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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
109/130

05-33


 

「ちっ、キリがねぇ」


 十四体目の骸骨の頸椎を叩き砕いた(オレ)は、ため息と共にそんな愚痴を吐き出していた。

 実際問題、この骸骨共はそう強くない……動きは単調で速度も常人のそれを超えることはなく、技術もなくただ素人丸出しの攻撃を続けるばかりで、戦術どころか隣のヤツと連携する様子すら見せず、「ただ数が多く怯まないだけ」という有様なのだ。

 五体目を叩き壊した辺りからもう未知の敵という楽しさは薄れ、今や完全に作業へと化していて……正直、己はもうコイツらを相手するのに飽きてきていた。

 そうして雑になってしまった所為だろう。

 頸椎を砕かれ頭蓋が吹っ飛んだ筈の骸骨兵が、特に怯む様子を見せることなく、己に向かって錆びた剣を振り下してくる。


「……っと、つい癖で。

 急所がないってのも鬱陶しいっ!」


 直後、慣れた足運びで振り下された凶器の軌道上から身を逸らし、仕返しとばかりに愛刀「村柾」の振り下しを、その剣を握る右手首へと叩き落す。

 どうもこの骸骨兵たちの関節部は動物性の何かで接着されているだけらしく、こうして強打を与えてやることであっさりと引き剥がれ役に立たなくなる。

 その辺りの原理を解明することが、この霧の王を倒すための手掛かりになる、気がするのだが……


「くそったれっ!

 己はっ、冷静にっ、観察したいっ、んだけどなっ!」


 真正面から振り下されようとしている斧の軌道を見切ると、リーチ差を生かして被せるように愛刀を振るってソイツの鎖骨を叩き割り、返す刀で横合いから薙ぎ払われた槍を断ち切り、突き出された短刀を身体を捻って躱しながら柄を相手の脊髄へと叩き込んで転がす、と同時に背後へと大きく飛んで仕切り直しを図る。

 そんな一呼吸の間に四度の攻撃を仕掛けられ、カウンターで二体を倒し一体の武器を奪う……ほぼ己が一方的に骸骨兵を圧倒している状況ではあるものの、戦況自体は全く変わる気配がなかった。

 骸骨共の知恵が足りないのか、それとも海中では弓の維持が出来ないのか、飛び道具がないのが救いではあるが……それでもキリがないにも程がある。


「霧の所為で終わりが見えないのが、地味にキツいな」


 己は汗を拭いながら、静かにそう呟きを零す。

 現実問題、十体斬ろうと二十体叩き壊そうと霧の向こうから迫ってくる敵の数は一向に減る様子を見せず、同胞が討たれているのに怯む気配すら見せやしない。

 終わりの見えないマラソンと同じで……体力よりも先に気力を奪われてしまう。

 目に見える数で言えば牙の王の率いる牙獣たちの方が遥かに多く、更に牙獣の方が速度・攻撃力・連携の全てが格段に上だったのだが……あちらの方が痛み鳴き怯んでくれ、更には限りが見えていた分、精神的には楽だったのかもしれない。

 そうしてまた一体の、厚手の短衣とズボンを着込んだ骸骨兵の鎖骨の上腕骨との間……人間であれば肩関節がある辺りに愛刀「村柾」の峰を叩き込み、腕をもぎ取ることに成功した。

 ……その瞬間だった。

 眼前の骸骨兵の腹部……人間であれば肝臓か胃がある辺りの短衣から突如として槍の切っ先が突き出てきて、己の胃辺りをまっすぐに狙ってきたのだ。


「……ぅ、ぉっ?」


 完全に虚を突かれた己は……基本的に、生きている人間であれば「仲間の腹を突き破って槍を突き出そうとはしない」という当然の(・・・)思い込み(・・・・)を狙われた己は、回避動作が完全に一拍遅れてしまう。

 それでも何とか柄頭でその錆びて鈍い槍の切っ先を逸らし、脇腹の皮一枚を掠らせた程度で済んだのは日ごろの鍛錬の賜物だろう。

 ……いや、単純にこの骸骨兵共の動きが常人のそれよりも遅いだけ、なのかもしれないが。


「ちちっ……やれば出来るじゃないか」


 完全に肝を冷やした己は、心なしか早くなった鼓動をそう笑い飛ばすと、三歩ほど後ずさって愛刀を構え直しながら、息を吸い……大きく吐き出す。

 動作が緩慢で連携も取れない雑魚だと気を抜いていた、その心の隙を狙われてしまったのだから、こうして一度は仕切り直しをして気を入れ直す必要があったのだ。

 気合を入れ直した己は、愛刀「村柾」の峰を返したまま正眼に構えると、骸骨兵たちとの間合いを計るべく、すり足で慎重に前へと踏み出していく。

 とは言え、考える脳ミソすらない……実際に頭蓋を叩き壊しても中身には塩水か霧か、珊瑚っぽい何かか変な蟲が蠢く程度しか入っていない相手である。

 そんな脳みそのない連中が、気を入れ直すだとか間合いを計るだとか……そういう「こちらの事情」なんて考慮してくれる筈もない。


「……お、おい?」


 仕切り直すために距離を開けたのが悪かったのか、不意に骸骨兵たちが霧の向こう側に姿を隠したかと思うと……辺り一面に漂っていた嫌な空気があっさりと霧散していく。

 慌てた己は追い打ちをかけようと一歩前へ踏み出すものの……霧で視界が限られる上に、先ほど完全に不意を突かれた所為で警戒心が残っていたこともあり、全力で前へ踏み出すことは躊躇われた。

 そして、その躊躇いが己から追撃の機を完全に失わせてしまったらしい。

 気付けば、己の眼前に広がっていた一面の白い霧はゆっくりと薄まって行き……そうして晴れた視界からは、無限を思わせるほどに次から次へと現れていた骸骨兵たちの姿は、影も形もなくなってしまっていた。


「……影も形も消え失せる、か。

 まるで幻影と戦ってた気分だ、くそったれ」


 己が思わずそう呟いた通り……先ほどの戦いで己が斬り落した骨の腕や指先、骸骨兵の四肢の跡など、連中の身体の破片らしき部位はその場に一切残されていなかったのだ。

 尤も、さっきまでの戦闘がただの夢や幻ではなく実際に骸骨兵が存在していた証拠として、連中の着ていたらしき服の一部や、あちこちで水たまりを作っている海水らしき水たまり、眼窩や服の中から零れ落ちた海藻など……そんな細々とした証は、石畳の道路の上に散らばっていたのだが。


2021/03/27 09:11投稿時


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