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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
117/130

05-41



「このっ、不浄の(ダウゼ)(ジァ)がっ!」


 昨日の酒宴で感染してしまったのか、そんな言葉……日本語にすると「くそったれ」「豚野郎」に近いこの国のスラング……を吐き捨てながら、(オレ)はドックを這い上がってきた骸骨兵の頭蓋を蹴飛ばす。

 己が習った剣術には下段を攻撃する術もあるが……この距離なら間違いなく蹴りをかました方が早いと判断したためだ。

 尤も……下段の斬撃と蹴りとを比べても、与えるダメージの差はさほどない。

 何故ならば斬撃で頭蓋を叩き斬ろうと蹴りで頭蓋をかち割ろうと骸骨兵共は死にはせず……ただ海へと叩き返すことには成功したのだから。

 ならば少しでも早い攻撃の方が有意義というものだ。


「ちっ、次から次へと……

 そりゃ、そう来るよなぁっ!」


 個で敵わないなら数で攻める……兵法として当たり前の行動に苛立っても仕方ないと理解しつつも、己はそう吐き捨てながら、ドッグへと登り終え近づいてきた骸骨兵の両腕を断ち切る。

 そもそも、骸骨兵共の予備動作は丸見えで、動作はさほど早くなく、運足も素人丸出しなのだから数に押し込まれる以外に喰らう要素なんてありはしない。

 ただし、人間ではないからこそ急所がなく、切っ先三寸斬り込んだところで意味をなさない相手であり……その辺りの間合いや認識の差が今回のネックになりかねないところだろう。

 そして、何よりも……


「っとととっ。

 踏ん張りが、甘いなっ!」


 突き出された槍を運足で躱してから薙ぎ払いで反撃しようとしたところ、そのまま身体が流れてしまい、他の骸骨兵の大上段を身体を投げ出すことで躱し……

 そんな有様に、己はただ笑う。

 四肢に力は入らず、踏ん張りは利かない。

 視界が揺れる所為で正中線は狂う。

 愛刀を振るっても軌道が数ミリ単位でズレる始末で、先ほど骸骨兵の両腕を断った時も思う通りの斬線が描けなかった。

 その余りの酷さこそも、己が求めていた死線の一つ、だろう。


「これこそが、常在戦場かっ!」


 人間、怪我をすることもあるだろう。

 体調を崩すことも、女と寝ている時も、便所に座っている時もある。

 そんな日常ですらも常に全力を出せる……いや、全力を出さずとも勝ち、生き残れるような心構えを持つ。

 それこそが常在戦場という覚悟で、現状はまさにそれを鍛えられている最中と言える。


「う、ぐっ」


 尤も……二日酔いという自業自得でこんな羽目に陥ったのは馬鹿以外の何者でもないのだが。

 己はこみ上げてくる嘔吐感を必死に呑みこみながら、大きく愛刀を振るうことで骸骨兵を牽制しつつ、一歩背後へと後ずさる。

 幸いにしてドック内が狭い所為か、さほど大勢の骸骨が上がってくることはなく、四方を囲まれずに済んでいる。

 両腕を断たれた骸骨が噛みついてきたのを、胸骨に蹴りを入れて吹っ飛ばして距離を取りつつ、斧を叩きつけて来た死体の頭蓋を真正面から叩き割る。


「……ちぃっ?」


 だが、頭蓋を粉砕されても骸骨兵は止まらない。

 残心を忘れていなかった己は、愛刀を踏み込む左足にかけていた重心を必死に引き戻し、全力で背後へと跳び、振るわれた斧を文字通り紙一重で何とか躱す。

 ただ飛び跳ねる程度の、剣を持ち始めた餓鬼でも簡単に出来る動作ですら、暴飲暴食で身体が重く脚の各関節や上体を支える筋肉が思い通りに動かない。

 己は追撃にまたしても斧を振るおうとした眼前の骸骨兵の肩関節へと愛刀を叩き込み、あっさりと腕を断ち斬ることに成功する。

 そうして振りかぶっているところを斬られた腕は、遠心力に従って明後日の方向へと飛んでいき、近くの骸骨兵の胸骨と脊椎を粉砕していた。


「……なる、ほどっ!」


 考えてみれば当たり前の話で……コイツらの相手に愛刀を振るう必要などないのだ。

 ああして斧などの重量のある武器を振るえば……もっとリーチが長くて重量のある、例えば、このドックに置いてある木の櫂などでぶん殴ってしまえば、この最悪極まりない体調でも楽に骸骨兵共を蹴散らせるに違いない。

 違いない、のだが……


「誰がっ、使うかっ!」


 その誘惑を断ち切って、己はそう叫ぶと……愛刀「村柾」を鞘へと納め、鞘の下緒を鍔へと巻きつけて離れないようにし、そのまま全力で愛刀の形をした鈍器を振るう。

 自分でも馬鹿な行動をしているとは思っている。

 かの宮本武蔵でさえ、佐々木小次郎と相対した時にはリーチの不利を補うために櫂を手に取ったとの逸話も残っているくらいなのだから。

 だけど……


「己は、剣士だっ!

 剣を振って勝つっ!」


 その信念が己の脳裏から離れない。

 勝つだけならば自由に天賜(アー・レクトネリヒ)を使ってやれば済む話なのだし、それを言い始めると懐に銃を持っていれば、その銃弾を放つことを躊躇わなければ、凡その剣士には苦もせず勝てることだろう。

 だが、それを認められないからこその剣士であり……数の有利を作り出して勝つ兵士でもなければ、どんな武器を用いてでも相手を倒す戦士でもなく、剣を振るって勝つことに命を懸けるからこその剣士なのだ。

 馬鹿と言えば馬鹿でしかないが……その馬鹿な生き方を貫くことこそ、剣士としての本懐だと己は信じる。

 とは言え、愛刀を鈍器へと変えてから、戦いはかなり有利に運び始めていた。

 何しろ鈍器でぶん殴れば、頭蓋を叩き壊すついでに相手の別の部位も崩れるし、鎖骨へと愛刀を叩き込むだけで脊椎までもがぶっ壊れてくれる。

 何より刀身が痛むことを……刃毀れや歪みなどを意に介すことなくただ力任せに愛刀を振るえるという事実が、このアルコールにやられて歪んだ斬線しか描けない身としては非常にありがたい。

 気付けば眼前の敵すら見えないほどに霧が立ち込めてきたものの……殺気が分かる。

 見えずとも相手の位置が、理解出来る。

 相手が霧の王により動かされている骸骨兵だということもあるのだろうが……牙の王との戦いで目覚めた「心眼」擬きの精度がますます増していて、視界が悪いことすらも気にならないほど勘が冴えわたっている。

 更に、動き回った所為でアルコールが抜けて来たのか、それとも余りにも不利な状況に陥ったことでいつもの「達人の領域」へと入ったのか。

 身体は相変わらず思い通りには動かないものの、少し遅いながらも骸骨兵の攻撃を避けると同時に叩き壊す最善の動作を描き続け……次から次へと骸骨兵を打ち払っていく。

 何よりも敵の現在位置が、一挙一刀足が、次の行動が分かるのだから、自分の愚鈍な身体でも避けられる余裕を持ち続け、遅い斬撃に機を合わせて狙うよう心がければ、もはや敗北どころか手傷を負うことすらあり得ない。


「おい、ジョンっ!

 大丈夫、か……」


「……マジ、か。

 六王を討つ神殿兵(ハルセルフ)とは、此処まで強い存在なのか」


 結局。

 黒真珠の連中が援軍に訪れた時には、霧も随分と晴れ……己の周辺には砕かれた骨が散らばって床が見えないほどの惨状となっていたのだった。


2021/04/05 19:55確認時


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