05-52
「……かはっ」
そうして愛刀を盾としても、体重差は如何ともし難く……己は凄まじい衝撃を喰らい、あっさりと吹っ飛ばされてしまう。
それでも……直撃だけは何とか回避できたお蔭で、吹っ飛ばされた先で何とか足元から着地することには成功していた。
とは言え、ダメージがない訳がない。
強引に愛刀を引き戻したところに衝撃を受けた所為で左手首は完全に外れているし、小指と薬指に至っては骨がへし折れて関節が一つ増えている。
「……ってぇ」
己は左手の惨状から目を離すと、愛刀の柄を握り直す。
右肘の鈍痛は未だに抜けず血は流れっぱなし、ついには左手もこのザマと相成った訳だが……幸いにしてまだ剣を握れないほどのダメージは被っていない。
なら……まだ戦える。
『まさか、この手までも通じぬとは、な』
そんな呟きと共に、周囲に充満していた霧が消え失せ、骨と骨とを繋ぎ合わせた霧の王の巨体が再び目に入ってくる。
恐らく……無駄を嫌ったのだろう。
己も天賜を用いると身体の内側の何かが消耗していく感覚があるのを知っている。
それは六王たちも異能を使う際も同じで、何らかの対価……炎の王は分かりやすく身体の一部を毒蟲に変える能力だったが……霧の王も同じく何かを失っているに違いない。
『神の創りだした化け物め。
視界を封じた程度では、何の意味も持たないと言うのか』
そして、霧の王は自らの名を冠した『霧に紛れての攻撃』に絶大の自信を持っていたらしく、先の全力攻撃を凌いだ己から後ずさりながら、そんな呻き声を零す。
そう呻く霧の王の気持ちは分からなくはない。
己も少し前に無天一流宮本武蔵を前に、全ての技術が一切通用しないと理解させられ、似たような呻き声を零した記憶があるからだ。
尤も……それでも剣士として聞き捨てならない言葉というものがある。
「霧の王。
一つ、訂正させてくれ」
『……何だ?』
静かに話しかけた己の声に、霧の王も素直にそう耳を傾けてくれる。
実際のところ、霧の王としては斬り飛ばされた左手の再生に時間を稼ぎたいだけだろうが……それはそれでも構いやしない。
「生憎と己は、神のの操り人形ではない。
天賜を……神力になんざ、頼ってもいない」
……そう。
己は神に頼ってなどいない。
己が望むのは愛刀を振るう最強であって、神力とかいう懐中の拳銃に頼って生き延びるような、信念を諦めて生き延びるような無様な未来などではないのだから。
「今までお前と戦い続けていたのは、この己……身元不明の死体の、身体と剣技と、この愛刀「村柾」だっ!」
だからこそ、そう叫んだ己は、眼前の好敵手に見せつけてやる必要があるのだ。
……霧の王が口にする神力というものが、どれほど醜悪で、如何に害悪で、剣技を極めるには邪魔にしかならないモノでしかないと。
「……【複製】に【加熱】、【雷操作】と【加速】ってところだな」
己は右手に握りしめている愛刀に向け、身体中に溢れている神力を流し込み、愛刀をもう一本創り出す。
その新たな愛刀「村柾」に【加熱】と【雷操作】の天賜を流し込むことで、愛刀は赤熱化した挙句に帯電し、もはや素手では触れない有様と化している。
そうして赤熱化した神力の塊を、【加速】の天賜によって飛ばしたその先には、先ほど斬り落し、こそこそと本体に戻ろうとしていた霧の王の左手がある。
その骨と蟲の塊に、神力の塊が直撃した瞬間……内部からの熱により骨の塊が熱せられ、電撃と熱に晒された珊瑚蟲たちは堪らずに骨から飛び出し、そのまま命を落として塩の塊へと化していく。
要するに……己が指一本動かすこともないただの一撃で、霧の王の腕一本が何の抵抗も出来ずに滅び去ったのだ。
……いや、違う。
先ほどの攻撃をもし霧の王の巨体へと叩き付ければ……それだけで霧の王は滅んでいただろう。
何しろ眼前の巨体など、ただの骨の塊に過ぎないのだ。
生憎とそんなモノでは、熱を防ぐことも電撃を防ぐことも叶いやしない。
それが分かったのだろう霧の王は、またしても身体一つ分ほど後ずさり……明らかな怯みを見せていた。
「これは男と男の、一騎討ちだ。
神如きの介入なんぞ許しはしない。
さぁ、続きと行こうぜ、霧の王」
そうして怯える霧の王に、己はそう笑いかける。
こんな天賜なんぞ使う気がないと言わんばかりに、愛刀「村柾」を握りしめ……指二本がへし折れたままの左手でかかって来いと手招きをして見せる。
『ジョン=ドゥと言ったか。
貴様……実は、馬鹿だろう?』
己の挑発を受け、霧の王がしみじみとそう告げる。
その言葉に己は反論する言葉を持たず、自嘲の笑みを浮かべることしか出来ない。
事実、己は自らのことをただの剣術バカだと自認しているし……そうして剣術一筋に生きて、積み上げた技術を使うことなく銃弾を前にして無様にくたばった挙句、死んでも治らなかった真正の馬鹿なのだから。
『はははっ。
反論もなし、か。
私の復讐は……たった一人の馬鹿によって潰えた、のか』
霧の王がそう嗤ったかと思うと……その骨を寄り集めた上半身だけの巨体が、突然ボロボロと崩れ始める。
「か、勝った、のか?」
「霧の王が、滅んだ?
ジョンの……俺たちの勝ち、なのか?」
そうして霧の王が滅ぶ姿を目の当たりにしたことで、完全に傍観者と化していた黒真珠の連中が騒ぐものの……
「……違うな」
己は未だに警戒を解かず、愛刀を構え正中線を保ったまま霧の王が崩れ去った後の砂煙を睨み付ける。
霧の王は崩れ去る最期に自嘲の呟きを口にし、そして滅び去った。
だけど……
『……待っていてくれたのか。
意外と律儀なんだな、ジョン=ドゥ』
崩壊後から現れたのは、一体の……人と同じ形で、人と同じサイズとなった、一体の骸骨だった。
そうして人の形を取り戻した霧の王は、ゆっくりと黒真珠の連中へと向き直ると……そのまま静かに、殺意どころか敵意さえ感じさせない足取りでゆっくりとゲッスルの方へと歩み寄る。
黒真珠の連中は一斉に武器を構えるものの、流石に勝てないと分かっているらしく、襲い掛かる愚かなヤツはいなかった。
そうして霧の王が歩いた先には、仲間が必死に庇う存在……満身創痍の挙句、歩くことすら出来なくなっている黒真珠の長が、必死に湾剣を構えて抵抗の意思を示している。
「……叔父貴っ、既に決着はついたっ!
神兵に勝てないのはもう分かっただろう?
今さら、何をっ!」
『漁師に生まれ、腕っぷしで一つで船団の長までのし上がった。
あの女に出会い、国のために全てを賭け戦い抜いた。
その挙句……戦友も部下を殺され、何もかも失い怒りに狂い、最後に残った故郷の民にも牙を剥いた。
こんな私が……今さら、退ける訳がないだろう?』
血を吐くようなゲッスルの問いに、霧の王は静かにそう呟く。
その声があまりにも穏やかだった所為か、ゲッスルは逃げることも武器を振るうことも忘れ、ただ唖然とした表情で迫りくる一体の骸骨を眺めることしか出来ていない。
『一度くれてやったものを奪うようで悪いが……返してもらう』
そのまま霧の王は、抵抗の意思すら失ったゲッスルの手から湾剣……サーベルと言われるモノに近い片刃の剣を奪い取ると、静かにこちらへと向き直る。
「己の流儀に付き合ってくれる訳だ?」
湾剣と呼ばれる武器を手にし、人間大のサイズと化した霧の王に対し、己はそう問いかける。
事実……あのままで消耗戦を続ければ、己の残体力では押し切れたかどうか不安が拭いきれなかったのだから、その問いは当然と言えるだろう。
『あの巨体では、お前の天賜を躱すことも出来ず、ただの一撃で滅んでしまうだろう。
お前は使わないと言っているが……敵対している相手の言葉に信を置ける訳がない』
己の問いに対する霧の王の答えは、そんな素っ気ないモノだった。
言われてみればその通りであり……己は軽く舌打ちして天賜なんて下らない手妻を見せつけたのを少しだけ後悔する。
『そもそもお前は、神兵。
伝承が正しければ殺したところで甦る厄介極まりない存在だ。
だからこそ、二度と生き返る気力が湧かぬよう、骨の一片までも叩き潰すつもりだったが……』
霧の王は己に向けてそう告げながら、人間大となったその身体でサーベルを構える。
その構えは重心どころか持ち手にすら意識を向けていない街のチンピラレベルの代物で、ただの素人以外の何者でもないと雄弁に語っていたものの……
「……へぇ」
だが、その軽く振るったサーベルの切っ先の速度だけは己に匹敵する一目で分かるほど、凄まじい風切り音を上げていた。
どうやらこの国の剣術とやらは読み合いや技量よりも、反射神経と膂力からなる速度を重視するのだろう。
『叩き潰せぬのであれば仕方ないっ!
これでも私は腕一つで身を立てた男なのだっ!
剣と剣との戦いで……貴様の得意分野で叩き潰しっ!
二度と生き返る気力すらもへし折ってくれるわっ!』
霧の王はそう吼えると……両手を左右に広げると、目の高さほどに掲げ、まるで大型の肉食獣が襲い掛かるような構えを取ったのだった。
2021/04/16 20;40確認時
総合評価 3,300 pt
評価者数 182 人
ブックマーク登録 817 件
評価ポイント平均
4.6
評価ポイント合計
1,666 pt




