05-46
「……さて、どんな歓迎をしてくれるんだ?」
霧の王の招待を受けた己は、少しだけ浮かれながら……それでも奇襲に対応できるように警戒だけは怠ることなく、骨片と白砂で築かれた道を歩いて行く。
踝すらも海水に浸からない、ほとんど水たまりと言っても過言ではない水深の浅瀬を、波紋と水音を立てながら歩き続けている間に、背後から黒真珠の連中が追い付いてきた。
「お、おい、ジョン。
幾らなんでも迂闊すぎるっ!」
「そうだぜ、どんな罠があるかっ!」
そう叫びながら走ってきたのは、銛を杖替わりに使って器用に走るゲッスルと、大きな櫂を担いだグデフ……そして、各々の武器を手に持った黒真珠の連中だった。
ボーガンや弓、銛やこん棒など……十数名の男たちが各々得意な武器を持って、応援に駆け付けて来たのだろう。
「お前らな。
これが罠だと分かってるんだろう?
……死ぬぞ?」
確実な罠に飛び込んできた命知らずの馬鹿共に向けて、己は振り返ることもなくそう忠告を放つ。
事実、コレが罠なのは確実なのだ。
ただし、演出好きの霧の王が自らの力を見せつけ、神兵たる己を真正面から叩き潰そうと待ち構えている……己が最も望む形の罠、ではあるが。
尤も……そんな自分のことを棚に上げ切った忠告など、生身の身体で六王に挑もうとする命知らずの馬鹿共には通じなかったらしい。
「へへっ、死地に迷わず飛び込む命知らずが道理を語ってやがる」
「それに、残された家族の面倒は全員で看る。
だからこそ誰もが勇敢に、仲間を見捨てず敵と戦う。
それが黒真珠の教えだぜ、義兄弟」
巨大な櫂を担いだグデフはそう嗤い……人を率いる立場のゲッスルはそう道理を説き……どうやら誰一人として帰る気はないらしい。
その勇敢さの理由こそが組織全体を一つの家族とすることで後顧の憂いを断つという、要するに現代の死亡保障みたいなモノというのが、勇敢さを金で買っているようで何とも言えない気持ちになってしまう。
現実問題、死後に残された家族が野垂れ死ぬとなると、家庭を持つ人間はそうそう命知らずな真似など出来る筈もなく……まぁ、それは家族を持った大の男が勇敢さを捻出するには仕方のないことなのだろう。
……生憎と剣に全てを賭している己には分からない感覚であるが。
「……ついてくるのは自由だが。
無駄には死ぬなよ」
「へっ、抜かせ。
腕が立つからって死なない訳じゃないんだ」
結局、説得を諦めた己はそんな捨て台詞を吐き……グデフがそれを笑い飛ばす。
この連中の命よりも帰りの便である船の操舵を懸念していた己は「最悪、泳いで帰れば良いか」などと考えつつ……そんな懸念すらもすぐさま思考から消え失せる。
何しろ、そんな会話をしつつも歩き続けていた己は、気付けば浅瀬の小道を抜け、中央部にあった島へと辿り着いていたのだ。
海岸線全てに砂浜が広がり、中心部には僅かな樹木が茂る……僅か数十メートル四方の小さなその島へと着き、己が最初の一歩を踏みしめた途端、足元からきゅっと奇妙な音が鳴る。
……どうやらこの島は鳴き砂で出来ているらしい。
これも演出の一つかと周りを見渡すと……広い砂浜の中心にポツンと小さな、木製の朽ち果てた台座が見える。
どうも処刑台のようなその台の上に、同じように朽ち果て原型をようやく保っているかのような、首のない人骨が転がっている。
「処刑された、海賊王か。
……迷惑極まりない叔父貴だが、こうなっては哀れなものだ」
その風化した死体を睨み付けながら、ゲッスルがそう吐き捨てる。
この男はこの男なりに、色々としがらみがあるのだろう……反逆を起こした身内を持った人間にとって、平和な世界なんて針のむしろに決まっているのだから。
だからこそ、将となれるほどの統率力を持つ筈のこの男は、こんな黒真珠などという「漁師の集まり」の皮を被った密輸組織に留まり、反社会勢力として生きるしかなかったのだ。
そもそも、港街では海の男なんて珍しくないとは言え、あれだけ大きな船を持てるほどの財力や人脈を持っていて、人を率いることに慣れた人間なんて限られているのだから……そう考えると、ゲッスルが海賊王の身内ってのは別に不思議なことでもないとも言える。
「……おい、ゲッスル。
おかしいぜ。
コイツが霧の王って話じゃなかったのか?」
「街の噂に過ぎなかったにしろ……霧の範囲から考えて、この島には何かがある筈だ。
だが……此処には死体しかない。
どうなっている?」
「おい、ゲッスル。
話が違うぜ、これじゃ……」
「もし、今、街が襲われたら……
どうすれば良いんだ?」
処刑台の死体を見た黒真珠の連中は、口々にそう騒ぎ出す。
どうやらここまでたどり着いた旅が全くの無駄足だったのではと、要らぬ不安を感じているのだろう。
特に一番ヤバいのが、街の防衛の要だった黒真珠の連中が出ている間に海の切っ先に攻め込まれることであり……あの街に残された家族を持つ彼らが動揺するのも無理はない。
「落ち着け、お前ら。
仮定の話をしても仕方ない。
まず、霧の王の痕跡が何かないか、この島の捜索を……」
そんな中でも黒真珠の長であるゲッスルは動揺を顔には出していないようだったが……流石にこの状況には少し不安を覚えているらしく、僅かながら声が上ずっている。
尤も……それがただの杞憂でしかないことなど、己には良く分かる。
何しろ、あの台座を見た瞬間から、吐き気を催すほどの凄まじい不快感が、己の全身の皮膚に突き刺さり続けているのだから。
猿の王、牙の王と相対した時に感じたのとほぼ同じこの感覚は、恐らく神兵が王と相対した時に感じる、絶望的に相容れない存在と向き合った感覚、なのだろう。
「……お前ら、下がれ。
演出好きの道化師のお出ましだ」
己がそう呟いたその瞬間、だった。
突如として処刑台の背後の砂が盛り上がったかと思うと……巨大な白い、右手としか思えない物体が砂の中から飛び出して来たのだ。
2021/04/10 17:35 投稿時
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