05-24
翌日。
戦いを終えた己は全身に負った大怪我によって、ぶっ倒れ……そのまま医者らしき爺さんに絶対安静を言い渡され……
そして激痛に魘されながらも疲労の極致にあった所為か、ベッドに横たわっている内に何とか意識を失い……一晩寝たところで、何故かそれらの傷は完全に塞がっていた。
「なぁ、ジョン。
お前……人間じゃないだろう?」
朝起きて自分の身体の出鱈目さに驚く己をそう揶揄してくるのは、名実共にこの草原の盾の支配者となったガイレウである。
妾腹でありながらも頭脳明晰で戦略眼があり、異母妹を神兵に嫁がせていて神殿とのパイプを持ち、更には牙の王を真正面から討ち果たした己と親交があるのだから誰からも異論がでなかったらしい。
その辺りの権力構造をガイレウの口から一通りは説明されたのだが、生憎とそれらは、己にとっては何の価値もない戯言に過ぎず……見事、聞いた側から記憶されるもことなく、右から左へと流れ去ってしまっていた。
「残念ながら、まだ人間でしかない。
それに……人の身に過ぎないからこそ、コイツを振ってるんだぞ?」
「ははっ、嘘吐け。
お前は絶対に化け物の類だ」
己の言い分も聞かず、そう断言するガイレウに反論しようと口を開いた己だったが……自分の身体の出鱈目っぷりを目の当たりにした以上、口を紡がざるを得ないのが実情なのは理解している。
何しろ、あの後……牙の王を斃った直後の己は、それはもう酷い有様だったのだ。
身体には急所を外していたものの十六箇所に大穴が空いていて、しかも最後にそれを力ずくで引き剥がしたものだから傷口が開いてしまい、縫合しても塞がるかどうか不明なほどの深手となっていたし。
牙獣の牙へと叩き付けた右膝に至っては皿が壊れた挙句、裂傷は骨まで達していて……医者からは「二度と思い通りには歩けないだろう」とまで言われたものだ。
それが、全治一日……一晩寝れば治ってしまったのだ。
(……そう考えれば、おかしいよなぁ)
恐らくは、カナリーが決戦前の夜に見たという、己が輝く姿……神による何らかの加護が働いたお陰であり、己は一晩眠れば『全ての怪我や疲労が癒えるように設計されている』のだと思われる。
あの白い空間で神が告げた『上手く使えば、永遠に殺し合うことが出来る』という言葉には、一切の嘘偽りがなかったのだ。
そのお蔭で、たった半日寝ていただけで己はこうして旅立てるほどに回復しているのだが……まぁ、怪我を癒すために数ヵ月も寝込むのは時間の無駄だし腕も鈍ってしまうのだから、この神のご加護をだけは純粋に神への感謝しかない。
「あの後、周囲の探索を行った。
結論として、牙の王は死に絶えたと確信する。
……オレたちは完全に勝利したんだ」
「そうか。
ならもう、己は不要だな」
ガイレウの言葉に、己は軽く肩を竦めながらそう呟く。
故事に曰く「走兎狩られ走狗煮らる」の言葉ではないが……強力な剣士など、戦争が終わった後には無用の長物でしかない。
「いや、まだお前にはこの都市に居て貰って……」
「聖都の連中と斬り合えってんだろ?
それが片付けば終わりじゃねぇか」
国士無双と謳われた韓信を例に出すまでもなく、超越し過ぎた戦闘力は周囲の人間に頼られ依存されるか、疎まれ排除されるか……そのどちらかになるに違いないのだ。
牙の王が斃れ、生きるためとは言え、帝都や神殿から送られてきた役人を斬殺してしまった所為で、これから帝都との交渉を続けて行かなければならない以上……神兵としての己の権威を材料にしたいのは理解出来る。
理解は出来るものの……その手の、口上でのんびりやり合うような外交の成果を待つ日々は、己の趣味に合わない。
そんな時間があるのなら、まだ残っている霧の王と炎の王と屍の王……そして、まだ名前も知らない六王最後の一体と戦っている方がマシだと断言できる。
言葉にはしなかったものの、何度か戦った経験からジョン=ドゥという剣士の思考回路を理解しているガイレウは、それらの経験から己の内心を推測したのだろう。
「……そう、か。
分かったよ、義兄弟。
お前を交渉の材料に使うのは辞めておく」
ガイレウはそう肩を竦め……神兵を用いずに今後の戦いをしなければならなくなった現実に、大きな溜め息を吐きだしたのだった。
「あの、どうしても旅立たれるのですか?」
ガイレウを追い返した己を待っていたのは……次の刺客だった。
剣や腕力では抗うことも出来ない「婚約者の少女」という難敵を前にした己は、そんな凶悪な相手を送りつけて来た、政略的な形でとは言え義兄弟になった痩せた青年に向け、内心で数多の呪詛を送りつける。
推測と言うより確信があるのだが……アイツは、絶対に先ほどの意趣返しのためだけに、この場に婚約者を送りつけたに違いない。
「ああ、己はまだ戦わなければならないのでな」
とは言え、彼女だって一応はこの草原の盾の支配者をしていた人間であり、神兵である己の使命は理解しているのだろう。
己のその言葉にただ頷くばかりで……泣きそうになっているのを必死に我慢しているのが分かるその表情を見てしまうと、自分の我儘が親戚の少女を泣かせてしまったように感じられてしまい、地味に心苦しい。
「わか、って、ます。
神様に、つかわ、され……みん、なを、たす、ける、ん、です、よね」
「……ああ」
もう涙を堪えられなくなってきたらしき、途切れ途切れのカナリーの声に、己は頷きを返す。
実際のところ、六王を討つ仕事は、期限が決められている訳でもなければ命令された訳でもない……勿論、六王の所為でこの神聖帝国全域の民が苦しんでいるのは間違いないのだが、それでもすぐさま出発しようとしているのは己自身の「戦いたい」という欲望でしかなく。
だからこそ戦術も利害も考えてない、こういう「ただの少女の涙」こそ、己へのダメージが一番大きくなってしまうのだった。
「分かって、ます。
私は、そんな、殿方に、嫁ぐ……身、なのです、から……
です、が……せめ、て。
旅立つ前の、食事だけ、でも……」
そうして泣き続けた少女が共についてくるとも言わず、行ってくれるなとも言わず……その代わりに提案してきたのは、朝食を共に取ることだった。
流石の己でも、この場で「ただの政略結婚だから気にしなくても構わない」とか「どうせ己は長生き出来ないんだから、好きにしろ」なんて言葉を口にするほど空気が読めない訳もなく。
「……そう、だな。
じゃあ、頼む」
「はいっ」
だからこそ己はそう頷いて食事の席に座り込むことしか出来ず。
結局、その日の朝食は、カナリーが一生懸命配膳しただけの……恐らくはフィリエプ爺さんが味付けをしたのだろう、それなりに美味しい朝食を幼い婚約者と共に口にすることとなったのだった。
2020/07/26 21:08投稿時
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