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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:5「霧の王」
101/130

05-25



 愛刀以外にはほぼ身一つという軽装の(オレ)にとって、旅立つ準備というのはさほど重要なモノではない。

 事実、草原の盾(パル・ダ・スルァ)を出ようとした己が、手にしたものと言えば、手ぬぐいと水筒だけ、という有様だった。

 金は一銭も持ってない。

 ガイレウのヤツは牙の王を討ち果たした報奨金として、今一つよく分からん額の報酬を「五十回分割にしてでも何とか払う」とか言っていたが……贅沢に興味がなく、衣食住は神殿に保障されている己としては、金なんざ扱いが面倒なだけの鬱陶しい荷物でしかないのだから。

 なので面倒な手続きとかも放り投げるべく「カナリーの結納金としろ」という意味のことを非常に婉曲的に伝えたところ、ガイレウとカナリーの兄妹は何故か揃って号泣し始めてしまい……

 そんな二人に呆れた己は、二人を放っておいてとっとと旅の準備を終え……男泣きを隠そうともせず、「街の入り口までは送らせてくれ」と申し出て来たガイレウを背後に従え、異母兄と同じように目を真っ赤に腫らしたカナリーが差し出して来た昼飯らしきヌグァと干し肉を巻いた木の葉を懐に入れ、ようやく次の戦場へと向かうべく家から外へと出たのだが……


「……おい。

 何なんだ、コイツら?」


 そんな己を待っていたのは、街道に連なる人と人と人の群れ、だった。

 全員が土下座に似たような、この国では最大級となる目上の者への平伏したその姿勢をして聖都へ至る街道の両側を埋め尽くしており……寄り道をしたいとすら言えないような状況になっている。


「お前な?

 あれだけの戦いっぷりと奇跡を目の当たりにしたんだぞ?

 少しは配慮してやれ」


 誰ともなしに呟いたその問いに答えたのは、己の背後に付き従っていたガイレウであり……恐らくはその言葉通りなのだろう。

 己としては別に救いたくて戦った訳ではなく、死地にて愛刀を振るいたかったから暴れ回った程度のことなのだが……陥落寸前の城塞都市の住民としては、助けてもらった恩を感じざるを得ないということか。

 尤も……


(……まぁ、どうでも構いやしないか)


 要するにこの連中は、生前に……己がジョン=ドゥになる以前に、賭け試合をしてた頃の観客みたいなものなのだ。

 追い詰められていた彼らは、仕方なしに己に命と全財産を賭け……見事に己が牙の王を討ち果たしたので喜んでいる。

 この人が大勢土下座して並ぶ一見不気味な光景も、事情を端的に説明すればただそれだけの話でしかない。

 ……崇められるのも拝まれるのも慣れてない己としては、そう考えることで精神の均衡を保ち、顔に出さないように気を付けながら人の列に囲われた街道をまっすぐに歩く。

 剣術を嗜む者として幾本かの時代劇に目を通したことのある己としては、大名行列を待つ庶民を思い出し「下に~下に~」と叫びたくなる光景ではあるが……事実、周辺連中は斬り捨てられる可能性なんてないにもかかわらず、誰一人として私語を口にしようとしない。

 全員が己に心服して、声を出せないほどに恐縮しまくっている事実に、己は何となく空を見上げ、「今日もいい天気だな」と現実逃避をしながら、その平伏した人波が左右に並ぶ街道をのんびりと歩いていくと、何となく近くに居た羊擬き……鱗の生えた六本脚の羊のような生き物が視線に入る。


「……あれは?」


「あ、ああ……アレは羊さ。

 オレたちが育てている家畜で……草原で放牧したんだが、今回の騒ぎで数が減ってしまってな……」


 どうやら言語を翻訳するシステムが非常に柔軟に対応してくれているらしく……脚の本数が違っている挙句、羊毛の代わりに鱗が生えていても、地球にいたあの「羊」と同じ単語で通じるらしい。

 中型サイズの食肉用の家畜で、放牧して育てている人に従順な生物のことを一括して「羊」だと認識させているのかもしれないし、この羊擬きは帝国周辺の歴史上、地球の「羊」と同じような役割をしているから、そう翻訳されている可能性もある。

 ガイレウのそんな言葉を聞いた己は、(アー)の与えてくれた翻訳機能の柔軟性について思考を巡らせ、益体もないその思索を打ち切る意味で肩を竦めると……ふと思いつく。


(数を、減らしている、だったか)


 牙の王との戦いも終わり、怪我も完全に癒え……そして、この妙な大名行列を歩かされたことで、己も少しばかり調子に乗っていたのだろう。

 ついでに言うと、今日はどう頑張っても帝都の神殿へと戻るだけで終わってしまい、体力気力の残数をさほど気にする必要もなく……そもそも天賜(アー・レクトネリヒ)なんて手品を使う機会、滅多にあるものじゃない。

 だからこそ、ちょっとしたお遊び気分に使う分には、抵抗なんてある筈もない。

 そんないい加減な衝動に任せ、何となくその羊に生えている角に触れた己は……身体の奥底に渦巻いているような気がする(アー)(ソルタ)を流し込んでみる。

 ……効果は、絶大だった。


「……やり過ぎた、な」


 一匹しかいなかった筈の羊は、己が気分で適当に放った【複製】の天賜(アー・レクトネリヒ)によって二百匹近くに分裂してしまったのだ。

 正直に言って生物そのものが複製するその姿は、下手な手品を見せられているような、一匹が知らぬ内に二匹になってるような、何とも言えない代物で……ゾウリムシみたいに二つに千切れた後で膨れ上がる、文字通りの分裂で殖えなかった分、マシだと思うしかない。

 

「……き、奇跡だ。

 まさか、こんな、ことが……」


「まさしく、あの御方は神の(アー)御使い(ハルセルフ)


「牙の王の脅威から、我らを御救い下さり……

 またしても、こんな……」


 周囲で土下座していた人たちは、己の気が向いただけの衝動的なその行動を目の当たりにした瞬間から、先ほどよりも頭を低く下げてしまい……本当に、己と眼を合わただけで命を奪われんばかりの低頭平身の有様となっていた。

 その様子は何と言うか……己が今後何をどう頑張っても、この土下座している連中と剣を交えることにはならないという、そんな妙な確信を与えてくれる光景だった。


(ま、仕方ない、か)


 ちょいとした気まぐれがもたらした結果について考えるのを放棄した己は、思考回路を閉鎖しつつも人々の群れの間を歩き続け……そうしている間にも草原の盾(パル・ダ・スルァ)の端へと辿り着いたらしく、城壁が徐々に近づいてくる。


「……まだ、直すのに時間がかかりそうだな」


「コレでも、こちらはマシなんだがな。

 まぁ、疫病が流行る前に何とかするさ」


 不意に己がそう呟いたのは、戦禍の跡を目の当たりにした……城壁外に転がる屍の山を目の当たりにしたからだ。

 尤も、こちら側は牙の王が攻め込んできたのは逆側であり、己が叩き斬った牙獣の死体が異臭を放っている程度でしかなかったが。

 どうやら牙獣の死体は鴉のような死体を漁る鳥や、死体に巣食う蛆虫ですら食えないのか蠅も集っていない。

 勿論、これらの死体には、牙の王が放っていた異界の神の気配はもう残っていないものの、その余波は若干残っているらしく……腐るのも当分先になるような予感さえある。

 ガイレウもそれを理解しているのか、呑気にそう答えていたが……まぁ、餅は餅屋。

 復興と言うか政治のことは、頭脳派のコイツに任せておけば間違いないだろう。


「……じゃあな。

 また何かあれば教えてくれ。

 まぁ、己に出来ることなんてコレを振るうことだけだが」


 そうして訪れた時と違い開きっぱなしの城門を潜り抜けた己は、背後に付き従っていたガイレウに見せつけるように、鯉口を切りながらそう告げる。

 特に振り返ることもしなかった己だったが……頭の良いガイレウは、その動作だけで己が何を言いたいのか理解したのだろう。


「その機会がないことを祈るよ、冗談抜きで」


 この城塞都市のトップとなった痩身の男は己の背に向けてそう告げる。

 それは実質、これから始まる聖都との交渉を武力を用いることなく終わらせるという宣言でもあるのだろう。

 正直、政略的な意味が強いとは言え、(アー)(ハルセルフ)の外戚となったこの草原の盾(パル・ダ・スルァ)に対して神殿や、神聖帝国がどういう対応を取るのかなんて、異邦人であり一介の剣客でしかない己風情に分かる訳もない。

 だが、もし何かがあれば……こうして死地を共にした戦友を無碍に扱うつもりなど、己にはないし。

 そもそも……「人間相手に剣を振るう機会」を、この己が見逃す訳もない。


(もし戦争が起こったら、強引に武力介入してやる)


 神殿と草原の盾(パル・ダ・スルァ)……どちらにも義理があるのだから、どちらにも味方をする訳にもいかない。

 つまり、両方ともを相手に愛刀一本を手に、無理矢理割り込むことが可能という訳だ。


(まぁ、義理がある以上、無為に命を奪う訳にはいかないが……)


 それでも、腕の一本、脚の一本くらいは許容範囲だろう。

 いざとなれば、【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)を使って生やせるのだから。

 己はそんなことを考えつつも……聖都へと向かう足を止めることはない。

 己の心情としては別れを惜しむ気持ちはあるのだが……生憎と己の身体は、こんな人間関係などよりも遥かに、次の戦場を欲していたのだ。


「分かっているさっ!

 オレたち草原の民(チェフ・ダ・スルァ)はっ!

 牙の王とは戦えてもっ!

 お前は……お前だけはっ!

 お前だけはっ、決してっ、敵に回そうとは思わないっ!」


 そんな己の内心を悟ったか、もしくは隠し切れなかった戦意を感じ取ったのか……ガイレウは己の背に向けて、腹の底からの捻り出したような大声でそう叫ぶ。

 己はそんな戦友の声に軽く笑うと……右手を軽く振ることで、別れの挨拶としたのだった。



2020/07/27 21:19投稿時


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