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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
104/130

05-28


「……畜生」


 次の日に目覚めた(オレ)は、最悪最低の気分の気分でそんな呻き声を零していた。

 その原因は、夢の中での塚原卜伝との戦いで「死んだところで生き返られる」という(アー)の加護を頼みとして捨て身を繰り返した挙句、ようやく一矢を報いたことを「大健闘」なんて自惚れ……目を覚ました瞬間に、その「大健闘」が自惚れる価値すらないと気付いてしまった所為である。

 そもそもの大前提として、「剣客は一度斬られたら死んでしまう」からこそ剣の腕を磨き相手の技量を見定めて、勝てない戦いは避けていくものなのだ。

 それを……幾ら死んでも生き返る夢の中だからって、相手の技を身体で覚えて丸裸にした上で、捨て身の特攻で腕一本しか奪えていない。

 今の己は……師から見放されるほど才能のない己は、この国へ来てから幾度となく死闘を潜り抜けた挙句、四度も殺されて腕を磨いてようやく「その程度」の技量しかないのが現実なのだ。

 しかも相手は、真剣勝負に一度も破れたことがない……己と違い(アー)の加護すらない、一度死んだら生き返らない生身の人間でしかない。

 

「……泣けてくるぜ」


 達人なんて遥か彼方、まだ頂きすら見えてこない現実に、己はそう泣き言を零す。

 尤も……そうして現実を突き付けられたとしても、「諦める」とか「剣を置く」なんて選択肢は全く浮かばないからこそ、己は(アー)によってこんな国へ招かれてなお、剣を振るい続けているのだが。


「師匠、起きていらっしゃいますか?」


 そうして敗北に歯噛みしている己のところに訪れたのは、木刀を携えた弟子一号……戦士(ダヌグ)の名を持つ少年だった。

 相変わらず細身の、剣を持つ腕力すらないような小僧ではあるが……


(……見違えた)


 木刀を握る腕や、服から微かに見える肩口……そこから窺える筋肉はダヌグ少年が動く度、微かにその輪郭を伺わせる。

 それらの全てと……そして何気なく地を蹴り踏み込むその足運びが、出会ったばかりの少年と今眼前に立つ少年とは全く別の生き物だと雄弁に語りかけて来ていた。


「……良いだろう。

 前と同じ場所だよな?」


「え?

 ……師匠?」


 その身体や一挙一刀足、そして手にした木刀を見るだけでダヌグ少年の意図を理解した己は、そう呟くと頭を振って自己嫌悪を追い出し、愛刀「村柾」を掴んでベッドから降りる。

 少年自身はそんな己の行動に戸惑っているようだったが……あまり察しの良くない己であっても、言葉にしなくとも弟子の思惑くらいは分かる。

 本人は未だに自信なさ気な言動と表情をしていると言うのに、眼力と身体は雄弁にその成果を(オレ)で試したいと語っていたのだから。

 

(そんな時期が己にもあったっけなぁ)


 鍛練の成果が見えて来て、調子に乗った挙句に師に挑んで叩きのめされたこと十数度……今になって思い返せば馬鹿以外の何物でもないが、当時は自分の技量が増した万能感に陶酔していて、人の言うことすらろくに聞かなくなっていたものだ。

 だからこそ……


「……ここで叩きのめすのが、師の役割、か」


 未だ修行中の身でありながら、分不相応にも弟子なんてものを持ってしまったのだ。

 自分の役割くらいは、果たさなければならないだろう。


「……師匠?」


 己の呟きが耳に入ったのか、それとも何かを察したのか、ダヌグ少年は不安そうにそう呟くものの……己は肩を竦めて見せるだけで言葉を返すようなことはしなかったのだった。





「……随分と、しごかれましたな」


「思ったよりも遥かに強くなっていたからな」


 何処となく呆れたようなエリフシャルフトの爺さんが零した呟きに、己は右手を振って痛みと熱とを払いながらそんな言葉を返す。

 実際のところ、弟子一号は毎日の鍛練の成果によって、踏み込みの速さと斬撃の鋭さだけ(・・)は一端の剣士にまで成長していたのだ。

 ダヌグ少年の一撃がどれだけ凄まじかったかと言うと、弟子の成長を甘く見ていた己は真正面から斬撃を受け止めてしまい……その想像以上の重さによって見事に右手首を痛めてしまったほどである。


(……一体、どんな鍛練を積んだのやら)

 

 手首の痛みに眉を顰めつつ、己はそう内心で呟くものの……人が一瞬で強くなれない以上、答えなんて分かり切っている。

 恐らく、戦士(ダヌグ)という名の少年は、言われた通りに踏み込んで斬りつける鍛練だけ(・・)を延々と繰り返したのだ。

 渾身の一撃を放って筋肉と骨と軟骨とを破壊し、彼の持つ【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)がそれらを破壊前より少し強靭に再生させ……そんな苦痛と疲労とを伴う自壊と再生をただ繰り返しただけに過ぎない。

 

(よほど意思が強かったのか。

 それとも……)


 単純作業を黙々とこなすことの出来る体質……名前は忘れたが、前に小耳に挟んだことのある……そういう体質だったのかもしれない。

 どんな理由があるにしろたったの十日程度の間に、あれだけの斬撃を放つほど身体を鍛え抜いたのだ。

 恐らくは拷問にも等しい身体破壊を自発的に続け、その激痛を更に超える痛みに耐えながら【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)を使い続けたに違いない。


(まぁ、それ以外が素人だったから左手一本でも何とかなったが……)


 踏み込みと斬撃がどれだけ凄まじかろうと、それ以外の手札がないと分かれば後は簡単で……先の先、後の先、立ち位置や虚実を用いて真正面から斬撃を受けないように、躱しすかし逸らし、何とか師としての威厳を保ったのだ。


(……考えてみれば、昨夜の塚原卜伝との立ち合いも似た感じだったか)


 つまり、真の達人級と己との実力差は、己とダヌグ少年との力量差とほぼ同じくらいの差があるのだろう。

 そういう意趣返しも含めて、少しばかり弟子一号への当たりが強くなってしまった感は否めないものの、足りない部分を身体で覚えられたのだから悪いことばかりじゃない筈だ。

 現実問題として、相手は【再生】を持った弟子なのだから、後遺症が残る心配もなければ怪我の治療に日数を要することもなく、少しハードな鍛練を与えても問題ない。

 考えてみればソレは……ある意味では凄まじい才能ではないだろうか?


(己も鍛え始めた当時に【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)があればな……)


 なんて内心で無いものねだりをしつつも、溜息を吐き出すと共にその未練を断ち切った己は、視線をエリフシャルフトの爺さんへと戻す。

 ……そう。

 ダヌグ少年相手の鍛練が終わった後……弟子一号が再生能力を使い果たして動けなくなったところで己はエリフシャルフトの爺さんに呼び出され、こうして執務室らしき場所へと連行されているのだった。

 何やら爺さんが語っているのを聞き流しつつ、弟子一号の成長に思いを馳せていたのだが……そろそろ爺さんの長話も終わったらしい。


「さて、報酬の件ですが……」


 そして、その部屋には当たり前のように爺さんの孫娘であるエーデリナレがいて、説法以外の内容を語り始めていた。


「牙の王を討たれたということで、その報酬は1億ズーヌ、更にその眷属を含めますと1億3,572万ズーヌとなりますが……」


 相変わらず高いか安いかすら分からない、この国の通貨である(ズーヌ)換算の価格を口にしたエーデリナレは、非常に言い辛そうな、苦虫を潰したような顔をしたまま更に言葉を重ねる。


「ですが、この討伐には草原の盾(パル・ダ・スルァ)の民全員が関わっているのが確認されました。

 そのため、報奨金を人数割りとし……これより十年ほどの間、草原の盾(パル・ダ・スルァ)への税を免除という形を取らせて頂きます。

 更に、ガイレウ=パル・ダ・スルァを(アー)(ハルセルフ)の外戚と認め、同氏による自治を……認め……」


 まだ若く、教団や帝国の法を護ることしか頭にないエーデリナレには、今口にした「神の威光によって法を逸脱する」ような、特例措置としか思えない型破りな対応は認めがたいらしく、妙に口ごもる様子を見せる。

 つまり、特に金も要らず剣を振り回す以外の欲のない己が最も喜びそうな……人情を攻めるというか、関わってしまった人たちを使った懐柔策と言えば聞こえが悪いものの、己を神殿の影響力から逃がさないよう(しらがみ)を作って取り込むような、今回の報酬を考えたのは……エリフシャルフトの爺さんということになる。


「儂らは、(アー)(ハルセリカ)

 その御使いたる(アー)(ハルセルフ)の望みを叶えるなど、当然のことです」


 そう悟った己の視線に気付いたのだろう。

 この神殿の長を務める教皇は、裏の意図など存在しないと言わんばかりの好々爺然とした笑みを見せつけながら、そんな神職としてのお題目を堂々と説いたのだった。



2021/03/22 21:05投稿時


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