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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
124/130

05-48



『くかかかかっ!

 (アー)(ハルセルフ)と言えど、所詮は人間。

 我が新たな身体の前には、雑魚も同然よっ!』


 拳を振り下したことで……周囲に砂塵が飛び散ってしまい、(オレ)を視認できなくなったのだろう。

 巨大な霧の王は、勝利を確信してそう笑う。


「馬鹿なっ、ジョンっ!

 生きていたら返事をしろっ!」


「くそっ、武器を構えろっ!

 アイツを助けるぞっ!」


「どうやってだよ、畜生っ!」


「あんな化け物に敵う訳ないだろうっ?」


 砂塵の向こう側からは黒真珠の連中の叫びが響き渡っているものの……生憎と己はこんな適当な攻撃など予備動作段階で軌道を読み切って最低限の動作で躱し終えている。

 尤も、右拳に巻き上げられた砂と衝撃が鬱陶しくて即座の反撃に移れなかった訳だが……それももう落ち着いてきた。

 己は拳の軌道上から避けるため、脇構えの位置にある愛刀「村柾」を握り直すと、そのまま渾身の力を込め、骨で模られたその拳……いや、勝利を確信したことで拳を解き始めた、その右手の中指辺りを目掛け、逆さ袈裟の太刀を叩き付ける。

 女性の胴ほどもある巨大な指は、己の斬撃にあっさりと断ち切られ、骨の残骸が飛び散っていく。

 ……その飛び散っていった数々の骨の断面から、蟲の体液が霧へと変わりながら飛び散っているのが、「達人の領域」に至った己の動体視力によって見切ることが出来た。

 その切断面から確信を得たのだが……要するに、この巨大な化け物は一体の生物という訳ではなくて、ただ骨と蟲が寄り集まって出来た群体と化しているだけでしかない。

 しかも痛覚もないのか、指を二つ切り落とされたところで右手は何も感じずにまだその場所に在り続ける始末で……己は逆さ袈裟に振り上げた愛刀を返すと、大上段から全力で降り下す。

 その斬撃は、残った中指の付け根から、人差し指と小指までもを断ち切ることに成功していた。

 そして……流石にそこまで手のひらの重量が変わると、斬られたことに気付くらしい。


『き、貴様っ!

 生きていたのかっ!』


「ジョン、生きていたのかっ!」


 必殺の一撃が何の効果もなかったことに動揺する霧の王と、黒真珠の長であるゲッスルの叫びが重なって己の耳に届く。

 その酷く似通った驚く様子を目の当たりにすると、どうやらこの二人が血族であるという証拠のようにも思えてくる。


「あんなの躱せて当然だろう?

 そもそも……どうして己があんな単調な攻撃でやられると思うんだ?」


 ただ、ゲッスルが驚くこと自体、それなりの技量を持った剣士としては少しばかり心外だったこともあり、己は愛刀を肩に担ぎながらそう笑って見せる。

 それはあくまでも義兄弟扱いしてくれた戦友を安心させるための言葉と態度だった訳だが……


『貴様ぁっ!

 ならば、この一撃が躱せるかっ!』


 生憎と、真正面に対峙している巨大な化け物は、己の態度をただの挑発と受け取ったらしい。

 背中の巨大な触手……の内の一本を凄まじい速度で薙ぎ払ってきた。

 霧の王としては、単調と言われたのを気にして直線の振り下しから弧を描く触手の薙ぎ払いへと変化をつけてみたのだろう。


「……はっ」


 そんな小手先の、上下の攻撃を左右に変えただけの単調な変化に己が対処できない筈もなく……少しだけ弧の内側へと踏み込んだ己が降り下した愛刀によって、その触手はあっさりと断ち切られ、己の身に傷一つつけることなく触手は明後日の方向へと飛んでいってしまう。

 実際問題、触手の切っ先は殴りつける動作よりは多少速いのだが、それでも触手そのものの動きは直線的な薙ぎ払いでしかなく、緩急すらもついていないのだ。

 仮にも剣士を名乗る者ならば、狙い澄まして叩き斬れない方がおかしいだろう。


『……馬鹿、な』


「ははっ、腕一本、触手一本だけで己を倒すつもりか?

 幾らなんでも手を抜き過ぎだろう?

 もう一度首を斬られたくなければ、全力でかかって来いよ、霧の王」


 斬られても痛まない巨大な肉体を得、自分自身が圧倒的強者であるという自負があるからこそ、霧の王は腕一本、触手一本で己を屠れると慢心していたに違いない。

 その慢心を砕かれて動揺を隠せない霧の王に向け、己は愛刀「村柾」の切っ先を突き付け、そう言い放つ。

 挑発……と言うよりは、純然たる事実でしかないのだが、それほどまでにこの霧の王が操る人型は、巨大なだけの鈍重過ぎる木偶でしかなく、あんな攻撃を繰り返されたところで脅威すら感じやしない。

 それでは、己の求める達人の極みへと辿り着くことが叶わなくなる。

 己が欲するのは慢心する相手の寝首を掻くことではなく、常に強者……絶望的な死地の中で足掻き、己の技量を更に高めること、なのだから。

 

『貴様貴様貴様ぁっ!

 なら、貴様のその慢心ごと叩き潰してくれるっ!』


 己の挑発にあっさりと乗った霧の王はあっさりと激昂し……残された左拳を振りかぶると同時に、背中に生えていた触手を大きく振りかぶり……


「……阿呆が」


 全力で攻撃に転じた霧の王は、全力で攻撃に転じようと振りかぶったが故に……その真正面ががら空きになってしまっている。

 ……己の皮膚が感じる嫌悪感からすると、霧の王が持つ核らしき部位がある心臓が隙だらけで晒されているレベルで、だ。

 確かに己は、強者と死合うのを楽しみに(アー)の招待に従ってこの国へとやってきた剣術バカだ。

 だからこそ、慢心している強者を騙し討ちするのは正直に言って好きではない。

 だけど……ああまで忠告したにも関わらず、簡単な挑発で激昂するあまり急所を晒すような阿呆は、真っ当に相手する価値などないと判断する。


「……らぁっ!」


『ぅ、ぅおおおおおおおおおおおおっ?』


 まぁ、色々理屈をこねてみたものの、正直なところを言うと……あまりにも隙だらけだった所為で思わず切り込んでしまったというだけなのだが。

 速度と威力を重視した結果、少し無理な前傾体勢で斬り込む形にはなったものの、己の愛刀は狙い違わず、胸骨を切り裂き心臓を真っ二つに切り裂くだろう軌道を描き……切っ先が胸骨を切り裂いてその奥にある「核」を断ち切る、その瞬間だった。


「……なっ?」


 突如として胸骨周辺から二つの腕が飛び出し、出てきた左腕が己の愛刀の軌道を遮る形で掲げられたのだ。

 出て来たのはたかが脆い骨だった筈なのだが、それでも衝突の位置が腕一本分変わった所為で斬線が僅かにズレてまうことは避けられない。

 結果、己の振るう愛刀「村柾」の切っ先はその新たな腕を叩き斬ったものの、霧の王の核である頭蓋骨……恐らくは斬首された海賊王の頭蓋骨の眼窩周辺を一寸ほど削るに留まり、その存在を打ち滅ぼすには至らなかった。


『貴様っ!

 この私に側腕(・・)を使わせるとは、なっ!』


 直後、新たに現れたもう一本の腕が裏拳の軌道を描いて振るわれるものの……「達人」の領域に達していた己は、その軌道を完全に見切っていた。


「……くっ、がぁっ?」


 だけど……無理な体勢で斬り込んでいた己には、その完全に軌道を見切っていた筈の拳を、躱すことが出来なかった。

 ギリギリで身体を背後にのけ反らせることで、致命的なダメージを喰らうことは避けられたのだが……それでも身体のサイズと重量が違い過ぎた所為か、己の身体は木屑のように吹っ飛ばされてしまう。

 周辺の景色が青空、海、砂浜と切り替わったかと思うと……己の身体は凄まじい勢いで砂へと叩き付けられてしまったのだった。


2021/04/12 20:20確認時


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[一言] 己くんはそうやってすぐに油断する!
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