05-50
「……アイツは、人間、なのか?」
己の背後から、ゲッスルのそんな呟きが耳に入ってくるが……今の己はそんな呟き一つを聞き逃さないほどの集中力を維持しながら、その呟きに言葉を返そうと思えないほど戦闘にノリ切っていた。
「人間業じゃ、ねぇ」
振り下される右拳を避けながら、その拳に七度の斬撃を放った時、そう呟いたのは黒真珠の誰だったか。
言葉を言葉として認識しながらも、全く意に介すことなく己は眼前の巨体……霧の王という名の骨と蟲との集合体から意識を外すことはない。
その霧の王が、背中に意識を向けると同時に身体を捻り……それを目の当たりにした瞬間に、右側から四本の触手が薙ぎ払われるのを察した己は、すぐさま重心を傾けることで左前へと大きく踏み込み……触手の届かない箇所へと位置取る。
『~~~っ、ちょこまかとっ!』
攻撃の出足を潰された霧の王はそう苛立つものの、命の取り合いをしている最中に相手の気分を伺ってなどいられる訳もなく。
己は霧の王の巨体の、右手へと四度ほど斬り付け……その腕が振るわれる兆しを見て取った瞬間に背後へと跳び、その攻撃範囲から逃れる。
「あれが、人間の、動き、か?」
その一連の動きを見た黒真珠の誰かが呟いた声が聞こえるものの、己はそれを気にすることなく霧の王の触手による追撃を愛刀で斬り落して迎撃する。
『……神の傀儡風情がっ!』
そうして攻撃を一つ一つ丁寧に潰されている所為か、霧の王が歯軋りと共にそう怒鳴るものの、その叫びを受けた己は一切動じることなく冷静さを保ち続ける。
「……なぁ、ゲッスル。
勝てるよな?
ジョンは、勝てるよな?」
「……分からん。
両者の実力は俺の想像を超えてやがる」
己と霧の王との戦いを見た黒真珠の連中がそんな希望を口にし……人を率いる立場のゲッスルはあくまでも冷静に事実のみを口にする。
霧の王によって一撃で戦闘不能にまで追いやられたゲッスルたち黒真珠の連中は、今や少し離れた場所で己と霧の王との戦いを見るばかりとなっていた。
己が不覚を取った時の一戦で未だに数人が……巨漢のグデフを含み五名ほどが未だに起き上がることも出来ず倒れたままなのだが、今の己はそちらに意識を向ける余裕はない。
ただ次々に繰り出される霧の王の攻撃を冷静に対処し続け、霧の王の配下を延々と削り続けている。
「だが、完全に消耗戦になってやがる。
霧の王の力が先に途切れるか、それともジョンの体力気力が途切れるか……」
ゲッスルがそう解説する間にも、己の愛刀「村柾」は霧の王の触手を断ち斬り、腕を切り裂き、本体に斬撃を加え……一方的に攻撃を続けていた。
実際問題、剣術を習った己と、ただの素人が……海賊王を名乗るほどだから間違いなく戦闘経験はあるだろうが、腕の振りや身体の動きから理合いを感じ取れない、要するに場馴れしただけの男が……異能を手にしただけの霧の王とでは速度域が完全に違っているのだ。
その挙句、霧の王は巨体を得た所為で動きが遅いのだから、無理な攻撃を仕掛けるか、無意味な油断をしない限り、己が一撃を喰らうことはあり得ないだろう。
尤も、体格が違い過ぎることもあり、霧の王の一撃で己が沈むのも事実なのだから油断など出来そうにもないのだが。
「雑になってきたな。
……そろそろ、か」
そうして相対し続け、時間にして数十分が経過した頃、だろうか。
己の斬撃のみが一方的に霧の王を斬り裂き続けた結果として、徐々に霧の王の身体は僅かに縮み始め……その結果、触手が、拳が大振りになってくる。
たかが人間一人に翻弄され、じわじわと追い詰められている事実に、霧の王の苛立ちが限界近くまで近づいてきたのだろう。
『貴様っ、貴様っ、貴様ぁああああああああっ!』
そうして待ち構えていた己に対し、霧の王は激昂した叫びを上げながら上体を起こし、両手を同時に用いた攻撃を仕掛けてきた。
「……ほい、それを待ってたぞっと」
それを予期していた己は特に慌てることもなく霧の王の右手首を大上段からの斬り下しで切断し、直後の逆さ袈裟の軌道を描いて胸元へと斬撃を加える。
尤も、それはあくまでも牽制であり……自らの核に斬撃が届く寸前だった霧の王は、瞬間で頭が冷えたのか背後へと後ずさって己と距離を取る。
そして、その保身を読み切っていた己は、切り離されて無防備となった右手に斬撃を十数撃加えることで内部の蟲を斬殺し、霧の王の体積を手一つ分削り取ることに成功する。
『貴様はっ、小賢しくもっ、私の動きをっ、読み切りおって……。
……いや、お前は強い、な』
「……ちっ。
冷静に戻りやがったか」
不意に……今の今まで「貴様」と連呼していた霧の王が静かにそう告げるのを聞いて、己は舌打ちをしつつも唇の端が吊り上るのを止められなかった。
実際問題、この再生するデカブツは知能が足りないのか、それとも超越した異能を手にしたことで増上慢となっているのか、ちょっとした挑発で激昂し動きが単調の大振りを繰り返し続ける悪癖があり、正直「ただの作業」に成り下がっていたのだ。
だけど、己は作業をしたいのではなく、一撃で己を屠れる化け物を相手に、紙一重で死が交差するギリギリの状況で戦い続け、今以上の剣力を手にしたいのだ。
たとえその結果、命を落とすことになったとしても……それは仕方ないことだと諦めがつく。
己は自分が命を落とすことよりも……才能の限界が見え、どう足掻いても実力が停滞し続ける、あの虚無感に潰されることの方が遥かに怖いのだから。
『……だからこそ、この全力の一撃で押し潰す。
悪く、思うな』
「ははっ。
……面白い」
拳を軽く握った両腕を顔の左右に構え、もう一対の側腕とやらで胸を守りつつ、触手を四方八方に展開した霧の王はそう静かに告げ……
全力の一撃を予期した己は愛刀を正眼に構え、迎え撃つ覚悟を決める。
そんな己の覚悟を読み取ったのだろう、霧の王はじりじりと間合いを計りながら、己の一挙一刀足の距離ギリギリの場所で動きを止める。
流石に数十回斬り込み続けたのだから、己の間合いは読み切られている、ということなのだろう。
武器を持った剣士と相対した時と同じような、ひりついた読み合い空気に、己は唇を軽く舐めると一寸ほど右足を間合いの中へと忍ばせる。
……その、瞬間、だった。
「~~~っ?」
経験ではあり得ないし、勘ですらもない。
なのに理由も分からない不気味な、皮膚に突き刺すような不快感が、突如として右足の下に現れたのだ。
本来ならば眼前の難的と真正面から命を削り合うこの状況で、そんな不気味で得体の知れない感覚は無視するのだが……何故かこの瞬間だけは、右足の不快感に突き動かされるかのように、慌ててその場から右足を半歩後ろへと下げる。
そして……
「……ぐ、がぁあああああっ?」
己が足を動かしたのと瞬き一つの差もなく、さっきまで右足があったその場所の下から針のように尖った骨の触手が槍のように飛び出て来たのだ。
全く予期していなかった己は、身体に向かって突き出された骨を慌てて右肘を叩き付けることで、その一撃の軌道を急所から外すことに成功する。
『アレを、躱すだとっ!』
真正面から詐術を仕掛けてきた霧の王はそう驚いていたものの……先ほどの一撃を避けた代償はかなり大きかった。
強引に身体を捩じって右肘を骨に叩き付けた所為か、重心を動かしただけで腰から左足にかけて鈍い痛みが走ると共に、右肘からは血が流れ続けている。
回避動作の直後に、高めの横薙ぎ、袈裟斬り、低めの横薙ぎとZの文字を描くように地面から飛び出て来た触手を四分割したのだが、その斬撃も腰のを痛めた所為か精彩を欠いてしまっている。
血まみれになった右肘は三連撃を放った時も痺れっぱなしで、傷口の痛みこそないのだが……腕を動かす度に肩口辺りに脳髄に響くような鈍痛が走ったのを考えると、骨にひびでも入った可能性が高い。
『お前は……本当に人間か?』
その一連の動きを見た海賊王から……憎悪と激怒によって人外と成り果てた海賊王からそんな問いを突き付けられた己は、脆弱な人間でしかない証拠である、未だに痺れが取れない右手で愛刀の握りを確かめると、無言のまま一歩前へと踏み出すのだった。
2021/04/14 20:38確認時
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