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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
106/130

05-30


「流石は港街への街道。

 ……整備、されていたん、だな」


 帝都から南東の港街までの街道を真っ直ぐに歩いてきた(オレ)は、周囲を見渡しながら小さくそう呟く。

 事実、その街道は他の……森の入り口(バウダ・シュンネイ)草原の盾(パル・ダ・スルァ)までの街道と比べても広く、この国を走り回っている六本脚の馬車擬きが行き違えるよう規格で作ってある上に、道路の幅にはしっかりと煉瓦が敷き詰められている。

 だが、そんな行き届いた整備も今は昔の物語。

 敷き詰められていた筈の煉瓦の隙間からは雑草が生え始めていたり、馬車の車輪跡は明らかに摩耗して削れていたり、ところどころ欠けていたりと……十全に整備されていた時代はもはや過去になり果ててしまったのだと、その道路は雄弁に語っていた。

 霧の王によって南東の港が使えなくなったことにより、通行量が激減し……整備する必要性がなくなったことのが主な要因に違いない。

 付け加えるなら、整備費用を軍事費に転用して……要するに、街道を整備する人夫たちを兵士として動員したことも原因の一つとして挙げられるだろう。


「……エーデリナレが早く霧の王を討てって言っていたのは、そういう理由か」


 日本史世界史を問わず、近代までの歴史を読み解く限り……水運が非常に重要な役割を果たしていたことを疑う余地はないだろう。

 自動車などの陸上運輸が発達していないこの国もそれは同じで、霧の王が内湾を占拠するまでは、やはり水上輸送が重要な役割を担っていたに違いない。

 そうして物資不足に陥っている帝都を救う策の一つこそ、己に言い渡された「霧の王討伐」という訳だ。


「……話を聞く限り、そこまで害はなさそうだがなぁ」


 眷属の毒蟲を操って帝都を落すべく穀倉地帯を壊滅させ……屍の王が水門を切り替えることで河を氾濫させて防がなければどうしようもなかった東の炎の王。

 森を制圧し、帝都を燃料不足に陥れはしたものの、森から離れれば猿を数匹程度放つのが精いっぱいだった南西の猿の王。

 大勢の牙獣を操りながらも一気に帝都に攻め込むのではなく、じわじわと民を餌にすることで勢力を拡大しつつも……砦で何とか食い止められていた北西の牙の王。

 そして……北の墓地から出ようとしないとは言え、炎の王から帝都を護るために水門を操ったことで聖都を極限の水不足に陥れていてしまった屍の王。

 それら他の六王と比べると、湾口を制圧しつつもそれ以上打って出ようとしない霧の王はそこまで優先度が高くないように思える。

 が、それはあくまでも人的被害だけの話。

 エーデリナレが口にした「皇妃の出身地」とかいうのも理由の一つだろうし、もしかすると、国外からの富を欲する貴族やら他国との外交的な問題やらで海運を早急に復旧させるように神殿へと要望が入っている、かもしれない。


「ま、政治的なことを考えても仕方ないか」


 そんなことを呟きながらも己は愛刀「村柾」に手をやると、なるべく音を立てないように鯉口を切っていつでも抜ける体勢を取る。

 気付かれているのを悟られないように音を立てず……だけど歩く速度を心持落しつつ、何処からの攻撃にも対応できるように正中線を保った歩き方を意識する。

 どうも周囲には盗賊団らしき連中が潜んでいるようで……相変わらずこの国の治安は救いようがない状況にあるようだった。


「……来ない、な」


 尤も、己の顔を知っていたのかそれとも気付かれたことを悟られたのか……周囲の気配はすぐさま消え去ってしまう。

 己としても別に無駄に殺戮をしたい訳ではなく、ただ尋常な果し合いをしたいだけなので、逃げ出した盗賊団を追いかけてまで皆殺しにしてやろうとは思わない。

 いや、この国に着いたばかりの頃であれば真剣を振るうチャンスを逃すような真似はせず、地の底までも追いかけて切った張ったを挑んでいたのだろうが……最近では六王や夢での達人戦など、質の高い生きるか死ぬかギリギリの戦いを何度も経験したお蔭で、士気も練度も技量も低い盗賊如きとは戦う意義すら見い出せないのだ。


「ま、誰かが襲われていたら助けるけどな」


 結局、己に出来ることと言えば、大きな声でそう叫ぶことでさっきの盗賊たちへの牽制とする程度だった。

 聞こえているかどうかは分からないが、盗賊たちの気配の中に二つほど凄まじく強い……何度か射られた覚えのあるあの弓使いの気配と、弓使いと共に逃げ出した少しばかり腕の立つ盗賊らしき気配があったのは何となく分かる。

 である以上、あの慎重な二人組のことだからこの街道での外道働き……殺さず犯さず貧乏人から奪わないの盗賊三原則くらいは弁えるに違いない。




 そうして、それ以降は特に盗賊が出ることもなく、己はてくてくとただひたすらに広く整備がされている街道を歩き続け、その街道沿いにあった宿場町として発展したらしき、拒馬槍に覆われた大きめの村を通り過ぎる。

 これは己の推測でしかないが、港街から帝都に向け大量の荷を積んで通った場合、この村の辺りでちょうど一日が終わる計算にあるのだろう。

 だからこの村はそれなりに発展していて……ただし、身一つで休憩も取らずに歩き続け、昼飯まで持っている己としては、特に寄る必要もなくただ通り過ぎるだけなのだが。

 そして、帝都から村までの距離の、だいたい七割くらい進んだ辺りで街道は少し大きめの丘へと登っていく。

 見晴らしの良いその丘の周辺では、特に盗賊が出てくる様子もなければ、馬車が立ち往生していることもなく……己は二つの脚によって重力に逆うことでその丘を難なく登り終え。


「……あれが、霧の王の力、か。

 確かに……霧で何も見えやしないな」


 その丘の上から港街を望み……眼下に映る港町の異様な光景を目の当たりにした己は、思わずそんな呟きを零していた。

 それは、一言で言ってしまえば「港街を海から発生した霧が覆い隠そうとしている」だけの景色ではあるが、雲一つない晴天の……しかも太陽がようやく西へと傾き始めた頃にそんな光景が見られるかはかなり疑問だろう。

 しかも、エリフシャルフトの爺さんの話を聞く限り、この霧は朝も昼も晩も晴れることなく延々と湾口を覆い隠し続けているのだから、この純白の霧が自然なものである筈もなく……ほぼ確実に超常的な光景なのだろう。


「……次は、船の上、か」


 そして、霧の王はあの霧の中……つまりが海上にいるという話を聞いている。

 丘の上に立った所為で鼻を突き始めた潮の香りに己はそう呟くと、今までとは全く条件が違う、船の上での戦いを想像し……乾いた唇を舌で潤すのだった。


2021/03/24 20:52投稿時


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[一言] またあの二人かw もう友達になっちゃえよお前ら
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