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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
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05-34


「何を考えておるんじゃ、お主はぁあああああああああああっ!」


 霧の王の眷属らしき骸骨兵たちを追い払った(オレ)を待っていたのは、額に血管を浮き上がらせた爺さんのそんな叫び声だった。

 まぁ、この宿の主人の爺さんからしてみれば叫びたくなるのも当然で……霧の中には化け物が棲んでいて行方不明者が続出しているというのに、そして扉の外には明らかに化け物が迫っているというのに、己はドアを蹴り破って外へと自ら躍り出て、愛刀を手に切った張ったの大激戦を繰り広げたのだ。

 己の戦闘技量を知らず……自身も戦闘能力を持たず、必死に宿の中に隠れていた爺さんからしてみれば、ただの自殺行為にしか見えなかったことだろう。

 そう考えれば……こうしてブチ切れるのも仕方ないと言える。


「まぁ、そう叫ぶなって爺さん。

 上手く追い払えたんだから、良いだろう?」


「良くないから叫んどるんじゃっ!

 そもそもあんな化け物共と好んで斬り合うなんざ、お主が(アー)の御加護を頂いておる神殿兵(ハルセルフ)じゃとしても無謀が過ぎるわっ!」


 適当に宥めて嵐が過ぎ去るのを待とうとする己の戦略は、額に血管を浮き上がらせた爺さんのそんな叫び声によってあっさりと頓挫してしまう。

 尤も、適当に呟いた言葉でも……そして衝動に駆られて武器を手に暴れただけの行動でも、何らかの意味はあったらしい。


「なぁ、神官(セリカ)……いや、神殿兵(ハルセルフ)さん。

 あんた、もしかしてアイツらと戦うつもりでこの街へ来たのか?

 なら、街のまとめ役である黒真珠の連中のところへと行くと良い」


 己の戦闘力を知ったから、だろう。

 さっきまでこちらの身を案じてか怒っているふりを続けていた爺さんだが……己を護るべきお客としてではなく、霧の王に対抗し得る戦力だと判断したらしく、表情を一変させ穏やかな声でそんな提案を持ちかけてきた。


「……黒真珠?」


「ああ、もともと海賊くずれ共が密貿易を……い、いや、ちと血の気の多い漁師たちが集まった寄り合い所帯だったのじゃがな。

 この街にいた衛兵どころか神殿兵(ハルセルフ)までもが逃げ出したこの有様になっても、まだアヤツらは戦うのを諦めておらぬ。

 まぁ、沖合に船を出しては、怪我をして逃げ帰ってくるばかりではあるがの……」


 爺さんの話をまとめると、帝国に編入される前は元私掠船をやってた海賊の残党共が、正規軍が壊滅した今でも未だに諦めず、霧の王に対して抵抗活動を行っているということらしい。

 己もその類の、血の気の荒い向こう見ずだと思われているようだったが……まぁ、実際のところ、(アー)(ハルセルフ)だろうとチンピラだろうと、骸骨兵を相手にしてやっていることと言えば命のやり取りでしかなく、両者にそう大きな差はないのが実情だった。

 そして、黒真珠の連中の拠点はよく目立つ場所にあり……霧の王の骸骨共を追っ払った今なら霧もかなり晴れているから、海に近づけば一目で分かるだろう、とのことである。


「じゃあ、行ってみる。

 世話になったな、爺さん」


「ったく、客にもなりやしないんじゃ、商売上がったりだ。

 取りあえず、神の(アー)恵みを(プジャフ)を」


 善は急げとばかりに踵を返した己に対し、宿屋の爺さんはそんなお決まりの聖句を己に向けてくる。

 これじゃどちらが聖職者か分かりやしないと己は肩を竦めると……そのまま、爺さんから話を聞いた、黒真珠とやらの住処へと足を向けたのだった。



 

「……此処、か。

 なるほど」


 爺さんの話を聞いて一直線に黒真珠とやらの巣窟へと向かった己だったが、確かに爺さんが詳しく説明しなかったのも納得できる。

 何故ならば、爺さん曰く「一目で分かる」との言葉に嘘偽りはなく……この国の文化に詳しくない己であっても分かるほど、その店は異彩を放っていた。

 本来ならば、造船場……そう呼ぶべき場所なのだろう。

 しかしながら、城ほどもあるその建物は、今や別の代物へと化していた。


「……城塞、だな」


 周辺を拒馬槍のようなバリケードで囲い……ただ護るだけではなく、狩場を作る工夫をしているのか、そのバリケードは途切れ途切れの歪んだ六芒星のような複雑な形をしていた。

 その上、酷く雑な代物ではあるが空堀があちこちに掘られ、更に簡単なロープが水平に張られて足を奪うなどの幾重もの仕掛けが張り巡らされ、骸骨兵の進撃を遅らせる役割を果たしている。

 海側の岸辺にはネズミ返しのついた長大な壁が作られていて、知能のない骸骨兵では海側からは侵攻できないのは明白であり……ボロボロに痛んではいるものの造りが丁寧なコレは恐らく、霧の王に対抗するために突貫で造られた施設ではなく、霧の王が現れる前からあった「海賊や外国からの侵略者への備え」だと思われる。


「……なるほど。

 足止めをしてから、叩き潰すって訳だ」


 更には建物の屋上には幾つもの投石機が並べられていて、あれらも近づいてきた骸骨兵を打ち砕くための攻撃兵器の一つだろう。

 他にも周辺に長柄のハンマーや小型の櫂、拳大の石がごろごろと散らばっていて……あれらの武器で先ほどの襲撃を退けたに違いない。

 とは言え、それほどの設備を備えていても流石に無傷では勝利出来なかったらしく、数人から十数人分と思われる血の跡があちらこちらに散らばっていたが。

 そうして己があちこちに残されている戦闘の痕跡に注意を払いながら黒真珠とやらのアジトへと近づいていくと、造船所の内部から刺すような視線が向けられてくる。

 どうやらお目当ての相手が引っかかったらしい……そう己が予想し、愛刀の位置を確かめるように左手で鯉口に触れた、その時だった。


「てめぇっ、ここで一体何をしてやがるっ!」


 そんな、まさに海の男という野太い声が己へとかけられたのである。


2021/03/28 08:21投稿時


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