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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
18/130

02-08


「……っとととっ」

 

 飛んできた石は時速にして100km/hもないくらいだろう。

 車を牽く牛擬きへと目がけて放たれたらしき幾つかの石を、(オレ)は愛刀「村柾」を鞘ごと構え、その先端で軽く弾き落す。

 同じタイミングで十個以上が飛んできたならばこんな防ぎ方は出来ず、牛擬きの後ろへと隠れることしか出来なかっただろうが……数は五つの上に狙いは単調、タイミングもバラバラなのだから防げない方がおかしいレベルだ。


「おわぁぁ、何じゃぁあああっ?」


「襲撃だっ!

 良いから、爺さんは頭を下げて隠れてろっ!」


 襲われることに慣れてないのだろう。

 己は悲鳴を上げる爺さんにそう怒鳴りつけると、またしても降り注いできた第二弾の投石を弾き落す。

 今度のはタイミングを揃えてきたらしく、弾く軌道を少し考える必要があったものの、己は危なげなく全ての投石を防ぎ切る。


(さて、どう斬り込むか……)


 とは言え、敵は遠くから投擲を続けるばかりであり、手に愛刀一本しか持ない己は遠距離の敵を屠る術はない。

 己は何十発目かの投石を鞘で叩き落としながらも、ジリ貧のこの状況を打破すべく前傾姿勢を取り、敵のところへと特攻するタイミングを計り始める。

 そうして投石への対応に慣れ、次の一斉攻撃の直後に突っ込もうかと覚悟を決めたちょうどその時……効果がないことに痺れを切らしたらしき男たちが周囲の草むらから飛び出してきた。


「う、うらぁあああああああっ!

 こ、降伏しやがれぇえええっ!」


「あ、有り金出せば、命だけは許してやらぁああああああっ!」


「死にたくないだろうっ?

 死にたくないだろうっ?」


 そうして飛び出てきた五人組の男たちは、お揃いのボロい鎧と服を身にまとい、手入れすらされてない剣や槍を手にしていて……脅し文句一つすら不慣れなソイツらは、何というか「慣れてない強盗団」という感が強い。

 ぱっと見る限り、使い手らしき者もおらず、連携が取れてないどころか命を奪うことに手慣れた感もないソイツらは、まぁ、はっきり言ってしまえば脱走兵が食い詰めて自棄を起こした……要するに素人丸出しの盗賊だった。


(……ダメだこりゃ)


 正直、技量を競い合って楽しむことも出来そうにないどころか、武器を持つことさえも不慣れなソイツらに己は溜息を一つ吐き出すと……無造作にその男たちへと歩み寄る。


「馬鹿だろう、お前ら。

 あの状況で出てくるなんて、悪手以外の何でもねぇぞ?」


「て、てめぇっ!

 ななな舐めてんのか、あっ、ぎょぶっ?」


 思わず零れ出た己の説教に激昂し、必死に剣を誇示して怒鳴る一人目の強盗だったが……己はその懐へと軽く踏み込むと、まだ抜いてもない愛刀で横合いから剣の腹を引っ叩いて防御を崩し、続けざまにがら空きになった人中へと鞘の尖端を叩き込んで悶絶させる。

 反応速度も違えば、剣の握りも甘い……そもそも反撃されることを想定していなかったのか、剣を弾かれただけで驚き呆けていた時点で、もう話になりやしない。

 己の放った軽い一撃を喰らい、血まみれになった口からは歯が何本も零れ落ちたようだったが……まぁ、命に別状はないだろう。


「て、てめぇえええええ、何をしやがるぁあああああああっ?」


「……っ、何だこりゃ?」


 二人目の男が手にした槍をこちらに向けてきたその瞬間、知らず知らずの内に己の身体は硬直し……理由もなく指先に力が入らないような感覚に襲われる。

 相手が何かをしてきた訳ではなく……ただその槍の穂先の鈍い光を見るだけで、だ。


(これは、恐怖……ってヤツか)


 先日、北の霊廟において英霊の七騎士の一人『貫く者』シェイエ=ハルツハルナスに受けた一撃の所為だろう。

 槍の切っ先を向けられるだけで、精神は兎も角、身体は肩への激痛を思い出したらしく……前へ踏み込もうとする己の意思とは裏腹に、身体だけが半歩ほど勝手に下がっている有様なのだ。


(くそっ。

 こんな雑魚なんか、敵じゃないってのにっ!)


 ……そう。

 持ち手の身体のバランス、切っ先の動きと視線の向け方、足運びを見るだけで、己はその槍を持つ男が街のチンピラレベルの雑魚だと見切っていた。

 だけど、身体は前へ踏み出そうとしない。

 ただ幾ら気合を入れても氷を差し込まれたような身体は熱くならず、力を込めたところで愛刀を握る指先に力が籠る感覚はなく、額に冷たい汗が流れていく感覚だけがやけに鮮明に感じられる。


(こんなのを、どう、すれば……)


 生まれて初めてとは言わないが、ここ十数年間感じたこともない恐怖というその感覚に、己はただ歯噛みすることしか出来ず、立ち尽くしていた。

 そんな己を見て、眼前の盗賊は悦に入ったらしく……


「へへっ、今さらビビっても遅いんだよぉおおおおおっ!」


 そうして、その盗賊の男は……槍を「何故か」振りかぶって来やがった。


「……はっ?」


 全く予想だにしていないその盗賊の男がやらかした暴挙に、己はただそんな間の抜けた声を上げることしか出来ない。

 何しろ、槍の脅威は他の武器と比べて圧倒的にリーチがあることと同時に、その切っ先を向けて相手を威喝することで距離を保ち続け、一方的に相手を攻撃する点になるのだ。

 だと言うのに、振りかぶって襲い掛かってくるなんて、もう落第点どころの話じゃない。

 その幾らなんでもあり得ない光景を前に、己はさっきまで抱いていた恐怖すらも忘れ、ソイツが槍を振り下すよりも早くにその槍の範囲内へと飛び込み……体重を込めた鞘の尖端をみぞおちに叩き込んでやった。


「ふ、くぉぐぅっ……」


 みぞおちを強打された男は、苦痛で悲鳴を上げることも出来ないまま悶絶していて、しばらくは戦うどころか立ち上がることも叶わないだろう。

 怯えさせられたお礼にもう一発くらいぶん殴ってやろうかと思ったが、一応、イップスとかいう不調を体験させて貰ったのだ。

 軽く後頭部を殴ることで意識を断ち切り、呼吸困難の苦痛から解放してやることにする。


「く、くそったれぁあああああああっ!」


「……お、コイツは合格だ」


 三人目の男はそんな自暴自棄気味の叫びを上げると、手にしていた短剣を腰だめに構え、捨て身で己に目掛けて突っ込んでくる。

 勇気と呼ぶよりは蛮勇というか……ぶっちゃけてしまえば半ば自棄になったようなその特攻は、己にとっては評価に値するものではあったものの……


「うぉぁああああああああああっ?」


「ま、強盗としては、だけどな」


 そんなんじゃ一流どころか二流の武芸者にも通じる訳がない。

 己は自分目掛けて突き込まれた切っ先を十分に引き付け、紙一重で身を逸らすと同時にその場に残していた右足で男の足を払う。

 相手から見れば、刺す寸前だった己の上体が消えたかと思うと、何かに躓いたような感覚に陥ったことだろう。

 ……己も師に何度か同じ技を喰らったことがあるから良く分かる。

 そうして転んだ男の後頭部へと己は鞘の尖端を叩き込み……その意識を一瞬で奪い取っていた。


「……さて、あと二人だが」


「動くなっ!」


 そうして己が残った二人を蹴散らそうと、未だに抜きもしない愛刀「村柾」を構え直した時のことだった。

 突如響き渡ったその声に振り向いてみれば、さっきまで相手にしていた連中より遥かにマシな野盗が五人ほど何処からか現れ、アルメリアの咽喉元へと短刀を突き付けていた。


「……ご、ごめん。

 で、でも……助け、て」


 流石に荒事には慣れていないのだろう。

 さっきまで己と話していた威勢の良さは鳴りを潜め、神の妻を名乗った女性はか細い声でそう助けを求めてきた。


「さぁ、剣を捨てな。

 女が死ぬザマを見たくはないだろう?」


「俺たちは慈悲深いんでな?

 命くらいは助けてやるぜ?」


 優位に立ったと勘違いしているらしき五人の男たちは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、己にそう命令してくる。

 さっきまで己と対峙していた残り二人の盗賊どもは、気絶した仲間の身体を引きずってどこかへと逃げようとしていたが……まぁ、コイツら程度なら害はそれほどないので放っておいても良いだろう。


(……さて、どうする?)


 彼女を見捨てて愛刀を振るえば、こんな五人程度、普通に惨殺するなど容易いことだ。

 だけどその場合……勝ったとしても酷い後味の悪さが残る結末になるだろう。

 かと言ってコイツらの言いなりになって愛刀を手放した場合、武器を持たない己の戦力では、コイツらを相手できても一人か二人が精いっぱい……要するに敵が五人もいる以上、あっさりと惨殺されるのがオチだ。

 さっきまで相手していた脅すだけで震えているような素人と違い、新たに現れたこの五人は明らかに殺し慣れた雰囲気を放っている。

 命ばかりは助けてやるというその言葉も、明らかに嘘としか思えないほどに。


「てめぇ、聞こえなかったのか?

 この女が死ぬことになるんだぜ?」


 刀を手放そうとしない己に苛立ったのだろう。

 アルメリアに短刀を突き付けている野盗の一人が、そう声を荒げ……その所為で、彼女の首が軽く斬られたのは、その白く細い首に一筋の血が流れ始める。


(……詰んだ、な)


 彼女を助けるために愛刀を捨てれば死が待っている。

 彼女を見捨てて斬り殺せば後味の悪い結末にたどり着く。

 かといって、彼女を救う術など……愛刀「村柾」一本しか持ってない今の装備ではちょっとばかり思いつかない。

 何とかって超能力を使ったところで、【加速】を使っても距離を詰めるのは無理だし、【剛力】は何の役にも立たない、【加熱】も火の玉出してビビらせるくらいが関の山だ。

 ……【雷操作】に至っては使いもしてないから、どう出てくるかすら分からない。

 生憎と己は、練習もしていない技に命を……他人の命を賭けようとは思わなかった。


(せめて小柄でもあれば……)


 今更ながらに己は、師が愛用していた刀の……その鞘に隠された小柄という名の、三寸ほどの大きさの小刀が存在する意味を理解していた。

 もしもその手の暗器、もしくは擲武器の一つでも持っていたならば、こういう場面に追い込まれしまってもただ降伏するだけではなく……他にも何か取れる手段があるかもしれないのだから。


「……仕方ない、か」


 とは言え、今手元にないものをねだったところで意味なんてない。

 そう決断を下した己は、小さくそう吐き捨てると……


「ほら、これで良いんだろ?」


 愛刀「村柾」を左手に持ち替え……野盗連中がそれに注目するように大仰な動作で、愛刀を地面へと放り投げたのだった。


2017/09/16 21:44投稿時


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