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君のいない世界、もう一つのエピローグ:水瀬明

東京に戻っても釈然としないものをずっと抱えていた。


どんなに悶々としていても何もならない。


「明、まだ気になってんの?

まこの指輪の件。」


昴が風呂上りにタオルで頭をガシガシ拭きながらリビングのソファにどっかりと腰を下ろす。


「うん…まあな。」


「わけわかんないよな。結婚指輪で、Foreverのつづり間違えるなんて間抜けな間違い親父くれえしかしなさそうだし。でもそんな指輪が150年前の函館にあったなんて信じられねえよ。

やっぱり、ほんとに偶然なんじゃねえの?」


昴はビールのプルトップを開けて勢いよく流し込んだ。


「なあ、昴。」


「ん?」


「タイムスリップとか信じる?」


俺はずっと考えていたことを口にした。

口に出すと、ひどく非現実的でばかばかしく聞こえる。



「はあ?そういうのは夢見がちな女子高生の専売特許だろ?

いい年したおっさんがやめてくれよ。」


昴は吹き出したビールを手の甲でぬぐう。


「おっさんは余計だろ。だけどそんなのありえねえよな。」


その様子を見て俺は苦笑した。

当たり前だ。

そんな非現実的なこと、起こりうるはずがないのだから。


「あったりまえだろ。第一タイムスリップってまこはずっと病院で寝てたじゃん。タイムスリップだったら行方不明じゃないとつじつま逢わねえよ。」


「ああ。そうだな。」


「ったく、しっかりしてくれよ。

じゃあ、俺寝るわ。お休み。」


「おう。」


去っていく、昴に片手をあげる。


そうだ、そんなはずがない。

ただの偶然のはずだ。


それなのに、なんでこんなにも引っかかる?







函館から帰ってきた翌週の週末、俺は中央線に揺られ、日野の土方歳三の生家を訪れていた。

正気の沙汰ではないと思う。

ただ、よくわからないが行かなければならないと思ったのだ。


妹がタイムスリップしたかもしれません。

なんて誰にも言えるはずもない。

ただ、このよくわからない衝動に駆られいてもたってもいられなくなったのだ。



土方歳三の墓に墓参りをする。

近くの売店で線香と白い菊を買って備え、少しの間合掌した。


しかし、新撰組ていうのはすげえ人気なんだな。

改めて実感する。


墓には、溢れんばかりの花々に加え、新選組を模したアニメのキャラクターなんかも備えられていて、それはちょっと違うんじゃねえのかなんて思いながら苦笑した。

まあ、俺のほうがたちが悪いか。

妹の死んだ原因をつじつま合わせにしようとしてんだから。


墓参りの後、俺は歩いて土方歳三の生家の隣にある記念館を訪れた。

そこには生前、使われていた刀や、有名な写真、多くの芸者からもらったといいうラブレター、小姓市村鉄之助が届けたという手紙なんかが展示されていた。


そこには確かに土方歳三という歴史の英傑が生きた痕跡があるようで、身がひきしまる想いだった。

ただ島田魁が書いていた水瀬という人物につながるものは何もなくて、俺はがっかりしたようなほっとしたような複雑な気分だった。


当たり前だよな…。

そんなことあるはずがねえんだ。


俺は自嘲気味に笑った。

初冬の木枯らしが一つ俺の横を通り過ぎて行った。



「あなたも新撰組のファンですか?」


不意にえらく顔の整った男が声をかけてきた。

年は俺よりも七八こ上だろうか、こんな男前の男なかなかいねえけどどこかで見たことがあるような気がして妙に居心地が悪くなる。


「えっと…。」


「ああ、すみません。最近は若い女の子が多いから。珍しいと思って。」


いたずらっぽく笑ったその人の顔は妙に見覚えがあったけれど、誰なのかは思い出せなかった。

ただ妙に落ち着く笑顔で、俺たちは初対面なのに気が合って近くのカフェで話を弾ませた。




「新撰組のファンなんですか?」


彼は内藤隼人という人で、歳は34だという。


「いや、少し、気になることがありまして。」


俺は信じられないことに、これまでの経緯を話してしまったのだ。

妹が雷に打たれて死んだこと。

その妹が持っていたはずの母親の形見の指輪が函館で150年前の遺物として発見されたこと。

島田魁の日記に記されていた土方歳三の恋人の名前が水瀬という名前で、自分たちの名字と一致すること。

そんなことを赤の他人のこの人に話してしまったのだ。


その人は黙って聞いていたかと思うと話しが終わった途端、はらはらと涙をこぼした。


「すみません。つまらない話をしました。」


俺は狼狽して謝る。


「いいえ。違うんですよ。

ようやく時が廻ったのだと。そう思ったのです。」


「え?」


「あなたの妹さんは確かに時を越えましたよ。

そして土方歳三と共に走り、函館の地に眠りました。」


「何を…!?」


内藤さんが当然のように言うものだから俺は面喰ってしまった。



「土方歳三の辞世の句ご存じで?」


「…」


耳鳴りがする。

これ以上聞着たくないのに、内藤さんの声は低く響く。


「たとひ身は蝦夷の島根に朽ちぬとも魂は東の君やまもらん…

これは土方歳三が市村鉄之助に託した手紙に書かれていたもの。

世間にはこの歌は徳川への忠誠の歌としか伝わっていないでしょう。

でも、この歌には続きがあるのです。

”わが魂のすべてはまことのために。時を越え、再び出逢うことを願って。”

そう書かれていたのです。

”水瀬真実という時を越えてきた女性と出逢い、恋に落ちたと。

いつか遠い先の世で水瀬真実のご家族にあったらこのことを伝えてほしいと。

大切な家族を奪うようなことをして本当に申し訳ないと。

でも自分が魂のすべてをかけて幸せにするとそう伝えてほしい”と彼は願ったのですよ。」


俺は信じられない思いでいっぱいだった。

そんなこと起こりうるはずがない。

そんな夢みたいなことが起こるはずがない。


「あなたは…いったい…」


彼はその問いには答えずに染み入るような笑顔で笑った。


「ようやく時が廻りました。

またようやく時の輪の中に戻れます。」


「え?」


一体それはどういうことなのか…?


内藤さんを問いただそうとしたとき、強烈な耳鳴りと頭痛に俺は机に突っ伏した。



…!!




夢を見た。

まことがいる。

正月みたいに着物を着て、髪をまとめている。

俺の記憶の中のまことよりも少し大人びて見えた。

まことは軍服を着た男と肩を寄り添わせ、楽しそうに話している。

その軍服の男は内藤さん…いや、どうして気が付かなかったのだろう。

その人は記念館の写真で見た土方歳三その人だった。

すっきりと整った顔立ちや恵まれた体躯は文句のつけようもないいい男で、そして何よりまことが見たことも無いほどに幸せな笑顔を浮かべていた。

そして土方歳三の顔にも、まことへの恋情と慕わしさにあふれていて、泣きたくなるくらいに幸せな光景だった。


ああ、まこと、お前、幸せだったんだな。







「…さん。

お客さん!

…大丈夫ですか?」


え?


目を開けると、カフェの店員さんが困ったような顔で俺を覗き込んでいる。


「入ってきた途端急に突っ伏して、だいじょうぶですか?」


「え?あの俺と一緒にいた人は?」


「そんな人誰もいませんでしたよ。

はじめからおひとりだったじゃないですか。

大丈夫ですか?

一回病院に行ったほうが…。」


「いいえ、大丈夫です。」



俺は支払いを済ませて逃げるようにそのカフェを後にした。



後で調べたら内藤隼人とは、土方歳三が使っていた偽名らしい。

でも俺は不思議とすっきりとした気分でいた。

きっと俺があったのは土方歳三だ。

きっと妹をもらう挨拶をしに来たのだ。

律儀な奴。

そう思うと笑いが込み上げる。

例え俺が作り出した都合のいい幻だとしても、それでいい気がしていた。

まことは死んだ。

雷に打たれて。

それはうごかしようのない事実。

でももしかしたらその魂は幕末で、土方歳三と共に走ったのかもしれない。

ただあいつは、あのまっすぐな妹はきっとどこまでも土方歳三に惚れぬいて、幸せに死んでいったのだろう。

あの夢の中の二人はどこまでも幸せそうで、何物も侵せないような強いきずなで結ばれていることが見て取れた。

都合のいい解釈かもしれない。

途方もない、ばかばかしい夢物語かも知れない。

でも、あいつはきっと幸せだった。

そう確かに思える。

それでいい。

ただそれでいいと思った。




風が吹き抜けた。

まことの笑い声が聞こえた気がした。


まことの死後のお話です。

二男の明が語り手。

土方さんがまさかの登場です。

これからを歩いていくまことの家族の終わりで始まりの話にしようとおもい、番外編第一弾に持ってきました。

次はもうちょっとコミカルな感じので行きたいです。

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