女らしさ。後編:斉藤一
「あたし女らしくなるもん!」
いきなり泣き出した水瀬が何を言うのかとあぜんとしてしまう。
そもそも誰だ?
こんなに飲ませたのは?
水瀬の周りには空になった徳利が何本も転がっている。
いつも酒盛りの時は誰かしらの介抱にまわる水瀬のこんな姿初めて見た。
「もう男みたいなんてぜっったいいわせないんらから!あたしらってねえ、やる時はやる女なのよ。」
舌が回っていない。
何をするのかできれば聴きたくない。
「胸も色気もある女になるんらから!!」
副長がからかった言葉によほど傷ついたのか、乳に妙にこだわる。
まあまあと源さんにいなされると水瀬はうんうんと子供みたいに頷き、
それからしばらくしてその場にこてんと突っ伏してそのすぐあとにはすーすーと寝息が聞こえ始めてきた。
「にしても…水瀬のことちょっとからかい過ぎちまったか?」
原田さんがすまなそうに言う。
「なんだかんだ言っても女の子だしな。」
永倉さんも苦笑していった。
すまないことをしたと思う。
確かに年頃の娘に向かって言う言葉ではなかった。
水瀬も今の状況に本当に不満を持っている訳ではないが、ただ女としての部分を否定されたようで心がささくれ立ったのだろう。
ただどんなものであろうとも、水瀬は水瀬で、俺たちにとってかけがえのない存在なのだが、やはり女心とは複雑なものらしい…。
「まあ、今日はお開きにしようか。」
誰にともなく声がかかる。
「ああ。じゃあ、片づけは明日の朝でいいな。じゃあ、おやすみー。」
「おう。」
水瀬が寝てしまったのをきっかけに皆ばらばらと帰ってゆく。
沖田さんは夜の巡察の準備に部屋を出ていき、その部屋には俺と水瀬の二人だけになった。
別にやましいことなど何もない。
ただ、このままでは風邪を引くと思っただけで、決して他意はない。
眠ってしまった水瀬を担ぎ上げようとするが、ここがいいとでも言うように少し眉をひそめてイヤイヤと首を振る。
そんな水瀬の様子を見ると、としよりもずっとあどけなくて当たり前ながら、女子なのだと想う。
水瀬に羽織をかけると、その隣に腰を下ろした。
すこしからかいすぎたか。
ああ。こいつのこのまっすぐさや凛とした心根は俗っぽい色気よりも何倍も価値があるのに。
どうやら女子心とはずいぶん複雑なものらしい。
だか、水瀬にも年相応の女としての葛藤があることに俺は安心している部分もあった。
俺は苦笑した。
女の悩みなど下らぬとるに足らないものだと思っていたのに、こんなにもきにかけてしまう自分に驚く。
不意に部屋の隅でごそごそと音がする。
俺はその音の先を見て唖然とした。
水瀬がごそごそと着物を脱いでいたのだ。
「っっおい!」
俺は口を手で覆った。
水瀬は髪の乱れが気になったのか、元結を解き、肩を少し超すくらいまで伸びた髪を垂らしている。
袴を脱ぎ、長着の腰ひもに手をかけた瞬間、
俺は水瀬の行動を止めに入った。
後ろから羽交い締めにして腰紐が解かれるのは死守した。
「なにー?」
「た、たのむからやめてくれ!」
お前のほうが落ち着けと言われんばかりのあわてようだったがそれも仕方あるまい。
愛しい女が下着同然の恰好で、それすらも取り払って肌を見せようとしているのだから。
「だって暑いの。それにさらしが苦しいから。」
そしたら今はずいぶん涼しかろう。
水瀬はこともなげに言ってのけると、長着から肩を出してさらしをするすると解きだした。
「をいっ!!」
こいつが脱ぎ癖があるなんて知らなかった。
兎に角こんな誰に見られるともしれぬ宴会部屋ではまずい!
「とにかくこちらへ来い!」
俺は水瀬を着物でくるむと無理やり担ぎ上げて、俺の部屋まで連れてきた。
何やらしれぬ苛立ちで眉間にしわがよる。
ばさりと蒲団の上に水瀬を放り投げる。
「うーん、いたーい。斎藤さんてば乱暴者。」
水瀬はクスクス笑いながら潤んだ瞳で俺を見上げる。
くそ!
勘弁してくれ。
まったく。
大体警戒心がなさすぎるではないか。
というよりも、いつもの水瀬と落差がありすぎて、同じ人物とは思えない。
水瀬はこんなふうに甘えたり、絡んでくる人間ではなかったはずだ。
これが素なのか?
だとしたらこれからは絶対に酒を飲ませぬ。
のむたびに脱いでいたらかなわん。
「くすくす、うふふ。」
何がおかしいのか水瀬は一人で笑っている。
頬を上気させて、しどけなく着物を着崩しているこいつに俺の理性は限界だった。
誰だ。こいつに色気がないなんて言った奴は。
この場でこいつに欲情しない男がいるのならお目にかかってみたいものだ。
なにを思ったか、不意に水瀬は俺の首ったけに抱きついてきた。
こちらの気もしらず無邪気な笑顔を浮かべたままで。
「さいとーさん!」
「!!!」
日ごろの鍛錬には自信があったはずなのに。
水瀬の不意の攻撃をよけきれなかった。
不覚だ!!
「や、やめろ!」
俺は水瀬を引きはがそうとした。
しかし酔っ払いの力というのは案外強いもので俺は苦戦していた。
「うふふ、ぎゅー」
そんなに体を不用意に押し付けるな!
さらしを巻いていない胸が俺の腕に押し付けられる。
やわらかいそれに意識が向かうのを止められない。
だめだ!
考えるな!
俺は水瀬の腕をつかんで少し力をこめて水瀬を引き離す。
その拍子で、俺は図らずも水瀬に覆いかぶさる形になる。
ドクン、ドクン…
まずい…。
このままこうしていたら非常にまずい。
そう警鐘がなっているのに、俺はその体制から動くことができない。
水瀬は相変わらず無邪気に抱きついてくる。
俺の頬に頬をすりつけてくすくす笑っている。
こいつ、自分が何をしているのかわかっているのか?
素面のこいつだったら絶対にしないであろう。
まったく勘弁してくれ。
押し付けられるその柔らかさも、頬の滑らかさも、もはや理性の限界だ。
ふと水瀬の髪の一房が滑り落ちた瞬間
俺の理性の糸が音を立てて切れた。
畜生!
もうどうにでもなれ!!
俺は水瀬の体に手をまわしておもむろに引き寄せた。
どこまでも柔らかくて花のような香りが鼻腔を掠め、俺を酔わせる。
高まる胸の音。
熱くなる身体。
花のような甘い香りが、鼻をかすめる。
こいつは決して男などではない。
すべてが柔らかな曲線で、形どられている。
不意に耳元で水瀬が小さく笑った。
「ちくちくする。うふふ。」
「当たり前だろう。夜半になればひげも伸びる。」
「なんかあったかくて…落ち着くなあ。
お父さん…みたいで。」
俺はまったく落ち着かない。
あげくのはてにこの状況で父親とは…。
これはひどいぞ、水瀬。
「水瀬…」
「ん?なあに?」
きょとんと幼子のように俺をなんの邪心も無く見る水瀬を見ていたらそれまでの熱が徐々に引いていく。
「いや…何でもない。」
それからおれは覚悟が決まらずにただ水瀬を抱きしめていたのだが、水瀬の力が抜けたと思ったら耳元で寝息を立てだした。
俺は馬鹿らしくなってごろりと横に寝転がった。
こんな据え膳目の前にしてまだ手が出せないなんて俺はなんて意気地がないんだ。
そんな自分に苦笑してしまった。
ただどんなに意気地がないと言われても今はただこいつの側で見守ってやりたかった。
たとえ、父親の代わりでも…。
安心しきって眠っているこいつを見ていると俺のほうもとろとろと眠りに落ちて行った。
*
翌日
「ええーっ!」
水瀬の叫び声で目を覚ました俺は昨晩さんざん悩まされたことへささやかな復讐をするため、ほくそえんだ。
だってそうだろう?
さんざん誘うようなそぶりで、オチが、お父さんでは割りに合わんではないか。