05-49
「……か、かはっ」
砂へと叩き付けられた己は、受け身を取ることも出来ず、ただ勢いのままに転がり、波打ち際でようやく止まる。
その余りの衝撃に飛び起きることも出来ず……ただ愛刀「村柾」を手に握ったまま顔が海に沈まないよう、砂場まで這い進むのが精一杯だった。
技量だの剣術だのいくらお題目を口にしていても、体重差からなる威力の違いは一撃で己が立ち上がれなくなるほどに圧倒的な『差』であった。
「……おいっ、ジョンっ?」
「くそっ、射れっ!
霧の王を何とか止めろっ!」
何とか息を整えて衝撃から立ち直ろうとしているところにそんな声が聞こえてきて……己が吹っ飛ばされた辺りから鈍い音が響いてくる。
どうやら黒真珠の連中が、己にトドメを刺そうとする霧の王の足止めを買ってくれているらしい。
だけど……
『邪魔をするなっ、雑魚共がっ!
この私が側腕まで使わされる恥をかいたのだっ!
必ずっ、あの神兵は押し潰すっ!』
「うぁああああああっ!」
「ぎゃっ……腕っ、腕がぁあああっ?」
「こ、こんなの、避けられる訳がねぇっ!
アイツは、どうやって……ぐわぁっ!」
己が一撃を喰らって動けなかったのは僅か十秒足らずでしかなかったが……その間に黒真珠の連中十数名はあっさりと壊滅していた。
何しろ、触手を一薙ぎ、腕を軽く振るわれるだけで人が空を飛ぶのだ。
あの黒真珠一の巨体を誇るグデフですら抵抗一つ出来ず、布で造られたぬいぐるみの如く吹っ飛ばされるのだからどうしようもない。
その挙句、黒真珠の連中が放った矢も、振り下した櫂も、サーベルの一撃すらも霧の王の巨体には何の痛痒すら与えられないのだから……それは戦いですらなく、ただの一方的な蹂躙と言えた。
「勝てねぇ、逃げようぜ、ゲッスルっ!
こんなの、どうしようもねぇっ!」
「ふざけるな、馬鹿野郎っ!
俺たちにはアイツに賭けたんだっ!
僅かな時間でも構わんっ!
アイツの盾になって死……ぐわぁああああああっ!」
仲間が次々と薙ぎ払われるのを目の当たりにした黒真珠の連中は完全に腰砕けとなり、そんな中でも最後の最後まで戦意を保っていたゲッスルすらも、一撃で吹き飛ばされる。
とは言え、彼らの犠牲は無駄ではなかった。
黒真珠の連中がやられている十秒足らずの間に、己は平衡感覚を取り戻し……何とか立ち上がっていたのだから。
「……もう、大丈夫、なのか?」
霧の王によって己の前へと吹っ飛ばされ、波打ち際で倒れたままのゲッスルが、息も絶え絶えの有様でそう尋ねてくる。
「……済まない。
お前たちのお陰で、己はもう大丈夫だ」
そんな……腕があり得ない方向を向き、口から血を吐いている黒真珠の長に対し、己はそう一言だけ詫びる。
情けないことに……一対一の実戦なら完全に命を奪われていたところである。
テンカウントはまだだったとか仲間がいたから助かった、などという言い訳は通用しない。
己の理想は、如何なる化け物であっても剣一本で立ち向かい、百戦をして百勝をもぎ取る……そんな剣力を鍛え上げること、なのだから。
『……ちっ、早くも回復したのか。
だが、貴様如きが何をしようと無駄なのだ。
自分の無力さを思い知るが良い』
霧の王はそう言うと、右腕をこちらへと突き出し……己が斬り落した指を再生される。
尤も、王の力の流れを感じ取れる己には分かったのだが……他の部位を構成している骨と蟲とを動かし、指を再生したかのように見せたのだろう。
この巨体が一個の生物ではなく、骨に寄生する珊瑚虫の群体だからこそ出来る芸当であり、要するに『ただの演出』に過ぎないのだが……それでも、効果は抜群だった。
「そっ、そんなっ?
回復、するのか……」
「勝てねぇっ、こんなっ、化け物にっ!
勝てる筈がねぇっ!」
ただでさえ一撃で薙ぎ払われて戦意を挫かれていた黒真珠の連中はそんな悲鳴を上げ、完全に心をへし折られてしまったようだった。
中には弓やボーガンを落して完全に諦めてしまったヤツらも見える。
『だが、私は用心深いっ!
こうすれば貴様にはもうどうすることも出来ぬだろうっ!』
その演出だけでは不完全だと思ったのか、それとも己が未だに戦意を失っていないことに気付いたのか、霧の王は腹這いになり……上半身しかないのだから、腹這いと言う表現が正しいのかどうかは不明だが、少なくとも己の持つ愛刀ではどう頑張っても心臓を狙えない体勢になったのだ。
『何も出来ぬ無力感を噛み締めながら、無様に潰れて死ぬが良いっ!
哀れな偶像の傀儡よっ!』
そこまでダメ押しをしてようやく己の心をへし折れたと思ったのだろう。
霧の王は背中から生えた触手を一斉に己へと振り下してくる。
だけど……生憎と己はもう回復を終えている。
むしろ、立ち上がった瞬間にコレを喰らっていたら流石にどうしようも出来ず潰されていた可能性もあったが……先ほどの要らぬ演出のお陰で、完全に平衡感覚を取り戻すことが出来ているのだ。
「……二本目、ってところか」
真剣勝負で二本目ってのも阿呆な話ではあるが、気持ちを切り替えるために己はそう一つ呟くと……頭上から振り下される触手群に集中力の全てを向ける。
その凄まじい勢いと圧力に逃げ場もないように見えはするものの……一つ一つの軌道をしっかりと見切れば、右斜め前に一歩踏み出せばどの触手もぶつからない安全地帯が残っているのが良く分かる。
そうして安全地帯に位置取った己は、愛刀を振るい、一番近い触手を五度斬り付けてバラバラに切り裂いて見せる。
何処かで聞いた逸話では、投げた枝が地に落ちる前に七度切り裂いた達人がいたと言われているが……生憎と己は未だにその域には達していない。
と言うより、一撃どころか切っ先三寸で相手を屠れる日本刀を用いるのに連撃を放つ意味が理解出来ず、そんなことを試したこともなかったのだが。
『……貴様っ!』
触手を斬り払われて己が生きていることに気付いたのか、霧の王が叫びを上げるものの……生憎と己は既に次の触手を叩き斬る動作に入っている。
「二つ、三つ目っ!」
二つ目の触手を斬り飛ばし、三つ目の触手を三連撃で斬り飛ばした頃にようやく触手が動き出し、己の身体から離れていく。
その動きを見れば分かるが、次は左右から同時に振り払おうとしているらしい。
「……甘いっ!」
とは言え、軌道どころかその前の起こりすらも丸見えの攻撃なんざ、己に通用する筈もない。
己は重心移動を用いて砂を蹴らない動きで身体を右側へと走らせ、霧の王の左側へと距離を詰める。
『き、貴様っ!』
触手で薙ぎ払うのは良いが、鞭などの遠心力を用いる武器の場合、持ち手近くでは威力も速度もたかが知れている場合が多い。
霧の王が放つ触手もその例に違わず……速度が乗る直前を押さえてしまえば、ただの据え物斬りと大差なく、己が放った大上段によって左側三本の触手はあっさりと切り飛ばされ、砂場へと落ちて跳ね回る。
そして、霧の王の巨体そのものが邪魔をするため、右側四本の触手は己を狙うことが出来ない……その隙を己が見逃す筈もなく、地に落ちた触手それぞれを七等分に斬り刻むことで、触手を構築していた蟲にトドメを刺すことに成功していた。
『貴様っ!
貴様ぁっ!』
「……さぁ、とっとと再生させくれよ、珊瑚虫の王様よ。
幾ら身体を大きく見せようと、貴様はたかが蟲の集まりに過ぎないんだ。
そのことごとくを切り裂いて、貴様の頭蓋を叩き割ってやるから、覚悟しろ」
どうやら己も、酒盛りをした戦友を薙ぎ払われ、大怪我させられたことに少し頭に血が上っているらしい。
意味のない挑発と知っていながらも、霧の王に愛刀「村柾」の切っ先を突き付けた己は、殺意を隠すことなくそう叫ぶ。
『……出来るものなら、やってみせろっ!
たかが、神の傀儡風情がっ!』
その挑発への返答は、霧の王の左腕、だった。
そうして振るわれた左手を、背後に軽く跳ぶことで躱しながら、己は次の一撃を振るうため、愛刀の柄を握り直したのだった。
2021/04/13 21:34確認時
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