02-09
投降したように見せかけて愛刀「村柾」を放り投げたからと言って、己はまだ戦意を喪失した訳ではなかった。
神から授かったという数多の天賜……その中に、己が今置かれた状況を打破する能力が一つ、備わっていたのだ。
……【金属操作】
そんな名前の能力を用い、愛刀の鍔からもぎ取った指二本分くらいの金属片を棒手裏剣として使えるよう形を整えたのが、愛刀「村柾」を左手で掲げ持った辺り。
そして、左手に持った村柾を地面へと放り投げ、盗賊どもの視線をそちらへと誘導した直後に、己はその棒手裏剣を右腕の手首から先だけで放り投げる。
それは予備動作が全くない右手だけでの投擲であり……威力と速度は渾身の一撃と比べると遥かに劣る。
だが、その一投は「予備動作が全くない」が故に、予測していない限りは反応も難しく……だからこそアルメリアに短刀を突き付けていた盗賊は、飛んできたその刃物に反応すら出来ず、無防備だった右目でその刃を受け止めることとなったのだ。
「ぎゃぁああああああああああああっ?
目が、目がぁああああああっ!」
当たり前だが眼球を貫かれた盗賊の男は、この世の終わりかと思うような悲鳴を上げて暴れ回り……周囲の連中は仲間の悲鳴に否が応でも視線をそちらへと向けてしまう。
その一連の動きを予測していた己は、悲鳴が上がった瞬間から前へと踏み出し……連中がこちらの動きに気付いた時には、既に地面に転がっていた愛刀「村柾」を手に取っている。
(練習が、役に立ったっ!)
師から教わった武術の中で、いまいち役に立たないと練習に身が入らなかった棒手裏剣。
当時は「何でこんな無駄な練習を」とぼやいていたものだが……こうして実際に使ってみると、師の教えに無駄なことなどなかったのだと今更ながらに理解する。
「た、助かっ……ぎゃああああああっ」
そうしている間にも、己はアルメリアの元へとたどり着き、少し早い礼を口にしようとした彼女の背中を突き飛ばし、牛車の中へと叩き込む。
何やら背後では可憐さの欠片もない悲鳴が上がっていたが……正直、また人質に取られるとたまったものじゃないので、詫びるどころか申し訳ないと思う気持ちすら、己は持ち合わせていなかった。
「てめぇえええええっ!」
アルメリアの悲鳴を聞いてようやく我に返ったのだろう。
五人組の野盗の一人が、その手に持った剣を振りかぶって駆け寄ってくる。
その大振りの一撃を半歩ほど斜め前へと踏み込むことで、あっさりと宙を斬らせた己は、未だに鞘に収まっていた愛刀「村柾」を抜き放つと同時に横斜めへと斬りつける。
あまり得意ではないのでなるべく使わないようにしている居合ではあるが、久々に使ってみてもそう錆びてはないようだった。
野盗の腹腔を少し斜めの横一文字を描くように、深さ二寸ほどを斬り裂いたのだから、十分過ぎるだろう。
「ぐがぁごごごご……」
「……抜かせやがって、阿呆共が」
腹腔をさっぱりと切り裂かれた所為で、零れ始めた臓物を必死にかき集める野盗を見下ろしながら、己はそう小さく吐き捨てる。
実際のところ、己は先日の経験から、野盗共では「理想の死合い」にならないと判断し……最初に襲い掛かってきた連中は敢えて斬り殺す必要もないと思い、抜くことなく叩きのめすだけに留めていたのだ。
そうやってお遊戯で終わらせていればよいモノを、この阿呆共は婦女子を人質を取るなんて卑怯な真似を仕出かしたのだ。
「慈悲をかける必要すらない外道共。
楽に死ねるとは思うなよ?」
己はそう告げると……虚空目がけて愛刀を振るい、刀身についた血のりを飛ばす。
その小細工は狙い違わず、眼前でこちらへと踏み込む隙を窺っていた、錆びた剣を構えた男の顔面へと飛び散ることとなる。
「うわ……ぎゃぁあああああああっ?」
そして、目の見えない相手なんて、己から言わせればただの的……据物斬りと大差ない。
そのまま愛刀を弧を描くように振るい、剣を持っていた右手首を一寸ほど切り裂いた後に内太腿の動脈へと二寸ほどを突き刺す。
戦闘力と同時に機動力を奪うそれらの攻撃がどういう類のものかを理解したのか、未だに目が見えないだろうその野盗は手と太ももを抑え、必死に噴き出る血を止めようと傷口を抑えているものの……恐らくは何の意味もなく、あと数分間もすれば出血多量でそのまま命を落とすに違いない。
「ち、畜生ぉおおおおおおおおおっ!」
彼我の力量差を理解しているのだろう。
槍を持ったその野盗は、そんな悲鳴を上げながら破れかぶれで槍を突き刺してきた。
鋭く尖った切っ先に己の動きが一瞬だけ硬直してしまうものの……この野盗もそれほどの使い手ではなかったらしい。
三段突きだろうその一撃は腰が引けていて……そのことが逆に、槍の前段を掴んで引き寄せる『崩し』を仕掛けづらい。
(ま、それならそれで……)
とは言え、腰が入ってない突きなど間合いを見切りさえすれば問題ない。
己は愛刀の峰を返すと、振るわれた槍の切っ先へと村柾を叩き付ける。
安物だったらしき槍はそれだけで切っ先が歪み、役に立たない長物へと成り果てていた。
「くそったれぇあああああああああっ!」
直後に槍を己の方へと投げ捨て、腰に吊るしていた剣へと手を伸ばしたのは敢闘賞を上げてもいいほどの健闘だった。
尤も、その野盗は素早く剣を抜く動作を練習さえしていなかったらしく……腰にぶら下げていた鞘から剣を抜くだけでも手間取り過ぎていて、見ている方が悲しくなるほど隙だらけではあったが。
敢闘賞は贈れても技能賞を贈るには少しばかり不器用過ぎるその野盗に向け、己は僅かに容赦を加え……そのまま愛刀「村柾」の切っ先を突き出して、首の横にある頸動脈を断ち切ってやる。
気管を傷つけることなく頸動脈を断ち切られた男は、脳内の血圧が一瞬で下がった所為で立ちくらみを起こすと、そのまま意識を失ってしまった。
そうしている間にも首の傷から血は流れ続け……それほど苦痛を感じることなく、逝けたことだろう。
「て、てめぇええええ……う、うわぁあああああっ?」
たった一人、まだ戦闘力を残した強面の野盗は、そう吼えるばかりでかかって来ない……どうやら風貌だけの臆病者だったらしい。
己が一歩前へと踏み出すだけで、その男はあっさりと武器を捨て、己に背を向けて逃げ出そうとしたのだ。
(……ま、逃がす訳もないんだが)
とは言え、真っ直ぐに前を向いている己と、背中を向けてから逃げ出そうとした野盗。
体力が勝負だという師の教えを守り日々走り込みを続けてきた己と、弱者をいたぶるばかりで何の訓練もしていない野盗と。
……どっちの足が速いかなんて、語るまでもない。
己はその背中へと一切の容赦なく横へと寝かせた愛刀を突き刺し、そのまま野盗へと蹴りを入れて刃を力任せに引き抜く。
刃を寝かせたのは骨と骨との間を通すためであり、引き抜く際に蹴りを入れたのは腹筋や背筋が締まったことで愛刀が抜けなくなる可能性を考えたためだ。
「ぐぁああああああああっ?
痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいいい!」
背後から臓腑を貫かれた野盗が悲鳴を上げてのたうちまわるものの……同情してやる必要はないだろう。
コイツらはコイツらで、自分たちの欲のために散々殺して回っている……と思われる。
である以上、今回、コイツらが殺される側に回って激痛と死への絶望から悲鳴をあげてのたうち回っていたとしても、そんなのはただの自業自得としか言いようがない。
「さて、あと一人か」
「ひぃぃ、来るなっ、来るなぁあああああああっ!」
そうして火を起こすよりも早く四人の野盗を屠った己は、残された一人……眼球を小柄によって貫かれ血を流している、アルメリアを人質にとっていた阿呆の方へと向き直る。
激痛にのた打ち回り、涙に涎に鼻水、そして小便を周囲にまき散らし、武器を捨てて泥だらけになったその男は、もはや人としての尊厳すらも失っているように見える。
「ひ、ひぃいいいいいいいっ!」
己が一歩前へと踏み出すだけで、必死に後ずさるその姿は哀れ極まりないが……流石に婦女子を人質に取るような下衆を生かして帰す訳にはいかない。
だが、怯えて戦う気力のないヤツを斬り殺すのは、どうも気が進まないのも事実。
だから己は、近くに転がっていた使えそうな剣を掴むと、ソイツの方へと放り投げる。
「な、な、何をっ?」
「……さぁ、立てよ。
殺し合おうぜ?」
怯え切った男を前に、己はそう微笑んでやる。
男ならせめて最期くらいは戦って死ねという己の希望は伝わったのだろう。
泥だらけの男は眼前に転がっている剣と己とを交互に見比べ……やがて何かを決意したかのように剣を握ると、素早く立ち上がり、手慣れた様子でその剣を構える。
剣を正眼に構えたその姿は、さっきまで怯え尊厳も矜持も捨てた情けない姿とは裏腹に、明らかに手慣れており……節々には剣術の訓練を積んだらしき痕跡が窺えた。
(ブランクが、惜しいな)
だが、軍から逃亡した挙句の野盗生活で、その鍛練の結晶ももはや残骸に過ぎない有様である。
もし最盛期のこの男となら、久々に剣術を楽しめたかもしれないが……
「我が名はクファイアスル……家名はもう捨てた。
では……参る」
「己は……ただの身元不明の死体だ。
ああ、来い」
己と野盗の男……いや、隻眼の剣士は、そう最期の会話を交わすと、お互いに向き合う。
相手は基礎中の基礎である正眼に構え、それに釣られた己も正眼に構える。
「うぉおおおおおおおおおおっ!」
「らぁあああああああああっ!」
男が正眼の構えから面打ちを狙い踏み込んできたのと、己がその剣の軌道へと愛刀の鎬を叩き付けたのはほぼ同時だった。
鎬によって逸らされた剣士の刃は地を打ち、鎬を打ちつけたもののまだ頭上に愛刀を残していた己は、そのがら空きの頭蓋へと愛刀を打ち下す。
切っ先三寸ちょうどが眼前の剣士の頭蓋へとめり込み、そのまま崩れ落ちて動かなくなるのを、己は正眼に構え残心を取ったまま、ゆっくりと見つめる。
「……ふぅううう」
そうして戦闘が終わったことを確認した己は、大きく息を吐き出し……愛刀「村柾」を振るって血糊を飛ばすと、近くに倒れている野盗の服を切り取り、それで刀身を拭う。
(……【金属操作】っと、まぁ、ちょいと違うが、そう大差ないだろう)
ついでに落ちている小柄を拾い、千切った鍔とくっつけるのも忘れない。
尤も、己の芸術的センスはかなり微妙であり、つなぎ合わせて戻した筈の鍔の飾りは、かなり出来の悪いモノへと化していた。
まぁ、鍔なんて手を護るためのものであり、飾りに拘る必要なんて欠片もないのだが。
「さぁ、終わった終わった。
旅を続けよう」
「……あんた、何者だい?
どう考えても……ただの旅の人間じゃないだろう?」
せっかく友好的に話しかけたというのに、返り血まみれの己に返ってきたのはそんなアルメリアの詰問だった。
その化け物に向けられるような視線を受けた己は、溜息を一つ吐くと……
「こういう、者だ、一応な」
あまり見せる必要もないだろうと胸元に隠してあった、神殿に所属する……神官とかいう身分を示すらしい飾りを彼女たちへと見せつけたのだった。
2017/09/18 20:51投稿時
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