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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
114/130

05-38


「……こうして釣りをするのも久々、だな」


 翌日。

 やはりやることのない(オレ)は、船の上に立ちながら竿を手に持ち、海面に浮かぶ浮きを眺めていた。

 時間があればぶっ倒れるまで素振りをするのが己の日課なのだが、流石に霧の王との戦いを控えた状況で翌日に疲労を残すような愚行は犯せない。

 そうして釣りに出た己だったが、幸いにして今日は霧が多くない日のようで……黒真珠の連中曰く「霧は潮の満ち引きと同じく波がある」とのことである。

 その理屈を知っている者なら考えることは誰しもが同じらしく……海岸沿いの岩場から船着き場に至るまで、海の切っ先(レテ=シェールテス)の住人が大勢押し寄せて釣りをしている、一見異様な光景が広がっている。


「炎の王の所為で黍粉(シェンファ)が入らず、牙の王の所為で家畜が全滅中……か」


 ついでに言うと、猿の王の所為で鹿や兎などの野生動物の肉が全く手に入らない……牙の王と猿の王が滅んだところで流通が回復している訳ではない現状では、海の切っ先(レテ=シェールテス)の住人たちが食べられるモノと言えば、魚以外はなく……こうして晴れた日は全員が食料を求めて海岸沿いに集うらしい。

 逆を言えば……こうして釣りをすれば食糧に困らないことこそが、この街から住民が逃げ出そうとしない理由でもあるだろう。

 何しろ、流通が寸断された首都は黍粉(シェンファ)も肉も魚も水すらも足りておらず、それ以外の街も六王の攻撃によってボロボロで……他と比べるとまだこの街は遥かにマシな状況、と言えるだろう。

 これでも話に聞くところによると、帝国第二の都市なのだ。

 尤も、街の住人全員が食料を必要としているとは言え……こうして海の上に小舟を浮かべるほど命知らずは己以外にはいないようだったが。


「まぁ……釣りとしては面白くないけどな」


 そんなことを考えている内に、あっさりと浮きが沈んでいき……一拍待ったところで己は釣竿を引き上げる。

 釣竿から繋がる糸の先には、ヒレを左右二つずつ計四つも持った、己が知るのとは少し違うアジみたいな魚が針に引っかかってぴちぴちと踊っていた。

 ちなみにこれで本日の釣果は二時間も経たずに十六匹となっており……はっきり言って入れ食い状態である。

 剣術のみに人生全ての成長点を割り振っていると自覚している己の釣り技量はほぼ素人に等しく……これは己の釣りが上手いのではなく、単純にこの湾口の魚が異様に多いだけなのだろう。


「言いたくはないが……これも霧の王の恩恵、か」


 霧の王が操る骸骨共は殺した相手を海の中へと連れて行くと言われている。

 それらの死体がまた骸骨となって襲い掛かってくる……武器や装飾品から海に引きずり込まれた知り合いだが骸骨兵になっていると分かったことがある……と言うのは黒真珠の連中から聞き出した話だが。

 ちなみにソイツは、グデフ……あの巨漢が泣く泣く櫂で手足と頭蓋とをぶっ壊したのだが、数日後、何事もなかったかのように元のままの手足と頭蓋でまた襲い掛かってきたのだとか。

 それは兎も角、海に引きずり込まれた骸骨兵の原料たちが身に纏っていた血肉がどうなったかというと……恐らく海底面に棲む微生物やカニなどの餌になっていて、それらを餌とする小魚たちが数を増やし、さらにその小魚を喰らう魚が増える……という食物連鎖が生じているに違いない。


「そらよっと」


 そして、その食物連鎖の頂点に立つ……もしくは最下層へ落ちる可能性のある己は、アジっぽい魚を魚籠へと放り込むと、餌である「脚の生えたミミズっぽい蟲」を針にぶっ刺し、竿を軽く振ってまたしても海面へと放り投げる。

 勿論、それらの動作は全て船上に立ったまま、正中線を保ちつつ、だ。


「時代劇のドラマで見たが……けっこうキツイなコレ。

 体幹と平衡感覚の鍛練、だったか」


 ……何故そんな阿呆なことをやっているかと言うと、単純に剣術の修行のため、である。

 次の戦いが船上であることに不安を覚えた己は、ゲッスルに頼んでこの小舟を貰ったのだ。

 基本、霧の王の襲撃があった翌日は霧が退くというのとを聞いた上で、だが。

 それを知っていても、街の人間どころか黒真珠の連中ですら誰一人として船には乗ろうとせず……だからこそ己がこうして操舵を意識することもなく、船上で一人のんびり釣りを楽しめる訳である。


「……霧の王との戦いは、次の襲撃があった直後、か」


 そして、連中の言葉を借りると「カチコミの日」は、次に霧の王の襲撃があった翌日……要するに、敵の攻撃を凌ぎ切った直後の、相手の領域である霧が退いたタイミングで、電光石火のカウンターを決めて一気に本丸を狙う寸法らしい。

 街を襲い続ける霧の王も他の王たちと同じならば、憎悪に狂っていると思われるものの……それでも知恵があり、力もある相手である。

 こちらの思惑が通じるかは半々というところだろうが。

 船の上に揺られて水平線を眺めながら、己が霧の王との戦いに思いを馳せる……そんな最中のことだった。


「ちっ、引っ掛け……デカいっ?」


 釣れたと言うか、引っかかったと勘違いするほど大きな魚が釣れたと言うか。

 波に揺られながら物思いに耽っていた所為で、釣り始めた場所から少しだけ移動してしまったらしく、針が岩か何かに引っ掛けた感触に、己は慌てて釣りに意識を引き戻す。

 とは言え、そこまで釣りに手間をかけるつもりもなかった己は、針を壊すつもりで強引に竿を引いてみたのだが……どうやら岩に引っ掛けたと思ったのは勘違いだったらしく、引き上げた糸の先にはブダイの仲間のような歯が突き出た魚が釣れていたのだ。

 その妙な形の魚は元気に暴れ回っており、このまま放置していると糸が切れるか針が食い千切られそうだと慌てて己が竿を引いて掴もうと手を伸ばした……その時だった。


「ぅおおっ?」


 その魚の腹から、突如として変な蟲が……触手に棘の生えたイソギンチャクのような蟲が、腹を食い破って出てきて、そのあまりの異様さに己は思わず悲鳴を上げる。

 変な蟲のサイズは中指程の長さに子供の小指ほどの太さで、別に脅威でも何でもない生き物ではあるものの……釣った魚からそんなものが出てくる不気味な様を、不意打ちで目の当たりにしてしまった側としては、少しばかり驚いても不思議はないだろう。

 慌てて逃げ出したことで海面への落下角度が悪かったのか、一瞬、海面に水蒸気が浮かんだ気がしたが……まぁ、海上にいるのだから少しばかり変わった波が立つこともあるに違いない。

 

「……こっちのアニサキスは元気だ、な?」


 その蟲を直視してしまった己は結局、少しだけ呆れた声で現実逃避気味にそう小さく呟くと……こっちで刺身は喰わないようにしようと心に決めるのだった。


2021/04/01 21:57投稿時


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― 新着の感想 ―
[一言] 中途半端にリアルな世界だから骸骨どもも動くための何かしらトリックがあるんだろうな。今回の寄生虫がその種かどうかは微妙だが。連続寄生虫は違うと思うし、何より肉のない骸骨のどこに寄生虫が入るのか…
[一言] 骸骨の寄生虫かな?
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