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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
113/130

05-37


 この湾口の街……海の切っ先(レテ=シェールテス)は現在、霧の王の侵攻を受けている。

 その霧の王の侵攻に対抗している黒真珠という海賊崩れの集団があり……それを率いるゲッスルという大男から凡その概要を聞いた(オレ)は、静かに大きく息を一つ吐きだした。


「……要するに、連中は海を制圧している海賊王とやら、だと?」


「ああ。

 霧の王が出始めた頃、最初に襲い掛かってきた骸骨共の服装から判断した。

 海賊王を名乗って反乱を起こし、終には討ち取られ斬首された男の死霊こそ、霧の王……それが俺らの見解だ」


 ゲッスルは大きな海図をテーブルに広げ、同時に紅色の小石……珊瑚の破片らしきモノをその海図の上へと並べ始める。


「これが、俺たちの漁船が沈められた地点で、日々その範囲が広がっていったのさ。

 んで、この位置が海賊王が処刑された小島だ。

 霧の範囲は徐々に広がっていったんだが……ああ、分かりにくいとは思うが」


 次にゲッスルは藁を何本か海図の上に散らばらせていたのだが……生憎と己は、海図の読み方すら分からないので、この大男が一体何をしているのかすらさっぱりだった。

 それでも最低限のことだけは分かる。


「……つまり、この島に霧の王がいる、と?」


「間違いなくな。

 だが……そこまでたどり着く手立てがない。

 船は殆ど連中に沈められ……いや、乗っている人間ごと霧に呑まれ行方不明だ」

 

 そう告げる義足の男……ゲッスルの表情は悔しげで、恐らくは身内か友人がその行方不明者の中にいたのだろうと思わせるには十分だった。

 いや、黒真珠の連中全員が同じ表情をしているのを見る限り……今まで見て来た、炎の王を討とうとしていたデビデフたちや、猿の王と戦い続けていた森の入り口(バウダ・シュンネイ)、牙の王を食い止めていた草原の盾(パル・ダ・スルァ)と同じように、この港街でも限界ギリギリの戦いが続いていたのだろう。


「それを打開する策はあるのか?」


「……当たり前だ。

 延々と湧き続ける骸骨共を相手にこのまま防衛を続けていても、こっちは消耗するばかりってのは思い知っている。

 こんなくそったれな状況を打破するためには、黒真珠全員で乾坤一擲の突撃をかけ……霧の王が座するだろう、この島へ直接殴り込みをかけるしかないってのも、な」


 ゲッスルは自嘲気味にそう呟くと、顎を造船所の内部へと……正確には船を浮かべる筈のドックと呼ばれる場所へと顔を向ける。

 己がそちらへと振り向くと、そこは海水を完全に抜かれた乾ドックとなっており、内部には一隻の船が……底に鋼鉄板の貼られた一隻の船が座していた。


「……アレが?」


「そうだ。

 霧を切り裂き連中に一撃を喰らわせる……その名も霧を切り裂く剣ハルセルフ・ルト・シャール号だ。

 四度霧の王を討つために出航し、四度も帰還した、この街最高の船さ」


 それは、己が知っている船と比べるほどに大きくはなく……近場で釣りをする漁船よりは大きいものの、遠洋漁業用の船よりは大きいくらいで、恐らく十数メートル程度だろう。

 船の前側に大きな帆柱を持ち、帆は折り畳まれて形は分からないが、船そのものの形は鋭利な三角形に近い構造であり……その名の通り尖った剣のような形をしていた。

 その船と己の記憶にある船が大きく違うのは、船縁にネズミ返しのある木柵が設定されているところ、だろうか。

 

「……よく戻って来れたもんだ。

 沖でも連中に……骸骨共に襲われたんだろう?」


 霧を切り裂く剣ハルセルフ・ルト・シャール号という派手な名前の船を眺めながら、己は小さくそう呟く。

 胸中の「何故壊されずに戻って来れたんだ?」という疑問を隠すつもりもなかった所為だろうか。


「アイツらは生きた人間しか襲わないからな。

 船が壊されることはなく……ついで言えば、この船だけは毎回毎回、帰れる船員だけはギリギリ残されるという御慈悲付きだ。

 速い話が霧の王は、俺たちの抵抗を嘲笑ってやがるんだろう。

 だからこそ……その驕りが命取りになると、教えてやる」


 ゲッスルは歯を食いしばりながら、義足となっている右足を床に叩き付け……吐き捨てるようにそう告げる。

 これは想像でしかないが……あの右足の義足と眼帯で隠されている右目は、そうして沖合で「帰れる船員として残された」時に奪われてしまったのだろう。

 そして、四肢を奪われる激痛と恐怖を憤怒で乗り越え……コイツは霧の王を討つために再度出航しようとしていて、そこに己が現れた、という訳だ。

 もし己が来ずともこの男は霧の王に一矢を報いようと出航していていたに違いない。

 もしかしたら、ゲッスルが今まで死なずに生き延びたことや心を折られなかったこと、このタイミングで己がこの場所へと訪れたことの全てが、(アー)の導きの結果なのかもしれないが……剣士として生きる己としては、(アー)の恩恵なんぞよりも四肢を失い血反吐を吐いてまで生き延び、まだ戦おうとしているこの男の生き様を讃えるべき、だろう。


「とは言え……目的の島の周辺は、この通り環礁になっていてな。

 無理矢理突っ込んでも座礁して一発で終わる。

 唯一船が入れる……このルートを辿らなければ、な」


 そう言いながらゲッスルは海図を指差すものの……やはり剣術ばかりで生きてきた己は海図なんて読める訳もない。

 ……操舵に関してはコイツに任せる他ないだろう。


「正直、もう限界だった。

 あと三度も襲撃があれば、こちらがすり減ってしまい……もう乾坤一擲の突撃以外に策がないと思ってたんだ。

 あんたが来てくれて……助かったよ、ジョン」


「……なるほど。

 あの爺さん……いや、エーデリナレが霧の王を早く討ちに行けと言う訳だ」


「……まぁ、今日あんたが来るとは知らされてなかったんで、食糧と武器の積み込みにもう二日はかかるがな」


 これはあくまでも己の想像でしかないが、己が猿の王を討った時点で……己が(ダウズハルト・アー)を討つ力を持った(アー)(ハルセルフ)であると確信が持てたところで、神殿の連中はこの海の切っ先(レテ=シェールテス)と共闘体制を取ろうと考えていたのだろう。

 しかし、この街の神殿勢力は既に全滅して……死にはせずとも戦意を失い逃げ出した連中しかいないことを考えると、戦力としては完全に壊滅していると断言できる有様であり、もうこの街には反社会的勢力に近い黒真珠の連中しか残っていなかった。

 神殿の連中もそれを素直に上司へと……エリフシャルフトの爺さんへと告げることが出来ず、だからこそエーデリナレもそれを知らず、結局二人は己に「早々に霧の王を討て」と告げることしか出来ず。

 街の中に神殿勢力がいなくなったことで、己は案内役を与えられず、こんな殴り込みのような真似をする羽目に陥り……黒真珠の連中も六王を討つ(アー)(ハルセルフ)の存在は知らされても、いついつに出発するという情報までは与えられておらず、出航の準備が整ってないのが現状、という訳らしい。


「……餓鬼の使いよりひでぇ」


 その原因は、組織内の上位下達が壊滅している所為か、それとも己が神殿の連中が思うよりも早く海の切っ先(レテ=シェールテス)に到着した所為か。

 もしかすると、エリフシャルフトの爺さんが己の思うが儘に任せている方針と、エーデリナレが組織的に六王を討とうとする、その辺りに齟齬がある所為かも知れない。

 まぁ、理由はどうあれ……己はこの海の切っ先(レテ=シェールテス)で二日間の足止めを食らうことになったのは確定らしい。

 それを休息と見るのか、暇と受け取るのかは、己次第というところだろう。

 エリフシャルフトの爺さんだと、「(アー)の御意志による」とか言いそうではあるが……生憎と神の持ちし剣(アー・ハルセルフ)と呼ばれている筈の己自身は、そこまで(アー)を盲目的に信じることは出来ないのだが。


「じゃあ、取りあえず俺たちはカチコミの準備をする。

 あんたは、此処で休んでくれ。

 お前らっ!

 準備を始めろっ!」


 そう言うと黒真珠の連中は慌しく散らばって行き……どうやらこの号令があれば、全員が何をするべきか、しっかりと指示が出来ているらしい。

 その命令系統の外にいて一人取り残された己は肩を大きく竦めると……向かうべき場所もやるべきことも見当たらないこの状況に溜息を一つ吐き……ここしばらくの実戦で筋量のバランスが崩れてないかを確かめようと、静かに愛刀「村柾」を抜き放つと、動きを確かめるための素振りを始めたのだった。


2021/03/31 20:47投稿時


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