05-54
「……ぐっ」
『ははっ、流石の神兵も……いや、神兵だからこそ、穢れし側腕は意識になかったようだなっ』
ゆっくりと自壊しつつありながらも、己に一撃を加えることに成功した霧の王は、そう笑う。
肝心の己の身体は、完全に意識の外側から筋肉のない右下脇腹を貫かれたことで指先に力が入らず、反撃どころではない状況だった。
事実、ただ愛刀を手放さないのが精一杯という有様なのだ。
いつぞやに銃弾で撃ち抜かれた激痛に似たその灼熱感に、己の意識は遠くなるものの……流石にこのまま意識を失えば、神に招かれる前の、ただ才能の限界に歯噛みして抗い続けていた頃から何も成長していないことになる。
剣の道を極めるために生きている己としては、ソレは死よりも許せないこと、だった。
「……ぐっぉおおおっ!」
そうして何とか反撃のために、右手の指先と両足の爪先へと意識を向けた己は、何とか身体を動かそうとそんな叫びを上げた、まさにその時……側腕とやらが突き立ったままの右脇腹に更なる灼熱が走る。
己の脇腹に発生した激痛を無理矢理言葉で表現するならば、体内に撃ち込まれた銃弾が身体の中で暴れ始めたような感覚、だろうか。
生憎と己は銃弾で撃たれた経験はあっても、銃弾が体内で暴れ出した経験はなく、それもただの想像でしかないのだが。
『はははっ!
確かに私は貴様に負けたっ!
化け物として力及ばずっ、人としても敗北したっ!
だが、私の復讐が終わった訳ではないっ!
いや、終わってなるものかっ!』
脇腹の激痛に動けない己に向け、霧の王はそう叫ぶ。
既に骨と珊瑚虫が寄り集まったその身体は崩壊しつつあり、もはや己への追撃を加える余裕すらない……事実、残されていた左腕すら崩壊しているのに、だ。
『このまま神兵の身体を奪いっ!
その剣技と神の力をもってして、あの売女と、神の国と、そして私を裏切った全てに鋼鉄を叩き込んで……』
霧の王のそんな叫びを耳にし、己はようやく仇敵の狙いに気付く。
今、己の右脇腹で暴れ回っているのは、霧の王の身体の一部でもある珊瑚虫で……恐らく、骸骨兵共と同じように己の身体へと入り込み、己を操ろうとしているのだ。
「……く、そっ、動、け……」
敵の狙いが分かったところで、反撃できなければ意味がない。
だと言うのに、己の身体は渾身の力を振り絞ったところで、指一本に至るまで全く思い通りに動こうとしなかった。
右肘の裂傷からの出血、右膝を始めとする全身の打撲、霧の王との戦いで積もり積もった疲労に加え、勝利を確信して気が抜けたところへ脇腹に痛打を喰らった所為で、身体を動かす体力気力がもう残されておらず、己はただ眼前で崩れていく仇敵を睨み付けることしか抵抗する術が残されていなかったのだ。
つまり……
『私の、勝ちだっ!』
「……負け、た?」
剣術を極めようとしたこの身体を奪われ、黒真珠の連中と相対し、彼らの反撃で死んで動く死体へと化すか、ゲッスルたちを皆殺しにした後で海へと入って動く土座衛門へと成り下がるかの違いでしかない。
既に指先すら動かせない身体では自害すら出来ず……霧の王と戦いボロボロになってるゲッスルたち黒真珠が、操られる己の身体を粉砕してくれることを祈るしか出来ない有様だった。
……だけど。
『馬鹿、な。
お前は、一体……』
最期の一撃で己に勝利した筈の霧の王は、驚いた声で己にそう問いかけてくる。
その声に視線を下へと向けると、己の右脇腹に突き刺さった骨の、珊瑚虫が巣食っていただろう内部の空洞からは真っ赤な血が吹き出し続けており……その血を浴びた珊瑚虫がジタバタと鳴き砂の上で煙を噴き出しながら暴れ続けている。
どうやら己の血を浴びてしまった霧の王の眷属は、酸を浴びたのと同じく身体が溶け爛れる苦痛を受けているようだった。
『お前は血の一滴までもが、神力で造られて、いるのか。
……これ、が、神兵』
本当に先ほどの側腕の一撃こそが、霧の王による最後の一撃だったのだろう。
それすらも断たれた骨と珊瑚虫の集合体は、気力の一片までもを使い尽くしたかのように崩れ去り……全ては塩の塊となり消え去っていく。
『異界の神と契約して異形の化け物となったが、化け物は人に敗れ、人としても人に敗れ。
最後の悪足掻きすらも、神の力の前に、破れる、か。
これが、異界の神に縋った代償……か。
我らの怒りは、届いた、だろうか』
「……ふざ、ける、なっ!
己は、己の力で、お前を、倒すんだっ!
神如きの、横槍、などっ!」
そんな決着に納得がいかない己は、もはや動かない身体をただ激情のまま動かし……酷くのろのろとした動きで、愛刀「村柾」を振り上げる。
そうして、最後に残された霧の王の……名も知らぬ海賊王の、唯一残された頭蓋骨へと振り下そうとし……
『さらば、だ。
神にすらまつろわぬ真の戦士よ』
だけど、その切っ先が届く前に、霧の王の頭蓋すら塩の塊へと化して砕け散ってしまい、己がへろへろと振り下した、戦闘前と比べると見る影もない渾身の斬撃は、その頭蓋へと触れることなく、ただ鳴き砂へと突き刺さっただけ、だった。
振り下した愛刀の重みを支えることすら出来ない己は、砂を叩いた愛刀の勢いのまま鳴き砂の上へと転がり……
「く、く、くそっ、たれ、がぁあああっ!」
血と汗と砂まみれの己は、肺胞の奥底から全ての呼気を吐きだしながら、ただそう叫ぶことしか出来なかったのだった。
取りあえず、区切りということで連続更新は此処まで。
また書き溜め作業に戻ります。
2021/04/18 16:37確認時
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