや、命のない幽霊だろうと動く死体だろうと斬り裂いてみせずして、何の剣術か。

 己は、剣を極めるためにこの国へと来たのだ。

 実在する百足如き、命のある生き物如き斬れずして、どうして剣を極めようというのだ。


「じじじ、爺さん、そろそろ引き返さないと……」


「ああああああああ、そそそそう、じゃな」


 己が戦おうと決断を下したちょうどその頃、一介の娼婦であるアルメリアと牛車を御す爺さんの間で議論が続けられた結果、「この場から逃げ出す」という結論に至ったらしい。

 だが、ソレを責めるつもりはない。

 彼と彼女たちには、戦う力はないのだから。


「……じゃあな。

 此処までの道中、楽を出来た。

 恩に着るよ」


 己はそう告げると、方向転換をしようとしていた牛車からふらっと飛び降り……そのまま砦の方へと駆け始める。

 ここから砦まで凡そ一キロほど、だろうか。

 ……走れば十分はかかるまい。


「ちょ、ちょっと、ジョン。

 あんたまさかっ?」


「おおっ!

 己はあの手の、専門なんでなっ!

 ちょいと行ってくるっ!」


 背後から聞こえてきたアルメリアのだろう声に、鞘に納めたままの愛刀「村柾」を掲げながら、そう叫ぶ。

 それで通じたのだろう。

 静かになった背後をあえて無視すると……己は眼前の赤く蠢く連中に向けて、街道をひたすら真っ直ぐに走って行ったのだった。



2017/09/19 21:20投稿時


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