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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
127/130

05-51


『お前が人間だろうと、人間でなかろうと構わんっ!

 死ねば同じだっ!

 跡形もなく潰してくれるっ!』


 先ほど放たれた足元からの奇襲こそ、霧の王が持つ「奥の手」の一つだったのだろう。

 動揺を振り払うようにそう吼える巨大な骨の塊の人型は、その激情のまま(オレ)に向けて数多の触手を叩きつけてくる。

 激昂した所為か大振りで放たれたそれら触手を運足のみで躱しながら、己は愛刀「村柾」を用いて刈り取れる範囲の触手を五度斬り落す。

 斬り落したことで暴れ狂う触手の可動範囲から離れつつ、己は本体へと斬り込める隙を伺い……すぐさま気付く。


「……ふり(・・)、か」


 霧の王は怒鳴り散らし、激情のままに触手を振るっているように見えるものの……その実、冷静にこちらの出方や間合い、踏み込みの距離などを測っているのが分かる。

 何しろ、腕が届くギリギリのところで避け続けている己が、不注意に見せかけて足半分ほど右腕可動域の内側に入ったというのに、霧の王は手を出して来なかったのだ。

 衝動的に右腕を動かせば本体の中心部へと斬り込まれると判断した上で腕を動かさなかった……本当に怒り狂っている相手の場合、腕を振るえば届く距離に相手がいるなら、激情に任せ躊躇いなく腕を振るうものである。

 つまり、激昂しているなんてただのふり(・・)でしかなく……その上で己を冷静に観察し、己を一撃で屠れる必殺のタイミングを計っているのだろう。


「……ははっ。

 これだから人間(・・)相手の実戦は面白いんだっ!」


 騙し偽り演じ手札を隠しながら、読み合い探り合いを続けて命を奪い合う。

 これこそが実戦、これこそが己の望む形の戦闘だった。


『お前はっ!

 お前だけはっ!』


「……ははっ、ははははははっ!」

 

 それでも激昂したふりを止めない霧の王の連撃に、己は笑いながら相手の動きを読み続ける。

 これまで霧の王と戦い続けて動きを覚えた所為か、それとも実戦経験を積んで流れを読む感覚を会得したお陰か、もしかすると(アー)(ハルセルフ)となって芽生えた勘なのか……今の己には相手の動きが全て手に取るように理解出来るのだ。

 振り下してきた右の触手は左前へと踏み込めば避けられる、突き出すような左の触手は斬撃で撃ち落せる、次の左は三本、踏み込んで斬り落す以外に避ける方法はない、ので大上段で斬り落す。

 それを狙って右の手が動くがこれはフェイント、本命は手の後ろから弧を描くように突き出される二本の触手で、半歩横へ身体をズラしてタイミングを合わせた逆さ袈裟で斬り離せる。


「……人間じゃねぇ」


「まだ、加速してやがる……」


「アイツの身体、どうなってやがるんだよ?」


 そんな己の動きを見て呆然と呟いているのは黒真珠の連中だろう。

 霧の王と己との一騎打ちが過熱した所為で、完全に置き去りにされた彼らは叫ぶことすらも止め、ただ傲然とそう呟くことしか出来ていないが……生憎と今は外野に気を向ける余裕はない。

 いや、霧の王との戦いが楽し過ぎて、外野に目を向けたいとも思わないのが正解か。


「どうしたっ、どうしたどうしたどうしたっ!」


『がぁああああああああああああっ!

 いい加減、潰れやがれぇええええええっ!』


 一方的に斬られ続けるのは、幾ら再生できる霧の王でも我慢できなかったのだろう。

 そんな叫びと共に、霧の王の左腕が手元の砂浜へと突き刺さったかと思うと、一気に周囲の鳴き砂を周辺にばら撒く。


「ぶわっ……くそがっ」


 左腕の動きを察していた己は咄嗟に眼を閉じて目つぶしは喰らわなかったものの……身体中に砂がかかるのを防げる訳もない。

 目を閉じたまま、霧の王が放ってくる薙ぎ払いを察し、頭を下げて左後ろに一歩下がることで二撃を躱した己は、身体にかかった砂を払い落として目を開く。


「……ん?」


 そうして目を開いた己の前に広がっていたのは、先ほどまでの暗闇ではなく、純白の闇だった。

 自分の肩すらも見えないその白い闇に、己は一瞬自分の目を疑うものの……


「……霧だっ!

 これじゃ何も見えねぇっ!」


「き、汚ぇぞっ!

 これじゃ、反撃なんて出来る訳がねぇっ!」


 黒真珠の連中の叫びを聞いて、何が起こったのかをすぐさま察する。

 霧の王はその名の通り、自らの全てを用いて己を叩き潰しに来たらしい。

 周囲に充満する殺意で霧の王の意図を察した己は、どんな攻撃が放たれても対応できるように愛刀「村柾」を正眼に構え直す。


『ははははっ!

 怯えろっ、竦めっ!

 何も見えぬ恐怖に怯える貴様の両脚を潰し、その上でそっ首を撥ねてくれるわっ!』


 そう哄笑する霧の王は、威嚇のために触手を振り回しているらしく、己の周囲のあちこちから風を切る音が届いてくる。

 尤も、それらに殺意は欠片も感じられず……ただの威嚇に過ぎないため避ける必要も脅威に感じる必要もない代物でしかない。

 そして……霧の王との戦いがようやく楽しくなってきたこの期に及んで、こんな威嚇やこけおどしなんて下らない小細工を弄されることに、己は酷い苛立ちを感じていた。

 だから、だろう。


「……それが、お前が処刑の時に受けた仕打ちか、霧の王。

 霧の中に奇襲を受け、仲間と奪われ足を潰され、終には斬首されたと」


 正眼に構えたままの己は、目視は出来ないものの気配で凡その位置が分かる霧の王へと顔を向け、思わずそんな挑発的に言葉を発してしまっていた。

 言葉にしてから少しだけ後悔するものの……如何なる異能をもってしても放ってしまった言葉が返ってくる筈もない。


『貴様ぁああああああああああああっ!』


 流石にその一言は看過できなかったのか、霧の王が凄まじい叫びを上げながら上体を起こし、左右の腕と十本全ての触手を使った一斉攻撃を仕掛けてくる。

 しかも、挑発に乗った霧の王は激昂しながらも冷静さを失っていなかったらしく、触手と両腕がタイミングを合わせて己の逃げ場をなくしつつ、本体は無防備にしないよう左腕は真っ直ぐに正拳突きのような軌道を描いて己へと突き出される始末だった。


「……ぅぉおおおおおおおおおっ!」


 己は何も見えない霧の中、瞬時に殺意を持ったそれらの攻撃の軌道を全て読み取ると……即座に全力で右前へと大きく踏み出す。

 真正面に突き出された左拳と己の左肩が掠るものの、己は肩口に走る衝撃を意に介すことなく踏み込んだ右足の爪先に力を籠め、渾身の力を込めて前に踏み込んだ右足に残る身体全てを引き寄せる。

 この一斉攻撃を躱すにはこうして霧の王が放った左腕を盾にする以外、助かる術はなかったのだから、こうして己の命を紙一重の死地へと放り込むのに躊躇いなどある訳がない。


「おおおおおっ!」


 回避した身体の勢いをそのままに、己は正眼から下段へと位置をズラしていた愛刀をそのまま直上へと斬り上げる。

 狙うは、手首……という部位が霧の王に存在するのかどうかは実のところ分からないが、少なくとも霧の王が人の構造を模している以上、そして今まで幾度となく斬り込んだ感覚から、触手は兎も角として本体については人間と関節構造はそう大差ないと分かっている。

 実際問題、己の斬撃の効果は絶大だった。

 左手首をあっさりと八割方切り裂いてしまった所為で、勢いのままに左手が千切れてしまったのだ。


「……しまっ」


 その思ったよりも深く入ってしまった斬撃に、己は知らず知らずの内にそんな悲鳴を上げていた。

 何しろ左腕の手首から先がなくなった所為で、霧の王の触手が二本、己へと届いてしまうのだ。

 先ほどまでいた位置に上から触手が突き刺さっている所為で、己はこの位置から動けないというのに、左側から触手が弧を描いて襲い掛かってくる。


「……ったぁっ!」


 結局、回避と迎撃どちらも不可能だと判断した己が取った行動は、右前へ僅かに身体を逸らすことで、一本の触手の軌道を避け……避けられないもう一本の触手の軌道上へと愛刀の鍔を盾とするという、緊急回避にも等しい行動だった。


2021/04/15 21:41確認時


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