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影の男:山崎烝

「お前は何だってそう存在感がないんや、まるで影みたいなやっちゃな。」


鍼師の父親から言われた言葉。

思えばこれが俺の一生をあらわしているようにさえ今となっては思う。

存在感のない影のようなやつ。

それが俺の幼いころからの評価だった。

特に何をしていたわけではない、いや、何もしなかったからこそ、自分でも気がつかぬうちに影のような人間になってしまったのではないかとさえ思う。

それは俺にとってたまらなく劣等感でもあったことは否めない。



壬生狼とさげすまれていた俺たちが新撰組と会津から名を賜り、池田屋事件をきっかけに名が広まっていった。

近藤勇、土方歳三、沖田総司…剣豪として、あの人たちの名が広まっていく。

あの人たちは光だと思う。

新撰組という名を背負うにふさわしい、表舞台で活躍する人たちだ。

あの人たちの名はきっと歴史に残る。

偉大なる武士として。

それがたまらなくうれしいと思うが、そこにわずかでも嫉妬と羨望があることはどうしようもなく感じていた。


そして俺はここでも影にある。

隊士たちにすらその名を知られることもなく、ただひたすらに闇に徹し、そしていつか闇に散っていく。

それが自分にふさわしい役割なのだ。

そこに矜持をもって仕事をしているが、どこかに一片の哀しさと諦めが混じっていることを俺はずっと知っていながら目を瞑っていた。





「仙吉さんってカメレオンみたい。」


お倫(水瀬の偽名)が洗濯をしながらまたわけのわからぬことを言う。

こいつは不思議な女子で、なんと未来の世から時渡りして来たのだという。

不意にまったく意味不明な言葉を何のためらいもなく発する瞬間はああ、やはりこの時代の人間ではないのだと思ってしまう。


いつの間にか新撰組に住み着いた怪しい女子を俺ははじめかなり警戒していた。

どんな人間でも人間がそこに居れば痕跡がある。

なのに、この女にはそれがまったくない。

まるである日いきなりこの世に現れたかのように。

そしてこいつの摩訶不思議な身の上を聞いたとき、俺は驚きよりも妙な親近感を覚えてしまった。

そこに存在しているのに、居ない者。

まるで影のような人間。

水瀬はきっと自分の居場所を探し、存在意義を求め、圧倒的な孤独に耐えてきたのだろうと思う。


ある事件のせいで屯所から離れて俺と一緒に監察の仕事をするようになった。

服装ひとつで少年にも、遊女にも化けられるこいつはなかなか才能がある。

これが副長や沖田さんなんかではよくも悪くも目立って仕事にならぬであろう。


俺はそんなことを考えながら言葉を返す。


「なんや。かめれおんて?」


水瀬はくるりと振り返り切れ長の瞳を柔らかに細めて微笑む。屯所では男装していたが、この隠れ家では町娘の格好がよく似合っていた。色白の肌に落ちる後れ毛が柔らかな風に揺れるのを俺は見ていた。


「カメレオンって外国のトカゲなんです。」


トカゲなんていわれて俺は眉をひそめる。

たとえられて喜ぶような生き物ではない。


「俺が何でとかげや。」


「カメレオンってすごい才能もってるんです。色を周りの景色に合わせて溶け込ませることができる。

たとえば木が回りにあったら体を茶色に、草だったら緑にって。

仙吉さんも変装の名人でしょう?だから似てるなって。

私もそんな風になりたいなって。」


最後の洗濯物を干したお倫は身を翻してにっこり笑った。


「刀で真正面から切り込むだけが戦いではないでしょう?

情報も重要な武器で、切り札になる。

だからカメレオンになって、時に影になって戦うんでしょう?私たちは私たちの戦いを。

私たちだって新撰組を担ってる。そう思うとがんばれるじゃないですか。」


ふわりと微笑む水瀬に俺は目を奪われ、驚きを隠せなかった。

こいつは男に襲われ、心の均衡を崩しかけた。

それを見かねた局長と副長が屯所から離し、俺のところによこしたのだ。

それでもなお自分の存在と立ち位置を把握し、腐らずに前に進もうとする。

その強さが眩しかった。

どこに居てもこいつはきっと輝き続ける。

こいつはこの世に存在がなくても、哀れなどではない。

自分の存在を、その役目を、信念を、決して忘れぬ人間だ。

まるで武士のような潔さで。

凛とたたずむ百合のように。


今思えば、そのときだったように思う。

俺の中で世界の色が変わったのは。


表にでて活躍できる人間にどこか嫉妬していた。

影として生きる自分にどこか劣等感を抱いていた。

俺はきっと芝居の主人公にはなれぬ。

裏方の黒子として日の当たらぬ場所を一生行くのだろうと。

そう思っていた。

自分は劣っているから前には出られぬのだと。

だがそうではないのだ。

人には役割があり、俺は自分にしかできぬ仕事をするためにここに居るのだ。

影は、かめれおんは俺にしかできぬ。

歴史に名など残らなくても、誰にも知られずとも良い。

ただ己の役目を誇りをもって全うすることができればそれでよい。

それがよい。


こうして水瀬な俺にとって特別な人間になった。




「山崎さん!逝っちゃだめです。嫌!!」


水瀬が俺の手を握る。

そこだけ温かく水面に引き戻されるような感覚になる。

目を開ければそこには顔を涙でくしゃくしゃに歪めた特別な存在。


ああ、夢だ。

お前が俺をかめれおんてゆうた時の。

あのお前の言葉で俺は走れたんやで。

ありがとう。


そんな風に伝えたいのに、

もう言葉にできない。


「次は別の形でお前に逢いたい。」


力を振り絞って口に出した一世一代の告白。

目が落っこちると心配になるくらいに見開いておどろいている。

この女は最初から最後まで副長だったからな。

だから気づくはずもない。

愛おしい、そんな風に定義することさえ、曖昧なこの柔らかな感情。

恋愛も自分が主役になることはついになかった。

いや、そうやないな。

叶うとか叶わんとかやなく、この想いは俺だけのもんや。

ただ時を共に歩み、影の一生に自分の信念と誠を見出すきっかけをこいつからもらった。

そのことがとても嬉しい。

ただもう一度生まれ変わったら、こいつが俺を見ることはなくても、副長をちょっと困らせてやるくらいの役どころも悪くないと思う。




名など残らない。

人にも知られない。

そんな影の人生やけど、お前のおかげで思ったよりも楽しかったで。

だから次もその次も俺は影でいい。

水瀬、こんな男にもふらついてみいひんか?

また次の世でもあおな。

ほな、さいなら。


大変お待たせいたしました。

山崎さんの独白です。

必殺仕事人みたいな山崎さんの葛藤を表してみました。

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