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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
105/130

05-29


「では、次は間違いなく霧の王に向かわれるということで間違いありませんね?」


 神殿を発つ(オレ)に向け、鑑定眼(アー・ファルビリア)を持つ少女……エーデリナレは再度確認するかのようにそう問いかけて来る。

 己としてはあまりにも信用されてない少女のその言動を前に、ただ肩を竦めることしか出来ないのだが……まぁ、霧の王を討伐しろと言われて牙の王を討伐してきてしまったのだから、信用されないのも仕方ないのだろう。

 エリフシャルフトの爺さんに言わせると、そうして神殿の思惑を超えて大義を為すこと自体が(アー)の御意志であり、御加護であるらしいのだが、未だに十代前半の少女ではそこまでの……まさに狂信に等しいほどの信仰心を持てと言うのは流石に酷だと思われる。

 そんな事情もあり、信仰心が行き届いていないエーデリナレ少女による、長々として面倒な説明はほぼ聞き流したのだが……どうやらこの霧の王が待つ港町は十年ほど前に神聖エリムグラウト帝国に平和的に(・・・・)編入された街で、物資流通の拠点でもあり現皇妃の出身地でもある、帝国にとって重要な土地であるらしい。

 

「はいはい。

 ……まぁ、行ってくるさ」


 剣術以外には興味のない己でも、もういい加減三週間以上も滞在しているのだから、この神聖帝国とやらの地理くらいはざっと頭に叩き込んである。

 帝都から見て南東の方角へと街道を歩いて行けば大きな港街があり、その内湾で霧の王が活動している、程度の知識は聞きかじっているのだ。

 

「では、ご武運を。

 (アー)(ハルセルフ)様」


「朗報をお待ちしております」


 そう言って見送ってくれるとエリフシャルフトの爺さんとエーデリナレに片手で答えると、己はとっとと神殿を後にする。

 実際問題、宗教に興味なんて欠片もない己としては、何もかもを全肯定しようとする爺さんは苦手だったし、色々と口うるさいエーデリナレもそれに輪をかけて得意ではなく……要するに神殿という場所はあまり長居したい場所とは言えなかったのだ。




「聞いたっ、大勝利だって!」


「ええっ、遠征軍が牙獣の軍勢を討ち果たしたんだってさ!」

 

 帝都を歩く己の耳には、そんな主婦たちの大声が入って来ていて……どうやら噂という形ではあるが、既に草原の盾(パル・ダ・スルァ)での戦闘の結果が届いているようだった。

 悪事千里を走るとは言うが、人々が待ち望んでいた朗報でもこのくらいの距離ならば瞬く間に届くらしい。

 現実問題、ただでさえ敗戦が続き神殿兵(ハルセルフ)を大量に投入しても現状を打破出来ず、(アー)の権威が揺らいでいた現状を考えると……この素早く広まった勝利の噂は、実のところエリフシャルフトの爺さんが故意に広めたプロパガンダの一種なのかもしれない。


「……その辺り、爺さんも政治家と言うか」


 事実、こうして適当に歩いていても神殿兵(ハルセルフ)の恰好をしているというだけで、周囲からの視線が少しだけ違う、気がする。

 尤も、己は他人からどう見られようともあまり気にならない性質なので、周囲の視線に対して何かをしようとは思わないし……今感じているこの視線もただの勘違いかもしれないのだが。


「おぉっ!

 無事だったんだなっ、神官さんっ!」


「……ああ、おっさんか」


 そうして何も考えずにいつも通りの道を歩いていた所為、だろう。

 己はうっかりと話の長いヌグァ屋の親父に見つかってしまい……話しかけられた以上、人として無視して逃げ出す訳にもいかず、だからと言って長話に付き合う気にもならず……あまり気は進まないままに足を止め、店主の方へと顔を向ける。


「朝一番で勝利の噂を聞いて、無事だとは思ってたんだが……かなりの激戦だったらしいじゃないか。

 命が無事でも五体満足とは限らないからな。

 こんな足の自分だと絶対に助からなかった自信はあったが……神官さんは腕が立ちそうだから、無事だとは信じていたんだよ。

 そもそも……」


「……お、おぅ」


 相変わらず話の長い親父に、己は完全に腰が引けたままで相槌を打つ。

 基本、剣で何とかなる相手には強い己だが……それ以外の分野では誰にだって遅れを取ってしまう自信がある。

 正直、この手の舌が回る手合いが相手だと、口では全く敵う気がしない。


「だが、まぁ、男と男の約束だ。

 神官さん、うちの娘は器量良しで気立ても良い。

 料理だって上手いんだから、他に言うこともないってもんよ。

 いや、持参金の心配はしなくても構わないぜ?

 俺だって男だ、このご時世の厳しさくらい分かってるさ。

 ただ、一人ちと問題が……」


「父さんっ!

 お客さん相手にいつまで喋ってるのっ!」


 そうして長い長い……いつまで続くか分からなかったヌグァ屋の親父の語りは、そんな娘の乱入によってようやく止まる様子を見せた。

 事実、この親父、己は相槌しか打っていないというのに、既に十数分は話し続けているのだから、かなり凄まじい話術の持ち主である。

 ……残念ながら話が長すぎて、何を言っているのか己の頭に残っていないという欠点があるが。


「おお、いいところに来た、ミジャフ。

 前に話しただろう、お前の夫としてこのお方をだな」


「私より先に姉さんでしょう?

 それに、持参金の心配は要らないって見栄張って……父さんはどうやってやっていくつもりなのよ」


「ぅぐ……い、いや、男と男のだな」


「はいはい、お客さんも忙しいんだから、あまり捕まえないの。

 で、神官さん……今日はどうしますか?」


 慣れているのだろう……ミジャフという名の少女はあれだけ喋りつづけていたヌグァ屋の親父の言葉を一息で打ち切ると、己の方へと笑顔で向き直る。


「あ、ああ。

 いつも通り、適当に貰おう」


 あまりにもその手際が鮮やかだったことから、己は問いかけられてもすぐに反応出来なかった。

 常在戦場を目指すべき自分の反応の悪さに少しばかり歯噛みするものの……そもそも、こういう場面での機転の速さが得られないからこそ、この手のコミュニケーション能力というヤツは「我が人生には不要」と早々に諦め捨てて来たのだから、ある意味仕方ないのだ思い直す。


「はいっ、あまり上手くありませんが、私の焼いたものでも……?」


「ああ。

 任せる」


 そんな回顧に浸っている間にも、ミジャフという少女は手際よく己の食料を準備してくれ……そのまま店主に一切口を挟ませぬまま、数分後には買い物を終えて解放された己がいた。


「……気を取り直して、行くか」


 目指すは南東……港があり霧の王が巣食うという、新たなる戦場である。



2021/03/23 20:37投稿時


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