05-42
「まぁ、見てくれ。
どうやら、コレが霧の王の眷属、らしい」
昨日、己が骸骨兵を散々叩き壊した所為、だろう。
黒真珠の連中がそれらの骨片を拾い集め……出航に参加しない連中が徹夜で調べた結果を、今ゲッスルが義足を鳴らしながら己へと向けて来ている。
その厚手の手袋をした手の上には、死ぬ寸前と思われる一匹の管状生物が弱々しく蠢いていた。
「……蟲、だな」
「ああ。
コレが骨髄の内部に入り込んで、動かしていたようだ」
ゲッスルは顎で背後を示しながらそう告げる。
黒真珠の頭が示すその先には、黒真珠一の巨漢であるグデフ人骨を手に持ち、内部……骨髄の周辺が空洞になっている様を己の見せるように差し出していた。
「復活する骸骨兵の正体……要するに、砕けた骨をくっ付け直したのもコイツじゃないかって話だ。
詳しい話は分からんが、口元に石灰がどうのこうのと、学のある漁師の一人が言っていたぞ」
そう言いながらグデフが手にした骨には、確かに骨を継ぎ接ぎした後が見える。
骨折痕というよりは溶接跡に近い感じのソレは……言われてみれば折れた骨を繋ぎ合わせた跡に見えなくはない。
「要するに……霧の王の眷属は、骨に寄生する蟲ってことか」
結局、死んで塩の塊となったその蟲について二人が口にした結果をまとめると……正確には、黒真珠の学のある漁師が調べた結果をまとめると、この蟲は少しばかりサイズがおかしいものの、珊瑚虫の一種に近い生物らしい。
水の中に棲み、骨髄の中で骨を動かしながらも壊れた部位を修復する。
そうして新たな宿を求めて人間を襲い、海底に引きずり込んで骨の中に巣食う……ある意味ではカマキリを操って水没させ繁殖するハリガネムシに近いと言えるかもしれない。
ハリガネムシに例えるのなら、カマキリ本体を動かして溺れさせて繁殖するのか、骨を動かして別の個体を水没させることで強引に宿を造るのかというところに大きい違いはあるのだが。
まぁ、兎に角そういう凶悪な生き物で、霧の王の呪詛と海という生育環境が混じり合った結果、こういう形の生態を獲得したのだろう。
黒真珠の連中が幾ら抵抗を続けても、押される一方だった筈である。
何しろさほど強くない骸骨兵たちを幾ら叩き壊そうとも……数日で修復さた挙句、戦いで死んで海に引きずり込まれた人間が骸骨兵となって増えて戻って来るのだから。
学生時代にちょっとだけ手を出したゲーム的に言うならば、無限湧きする雑魚相手に消耗戦を続けても勝てる訳がない、という話だった。
「骨から引きずり出した時には霧を吐いていたからな。
恐らく間違いないだろう」
この生物が操る死体が陸に上がると、自分の身を乾燥から保護するためか、それとも単純にそういう生き物なのか、霧を吐き出す性質があるようだった。
どうも六王の眷属たちは生態系に従っているのか従っていないのか良く分からない性質を持ち合わせている。
どの王もこの世を呪った形をし、神聖エリムグラウト帝国どころかそこに住んでいる人間を一人残らず滅ぼそうとしている辺り、業が深いというべきなのだろう……屍の王だけが少しばかり異質ではあるが。
「……そう言えば、昨日見たな、コイツ」
ゲッスルの手の上に転がる生物をよくよく眺めてみれば、ブダイの仲間の腹を食い破って出てきた蟲である。
アレは、海底に転がっている死体に入っている蟲か、もしくは骨から外へと出たところを喰われ……それでも驚異の生命力を持って魚の腹を食い千切って生還した姿なのだと推測される。
「要するに、この蟲を殺せば霧の王を倒せるってことか?」
「何匹いると思ってんだ。
……霧の王本体を討つしか勝ち目はないぞ」
グデフの言葉を、ゲッスルはあっさりと否定する。
実際問題、無限湧きする雑魚相手に消耗戦を挑んだところで勝てる筈もない。
こちらは疲労は積もる一方で怪我もする、しかも死んだら生き返れない、弱い人間様でしかないのだから。
「つまりは、予定通りなんだろう?」
「ああ。
この霧を切り裂く剣号で、な」
身体の調子を確かめながら何気なくそう告げた己に、ゲッスルはにやりと不敵な笑みを浮かべて見せる。
そのネーミングセンスは兎も角として、やるべきことは変わらない。
昨日の敵の襲撃を受け止めた今、船に乗って相手の咽喉元を食い千切るだけだ。
「準備はもう整っている。
武器と弾は積み込んだ。
水と食料、薬や包帯も、だ」
そういうゲッスルは義足と共に、櫂らしき木剣を提げている。
どうやら腰の湾曲した剣はただの脅しというか、飾りに近い代物のようで……この海の切っ先では命が震えるような、剣と剣での果し合いが出来ないことが少しばかり残念に思えてくる。
それでも無限に湧く兵士たちを如何にして突破して霧の王を討つか……己の剣が一対一のためのものではなく、軍勢に通用するかを試す良い機会になるだろう。
「お前たちは沖に出て風を掴むまでの間、まず櫂を頼む。
船内には入って来ることはないと思うが……」
「任せておけよ。
入って来てもあんなスカスカの連中なんざ、殴り壊してやるさ」
己がそんなことを考えているなど知る由もないゲッスルは、グデフに対してそう指示し……グデフは巨大なハンマーを肩に担いで獰猛極まりない表情でそう告げる。
どうやらこの巨漢は船内に籠って櫂を漕ぐ役割らしく……己たちが乗り込む霧を切り裂く剣号とやらは、近海では櫂によって進み、沖に出ると帆を広げて走る帆船となるようだった。
船のことには詳しくない己は、操船には全く役に立つ筈もなく……しばらくは甲板に立ってただ揺られるだけだろう。
そうして己が何もしない間に、船内には十六人の屈強な男たちが入り込み……酒の所為でかなり記憶が吹っ飛んでいるが、全員があの晩、共に酒を飲んだ黒真珠の面々であり、どの顔にも見覚えがあった。
生憎と顔と名前が一致するほどには覚えていないのだが。
現実問題、誰も彼もが海上の力仕事によって鍛えられた身体の持ち主であって、武術に長けた者がおらず……剣の技量を至上とする己の記憶には深く残らなかったのだ。
「じゃあ行こうぜ、義兄弟。
霧の王の首を取りに、な」
「……ああ、船は任せた。
だが……戦いは、任せてくれ」
そうして己が甲板の上に備えられた椅子に座ったところで、ドックに残った男の手によって係留ロープが外され……そして船内にいるのだろうグデフを始めとする男たちが櫂を漕ぎ始めたことで、霧を切り裂く剣号はゆっくりと海へと進み始める。
そうして造船所を出たところで己の目に映ったのは……海の切っ先の住人が総出で見送ってくれる、まるで日本の戦後すぐにあったとかいう集団就職のような様相だった。
「……盛大だな」
人様に応援されるなんて闇賭博の頃以来……あの時もオッズが低い己には罵倒の方が多かった所為で、正直、己は落ち着かない気分にさせられてしまう。
事実……ここまで己の剣が誰かに期待されているなんて、初めてではないだろうか?
「ははっ、どうだ
負けられない気になるだろう」
「……当たり前だ。
己が、霧の王を叩き斬る」
己の武者震いを揶揄するようなゲッスルの声に、己は愛刀の柄を握って鳴らしながらそう答える。
正直、負けるつもりで剣を振るったことなどない。
だけど……こういう「負けられない」戦いに赴くような状況など、仲間たちを牙の王の眷属から逃がす、あの時に続いて二度目でしかない己は、少しだけ落ち着かない気持ちで息を大きく吸い込むのだった。
2021/04/06 20:15確認時
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