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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
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02-05


 ヌグァの店から出た(オレ)は、聖都中心部を通る大路をまっすぐ南へと歩き、中心部らしき広場を左に曲がり、一路東を目指すことにする。


(先に、炎の王を討て、だったな)


 敵の忠告を素直に守る義理なんて欠片もないのだが……こうして聖都で暮らす人々の顔を一度でも見てしまった以上、此処が滅ぶような選択肢を取れる訳もなく。


(……平和だなぁ)


 左手には野菜の露店が広げられ、五十過ぎらしきおばさんが声を張り上げている。

 その前を何やら荷物を積んだ大きな牛車が走り抜けて……足が六本あって角が三本、鱗が生えているアレを牛と呼ぶのであれば、だが。

 大路を挟んだ反対側は、服屋らしきものが古着を広げて売り手を探している。

 尤も、大路を歩く人はそう多くなく、誰も彼もが何処となく疲れた様子を見せているが。


「……またいるよ」


 もうしばらく歩くと、右手の街角に兵士崩れの物乞いが座り込んでいるのが目に入る。

 その身体は片腕片足を失っていて、もう戦うことも生活を営むことも叶わないのだろう。

 一つ大通りを離れると、娼婦らしき女性と孤児らしき少年が何やら言い争いをしているのが見えるし……

 そういう光景が生まれ始めているのを見る限り……この神聖帝国とやらが追い込まれているのは間違いないのだろう。

 尤も、そのダメージはまだ路地裏の人々が荒む程度に留まっていて、あの口数の多いヌグァ屋の店主なんかは生活が苦しい程度で済んでいるようだったが。

 そうして街並みを眺めながら、街の大路を歩き続けること一時間ほど。


「やっと着いたか。

 ……意外と広いな、この聖都」


 己はようやく東の門へとたどり着く。

 聖都の周囲は相変わらず高い城壁に囲われていて、この国が昔は首都まで攻め込まれるほどの難敵と相争っていたのを窺わせる構造になっていた。

 城壁に使われている巨石はそれなりに大きく、自分だと気合を入れれば横を駆け上がるくらいは出来るだろうが……その間に矢にでも狙われると厳しいと思われる。

 

「これで、よしっと。

 通って下さい、神官(セリカ)さま」


「……ああ、悪いな」


 なんて意味もないことを考えている間にも、都市を出る審査は終わったらしく、門番の兵士は己にそう頭を下げてくる。

 北の霊廟と違い、この東の城門には出入りをチェックする関所の機能があったらしく……少しばかり足止めを食らってしまったのだ。

 ちなみに、彼らが一変ボロボロの浮浪者と見紛う己に頭を下げるのは、ひとえにこの胸に飾られている神官の証のお蔭だろう。

 尤も、己としてはそんな権威を頼るつもりなんてなかったのだが……流石に何の罪もないただの兵士を叩き斬って押し通るのも後味が悪いと思い、こうして権力の恩恵に預かったという次第だった。


「……さて、と」


 その城門から出た己はそのまま街道を進み……しばらくして周囲に人がいないことを確認すると、おもむろに愛刀「村柾」を抜き放ち、正眼に構える。


(……次は、負けないようにしないと)


 北の霊廟では己は負け、命を失った。

 その原因の一つに天賜(アー・レクトネリヒ)への無知があったのだが……それはまぁ、仕方ないと諦めることが出来る。

 ……だけど。


(……アイツには、完全に技量で負けていた)


 『貫く者(ツァル・ターナフ)』という二つ名を持つ英霊の七騎士が一人、シェイエ=ハルツハルナス。

 あの男との戦いでは、己が不意を突き先に技を放ったにもかかわらず、突きの速度差で互角に持ち込まれた。

 つまり……己の技量が足りなかったのだ。

 天賜とかいう超能力を持たない、ただ槍を振るうだけの騎士に負けた。……剣士として・戦士としての一対一の死合いで、何の言い訳も出来ないほど純粋に技量の差で負けたのだ。

 幸いにして相討ち……いや、確かに命を長らえたという意味では勝ちを拾ったものの、技量で己の方が劣っている事実は否めない。

 そして、あの騎士が滅んでしまった以上、もう二度と技を競うことは叶わない。

 

(なら……せめて技量で追いつく)


 必要なのは、小手先の技じゃない。

 ……一撃で相手を確実に屠れる、最小にして最速の斬撃。

 ソレをあの騎士の一撃と同等……いや、それ以上にしなければ、己はあの騎士に勝ったと胸を張って言うことが出来ない。


(すなわち、己が極めるべきは、突き技)


 とは言え、突きの速度をただ出すだけでは意味がない。

 予備動作を一切見せないままに、踏み込む距離を最大にして必殺の距離を伸ばし、そこから相手が反応する隙もないほど凄まじい速度の突きを放つ必要がある。

 速度だけなら大きく放てば良い。

 踏み込む距離を伸ばすならば、大きく蹴り込めば良い。

 だけど、相手にそれを悟らせないようにするために、予備動作を全く見せることは許されない。

 完全に矛盾したその一撃を実現するには、何度も何度も反復練習を続け徹底的に身体へと動作を覚え込ませる……即ち、ただひたすらに地味な鍛練を続けるしかないだろう。


(ま、東の農地までは結構な距離があるらしいからな)


 己はそう呑気なことを考えつつ……一足で踏み込むと同時に、愛刀「村柾」を眼前に描き出した槍を手にした仮想敵へと最速で突き込む。

 一歩、また一歩。

 突きを放ち、正眼に戻し、突きを放ち、正眼に戻し……

 そうして延々と、ただ突きのみを続けながら……己はゆっくりと東へと進むことにしたのだった。




「……失敗した」


 (オレ)は疲労に上がらなくなった足を引きずりながら、そんな呟きを零していた。

 周囲はもう薄暗く、だけど次の宿場町がある場所まではまだ数キロを残している……とは、己を追い抜いて行った牛車のおばさんから聞き出した情報だ。

 敗北に意気込んで鍛練を積むのは良い。

 だけど……旅の最中に鍛練を積み過ぎると、ろくなことがないようだ。


(今、盗賊に襲われたら終わり、だな)


 腕はぷるぷると震え、足は歩くことさえも厭うほどに重く、手のひらは愛刀を保持することで精いっぱいという有様になっている。

 その挙句、そろそろ日が暮れてきたお蔭で、前へ歩くのも覚束ない状況だったりするのだ。


(街灯なんて、何処を見渡してもないんだよなぁ)


 己が腕に覚えがあると言っても、街灯すらない闇の中、足元も怪しい山道を夜通し歩き続けるのが如何に無謀であるか、ということくらいは分かる。

 と言うか闇夜を歩くこと十数分……木の根に足を取られ、蔦に巻かれ、野犬のような声に驚かされと、散々に思い知らされた結果、夜道を甘く見ていた己もようやくその結論に至ったのだ。

 そう自分で判断した以上、これから野宿をしなければならないのが己の現状ではあるのだが……


「生憎と己には、野宿の経験なんてないんだよな」


 火を起こさないと野生の獣に襲われる、だったか。

 何かを食べようにも既にヌグァは尽きているし、この国の植生がさっぱり分からない以上、何が毒で何が食べられるモノかすら分からない。

 正直に言って、剣術ばかりを習ってきたお蔭でキャンプの経験すらない己は、これから何をして良いかすら分からない状況なのだ。


(取りあえず、水には困らない、な)


 己は近くにあった竹……竹に良く似た植物を愛刀ですらりと切り落とすと、ソレを小さな杯として、【水生成】の天賜(アー・レクトネリヒ)にて咽喉を潤すこととする。

 その水は冷たくはないが暖かくもない……要するに常温で、ついでに言うと竹に似た材質の所為か、酷く青物臭くて非常に飲み辛く、ぶっちゃけてしまうと「水が飲めるだけマシ」という代物だったが。


「……まぁ、贅沢は言うまい」


 咽喉の渇きを我慢しながら夜を明かすよりはマシだろう。

 そう判断した己は、竹っぽい材質の杯を一気に飲み干すと、近くにあった枯れ木を幾つか集めることにする。


「……【加熱】っと」


 そう呟いて念じるだけで、手に持っていた枯れ木は黒く焦げて白い煙をあげ始め……二度ほど息を吹きかけてやるだけであっさりと燃え始める。

 蛇口やライターの代わり程度でしかない天賜(アー・レクトネリヒ)ではあるが、まぁ、面倒がなくて有難いものではある。

 目の前で燃え始めた炎へと適当に近くに転がっていた枯枝を放り込むことで焚き火へと進化させた己は、愛刀を抱えながら炎をじっと見つめ続ける。

 と言うか、テレビもスマホもこの国にはなく、本すらも持ってない現状では、他にやることなどある訳もない。

 周囲は真っ暗で何も見えず、虫の声とフクロウらしき声が響くばかりで……出歩くどころか焚き火から離れようという気すら起こらない有様である。

 出来ることと言ったら、無茶な特訓で疲労の溜まった腕と足とを明日から正常に動かせるよう、自分でマッサージを施すことくらいだろうか。


「……明日からは、少し加減しないと、な」


 そうして、筋肉のケアを終えてしまうと、他には本当に何一つやることもなく。

 いつしか己は静かに目を閉じ……そのまま意識を闇の中へと沈ませたのだった。



2017/09/13 21:02更新時


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