05-53
『剣と剣との戦いで……貴様の得意分野で叩き潰しっ!
二度と生き返る気力すらもへし折ってくれるわっ!』
「……ははっ。
面白いっ!」
人間大のサイズとなり、サーベルを構える霧の王の叫びに、己は思わずそう笑うと、愛刀「村柾」を正眼に構え直す。
右肘から指先までの痺れは未だに取れず、左手は薬指小指がへし折れていて、左脚から腰にかけても故障気味で体重をかけると鈍痛が走り……万全とは程遠い有様ではあるが、不思議と負ける気はしない。
いや、己は今まで、一度たりとも負けるつもりで剣を握ったことなどありはしない。
「さて……では、尋常に勝負、といこうか」
『……はっ。
人外同士の果し合いに尋常もクソもあるものかっ!』
軽口を叩きながらも軽く半歩間合いを詰めた己に向け、霧の王は一切の戸惑いも躊躇いもなく、大きく踏み込むと同時に渾身の力で右手の湾剣を振るってきた。
「……っ?」
剣術ではあり得ない、渾身の力を攻撃に割り振った喧嘩殺法とでもいうべきその一撃に、己は一瞬だけ戸惑うものの……剣を握ったばかりの小僧じゃあるまいし、そんな大振りを喰らう訳もない。
半歩後ろへと下がってその斬撃をやり過ごすと、反撃を加えるべく左足に大きく体重を込め……
『ふんぬぁあああっ!』
「う、ぉおおおおっ?」
踏み込みと同時に横薙ぎの斬撃を胴へと叩き込もうとした己は、空振りの勢いを身体能力のみで強引に引き戻した霧の王の湾剣の背が返って来ているのを目の当たりにして、必死に上体を下げてその斬撃を躱すことに成功する。
そうして体勢を崩して距離を取ろうとした己に対し、己以上に体勢を崩している筈の霧の王は、それでも速度を落とさず大振りの斬撃を二度三度と振り回してきた。
「……む、ちゃっ、くちゃ、だっ!」
崩れた体勢のままだとは言え、素人剣法を喰らうほど間抜けではない。
己はそう叫びながら、何とか振り下される斬撃を躱すものの……あまりにも無茶苦茶な連撃を前に反撃へ移れるほどの余裕がない。
実際問題……剣士としてみれば、眼前の湾剣使いは三流以下の素人である。
正中線もろくに保たず、大きく踏み込んでただ筋力を用いてぶん回すだけの、ただのチンピラの喧嘩殺法でしかないのだから当たり前なのだが。
だけど……そのチンピラが骨と珊瑚虫が寄り集まった身体を得て、とてつもない身体能力を手にしただけで、喧嘩殺法は手に負えない暴力と化してしまっていた。
もしかすると霧の王は生前、素のままでこの身体能力を持っていたのかもしれないが……それでも関節を痛める心配もなく渾身の力を振るい続けられるのは明らかに人外の身体を得たからに違いないだろう。
その挙句、生前は船の上で延々と暮らしていた霧の王は、どんなに体勢を崩してもその卓越したバランス感覚と倒れることを恐れぬクソ度胸で斬撃の威力が衰えることがない。
尤も、幾ら勢いが凄まじいとは言え……数々の修羅場をくぐり続けてきた己からすれば、手に負えないほど強いとは言えないのだが。
「いい加減に、しやがれっ!」
『ぬぁっ?』
そうして延々と続く攻撃に痺れを切らした己は、横薙ぎの斬撃を愛刀の鎬で逸らすと、無防備となった胴へと切っ先を斜め上へと叩き込む。
生憎と、霧の王も攻撃を逸らされた時点で反撃を予期していたらしく、背後へと跳び……己の斬撃は切っ先が肋骨を僅かに削っただけだった。
それでも……たった肋骨を少しばかり削っただけの斬撃で、今まで痛みすら感じていなかった筈の霧の王が、瞬き一つにも満たない瞬間、硬直を見せる。
それは恐らく、人型へと身体をまとめ湾剣を自在に操るために五体に神経を戻し……痛みを感じ出した証、なのだろう。
もし、そんな己の推測が外れていたとしても……その若干の硬直のお陰で、延々と続きそうだった霧の王の連撃は止まってしまっている。
「次は、こっちの番っ、だよなぁっ!」
『ぬ、ぬぉおおっ!』
その瞬き以下の硬直を狙い、左足で踏み込みながら己が放った唐竹の斬撃を、霧の王は上体を逸らすことで躱してのけ……元来の気の強さからか、それとも喧嘩勘とも言うべき直感からか、上体を戻しつつも左拳を己に向かって放ってくる。
その頭蓋骨すらも砕きそうな左拳を、己は顔を逸らすことで紙一重で躱しながら倒れ込む身体の勢いを用い、愛刀を強引に斬り上げた。
流石の霧の王も当たったと確信した渾身の拳を引き戻すのは僅かに遅れ……村柾の切っ先は見事に霧の王の肘から少し先を斬り離すことに成功する。
『ぐっ、がぁああああああああっ!』
己の推測が正しければ、眼前の剣士は腕を失った激痛を感じている筈なのに……それでも霧の王は憤怒の叫びを上げながら、僅かな硬直だけで右手に握りしめた湾剣を己へと振り払ってきやがった。
体勢を崩していた己にソレを躱す術はなく……
「っぁあっ!」
無理矢理霧の王へと踏み込み、額を差し出すことでその斬撃の内側……湾剣の護拳を額で受け止めることで、その斬撃を強引に止める。
『~~~~っ?』
「はははっ!」
人外の膂力を誇る霧の王の腕力をもって、鋼鉄の護拳という鈍器でぶん殴られたも同じ状況に、己の意識は一瞬だけ吹っ飛んでしまう。
だが、流石の霧の王も斬撃を額で受け止めることは想定外だったのだろう。
その腕には膂力が乗り切っていなかったこともあり……己の意識が吹っ飛んだ瞬き一つの時間は、霧の王が己の蛮行に戸惑った時間よりも短かったようだった。
だからこそ、身体ごと半歩ズラされた己が、ほぼ無意識の内に放っていた大上段からの振り下しは、見事に霧の王の右肩口から入り、右半身を斬り離すことに成功する。
「……殺った」
人間であれば致命傷は間違いない……愛刀から伝わってくるそんな斬撃を放ち終えた感触に、己はそう小さく呟いて勝利を確信する。
事実、半身を斬り離された霧の王は左右共に重力に抗う術をなくして傾ぎ、そのまま鳴き砂ばかりの大地へと倒れ込むのを待つばかりとなっていたのだ。
とは言え、相手は国を一つ滅ぼそうという六王と呼ばれる存在であり……人智を超越した化け物だった。
『まだだっ!』
倒れかけた左半分……頭蓋がまだ繋がったままの半身を強引に動かし、霧の王は最後の足掻きとばかりにそう叫んだかと思うと、左拳を強引に動かして拳を作り、上体を捻る動作を見せる。
そうして突き出す動作を終えた左拳に、己は意識を向け……頭蓋への打撃による脳震盪と渾身の一撃を放ち終えた反動によってずっしりと重くなってしまった身体に鞭打ち、何とか回避しようと上体を起こす。
……その瞬間。
『怪物としてばかりか、人としても破れたとしてもっ!
私はっ、まだっ、終わらぬっ!』
「……っ、なん……だと?」
放たれようと握られていた霧の王の左拳が動く前に、突如として己の右脇腹に凄まじい灼熱が走る。
それが「何かを刺された」感触だと気付いたのは……反射的にその激痛の原因へと視線を向け、己に突き刺さっているモノを視認した時、だった。
「……腕、だと?」
……そう。
己の脇腹を貫いたのは、霧の王の左腕の下の脇腹辺りから突き出した……肩口から生えた左腕とは違う、もう一本の短く小さい……恐らくは「側腕」と呼ばれる二本目の左腕だったのだ。
2021/04/17 20:04確認時
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