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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:02「炎の王:前編」
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02-04



「何故、それを知って……」


 鑑定眼(アー・ファルビリア)を持つ少女エーデリナレが告げたその言葉を聞いた(オレ)は、驚愕を隠せなかった。

 何しろ、その「炎の王を先に討て」という言葉は、己が死の間際に屍の王から告げられた『伝言』で……あの場にいた死人兵たちを除き、己以外には知る者など誰一人としていない情報だったのだ。

 その己さえも死の間際だったこともあり、今の今まで忘れていたのだから、知っている人間がいること自体がおかしい。


「……見ました」


 だけど、己の疑問に対する少女の答えは、そんな簡潔な一言で……


(……見た、だと?)


 一瞬、この小学生高学年ほどの少女が何を言っているか分からなかった己だったが……すぐさま理解する。

 この国には、天賜(アー・レクトネリヒ)とかいう(アー)から授かったとされる超能力がある、ということを。

 眼前の少女が授かった天賜(アー・レクトネリヒ)は、こちらの言葉で「神の見透かす瞳」と呼ばれていて……だが、流石に己が死人兵と斬り合っている最中を彼女が延々と見ていたとは思えない。

 あの何とかという名前の屍の王が「覗き見」をしているかもしれない誰かにではなく、死に瀕した己にわざわざ伝言を託したことを考えると……あの先帝と自称していた死者は「己がこうして生き返ること」も「伝言がしっかりと伝わること」も予期していたように思う。

 つまり、この少女が『見た』というのは……


「己の、記憶、かっ!」


「……はい。

 伝言、確かに承りました」


 少女は何気なくそう呟くものの……彼女の能力が己の予想通りの代物であった場合、この少女は己の死に際まで見ていることになる。

 己は、その能力でどこまで見えているのかを問いただそうと口を開き……


「では、(アー)(ハルセルフ)さまの働きに応じ、報酬を用意します」


 特に感情を込めることのなく告げられた、少女のその一言で言葉を発する機会を失ってしまう。


「賞金首の盗賊五人を殺害。

 屍の王が配下四十六体を撃破。

 屍の王が側近、英霊の七騎士の二体を撃破。

 よってここに……」


 何しろ鑑定眼を持つという少女が告げたその言葉は……己が聞きたかった問いへの答えそのものだったのだから。


「そこまで、見えるなんて、お前は一体どんな……」


「英霊の七騎士を倒したですとっ?」


 人の記憶が見えるなんて……この少女は一体どれだけ過酷な生を強いられているのだろうか。

 そんな疑問を口にしようとした己の言葉を遮ったのは、いつの間にか我に返っていたエリフシャルフトの爺さんだった。


「あの不死身の者たちを、一体どうやってっ?」


 己が英霊の七騎士を討ったのをよほど信じられないのか、最初に見た冷静沈着さは完全に鳴りを潜め、目を血走らせ唾を飛ばしながら、己の両肩に掴みかかってくる有様である。

 正直……頭髪も眉も剃りあげている爺さんのアップは、勘弁してほしいのだが。


「英霊の七騎士を討つ条件は、「正々堂々とした一騎打ちの末に破ること」だと、屍の王本人が言ってる。

 討った七騎士は、『貫く者』シェイエ=ハルツハルナスと『破軍』ハガルダ=ハーチェスネルヒ」


 そんな己を助ける意図などはなかったのだろうが……祖父の疑問に答えるようにエーデリナレは鑑定眼(アー・ファルビリア)にて読み取ったらしき己の記憶からそう告げる。

 その内容があまりにも衝撃的だったのだろう。

 爺さんはさっきまでの権幕も忘れ、目を瞬かせたかと思うと、己の顔をまっすぐに見つめてきた。

 

「あの、千の死者が待つという北の霊廟へ、向かわれたのです、か?

 しかも、たったの、一人、で?」


「……ああ。

 残念ながら力及ばなかったが、な」


 己は愛刀「村柾」の鍔を鳴らしながら、ため息交じりにそう答える。

 宮本武蔵の逸話になるように百人を斬り殺して無事というのは無理でも、己でも五十人くらいなら何とかなると思っていたのだが……生憎と自分に出来たのは、一対一に限定された戦場でたったの四十八人を屠ることのみ。

 ……多対一の混戦の場合、十人だけでも殺せたかどうか。

 そこから逆算すると、己が宮本武蔵を屠るには自分が十人以上は必要という計算になってくる。


(剣の道は未だに遠い、ってことか)


 己はため息混じりに内心でそう呟くが……またしても自分の思考に没頭を始めた爺さんは、己の溜息など聞く余裕もないらしい。

 

「馬鹿な。

 正気の沙汰じゃない。

 倒し方が分かったところで、そんなの……誰かに出来る訳もない」


「だけど、お爺様。

 屍の王は、攻めてくる気などないと明言されています。

 なら、北は気にする必要がないのでは?」


 孫娘に慰められる爺さんを横目に見ながらも己は、これ以上の話は無理だと勝手に判断して立ち上がり……何かを言うことなくその場を去る。

 少女の言葉を信じるならば、あのままいれば金が幾らか手に入ったのだろうが……正直、こちらの国にきて剣術以外の全てを脳内から切り捨てている己は、別に金なんざ必要とは思っていなかったのだ。




「……しまった。

 服代と飯代くらい貰えばよかったか?」


 だけど……神殿を出て数十歩ほど歩いた辺りで、己は不意にそう零す。

 何しろ己の来ている道着はボロボロ……肩に大穴が空き、あちこちに刃が掠めた跡があり、その挙句、最期に喀血した所為か前半分が乾いた血で変色している有様である。

 幸いにして、愛刀「村柾」は刃毀れどころか血のシミ一つなく、鋭利な状態を保っているようで、衣服が多少痛んでいようが汚れていようが気にする己ではないものの……着心地なんかよりも、さっきから周囲の連中がこちらに向けてくるその視線が鬱陶しいことこの上ない。

 それを気にした己は新しい服でも買ってやろうかと懐に手を入れたのだが……あの霊廟での戦いで小銭入れを落としてしまったらしく、現在は完全に無一文……手持ちの路銀が一切ないことに今気付いたのだ。


(……だけど、なぁ)


 黙って抜け出た以上、今さら路銀を貰いに戻るのも格好悪いし……どうせまたすぐに戦いになるのだ。

 手持ちの金なんざなくても、戦いに赴くまでは何とかなるだろう。

 そう考えた己は、結局のところ金のことなどあっさりと忘れ、そのまま大路をまっすぐに歩き続ける。


「よぉ、神官(セリカ)さん。

 随分な恰好してるじゃないか」


 そうして街中を歩いている最中のことだった。

 突如としてそんな声に振り向いてみれば、いつぞやのパン擬き……ヌグァとかいう黍粉を練って焼いたものを焼いているおっさんを見かける。

 どうやら適当に歩いている内に、前と同じルートを歩いてしまっていたらしい。


「どうしたってんだい、それ。

 戦場から帰ってきた訳でもあるまいし」


「あ~、盗賊を返り討ちにして、な」


 ヌグァ屋のおっさんの声に、己はそう言葉を濁して答えていた。

 実際のところ、自分の身に起こった真実……北の霊廟へと単身で攻め込み、殺されて帰ってきたなどと言ったところで、信じてもらえないと思ったからだ。

 そんな己の配慮は正しかったようで、おっさんは溜息を吐きながらも同情的な視線を己に向けてくる。


「確かに、最近は逃亡兵があちこちで盗賊化して困っているんだよなぁ。

 ただでさえ高くなってる黍粉の値が、最近ますます上がっているんだぜ?

 取り締まるための兵士たちは、六王の対策に四方八方に散っていてどうしようもないし。

 あまり言いたくないんだが、皇帝陛下は一体何をなされているのやら……」


(……しまった)


 ぼやくように呟く店主の言葉に頷きながらも、己は自分の失態を悟っていた。

 このおっさん……話が異様に長いのだ。

 前回は十数分近く付き合わされたというのに……今回も前回と同じように、迂闊に話しかけた所為でおっさんが会話モードに入ってしまったのだ。

 己も社会不適合者を自覚しながらも、一応は社会人として生きてきた人間であり、相槌を打ってそれなりに話を合わせる技量は持ち合わせている。

 だからと言って意味のない会話を苦痛に感じないなんてことはなく……こんな無駄な時間を過ごすくらいなら、剣でも振るっていたいという衝動を抑え続ける必要があるのだ。


「大体、北の霊廟を攻めて大敗したのが最初の失策だったと、今になっては思うのさ。

 何しろ、北の霊廟を占拠した屍の王は、この帝都を攻めることなく霊廟に留まり続けているってんだからな。

 国の威信か何だか知らないが、あの戦に大敗した所為で次から次へと攻めてくる六王への対応に手が回らなくなったと聞く。

 ああ、神官さんを責めるつもりはないんだが、な」


 尤も、このおっさんの性質が悪いところは、話している内容が全く無意味ではなく、同じ話を延々と繰り返す訳でもなく……食品店の店主らしく情報を集めることに長けているのか、聞いていればかなり有意義な情報が得られるので聞き流すことすらも出来ない、という点にある。

 無駄と断定できないほどには有益で、だけど情報量が多すぎる挙句に話が長いから困る。

 ……このヌグァを扱う店主は、そういう存在なのだ。


「やっぱ俺たち一般市民としては水が問題なんで、皇帝陛下の判断を疑う訳じゃないんだ。

 あと問題なのは、炎の王か?

 北東部の黍畑どころか街が一つ、アイツらの所為で無茶苦茶になったと聞く。

 ま、かと言って南東にいるという霧の王の所為で海産物も海運も壊滅してるし、南の猿の王は散発的に攻めてきていて兵士たちを動かすことも叶わないらしく、そっちも捨て置ける話じゃない。

 ついでに言わせてもらうと、西にいる牙の王って輩は……」


「お父さん、もう、お客さんをまた捕まえてっ!」


 話し相手を見つけたことがよほど嬉しいらしく、止まることなく語り続けてくる店主の猛攻に防戦を強いられていた己を助けてくれたのは、そんな少女の叫び声だった。

 十代半ばの、褐色の髪を後ろに束ねた、己のいた高校だとクラスで中の上くらいの美貌を持つことだろうそばかすが印象的なその少女は……確かミジャフとか呼ばれてた記憶がある。

 どうやら焼きあがったヌグァを持ってきたらしい。


「ミジャフ……ああ、悪い。

 早くそいつらを店に並べないとな。

 っと、兄ちゃん、話に付き合ってくれたお礼だ。

 コイツを持っていきな」


 店主は娘の声に軽く笑うと……少女の持つお盆に飾られていたヌグァをジッと見つめ、中から二つほどを掴むと己の方へと放り投げてくる。


「お、おい?」


「まぁ、盗賊退治のお礼だと思ってくれ。

 腹、減っているだろう?」


 こぶし大の炭水化物が加工されたソレを中空で軽く掴み取った己は、軽く抗議の声を上げるものの……おっさんは笑って手を振るだけで、己の声を抗議とすら理解していない理様だった。

 その上、よくよく考えたら一度死ぬことになったあの激戦から、己は一切の食べ物を食べておらず……腹が減っては戦は出来ぬのが実情である。

 己は肩を軽く竦めると一つを懐へと収め、もう一つへと齧りつく。

 相変わらず芳醇な黍の香りが漂うソレは、焼き立てということで香りや柔らかさが前に口に入れたモノとは段違いだった。

 とは言え、パンほど軽い訳ではなく、がっしりと重量感があり……正直、日本で美味しいパンを食べ慣れた己にとっては、美味いと断言できるほどの味ではなかったのだが、それでもまた食べたいと感じられるほどには味わい深いモノだった。

 己はそのヌグァに感謝の意を込めて「神の(アー)恵みを(プジャフ)」を呟くと、そのまま店に背を向ける。


「ああ、気にするな、神官さん。

 ソレ、店に置けない出来なんでな。

 しかし、ミジャフ……お前もヌグァ焼くの上手くならねぇなぁ」


「もう、お父さんっ!

 だったら店番なんて私に任せて、自分で焼いたらいいでしょうっ!」


 尤も、背後からはそんな……送った感謝の言葉を今すぐ返して貰いたくなるような、父娘間の寸劇が行われていたようだったが。


2017/09/12 20:51更新時


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