君のいない世界1:水瀬明
まことが死んだあとの、水瀬家の様子です。
指輪が意外なところから発見されました。
「午後八時十分、御臨終です。」
医者の無機質な声が消毒のにおいに満ちた病室に響く。
俺たちは何も言わなかった。
この日が来ることはわかりすぎていたから。
だからもう楽にしてやりたかった。
人工呼吸器を外すと青白いまことの顔があらわになる。
こんなふうに半年以上も眠っていたにも関わらず、髪や爪は少しずつ伸びている。
生きていたのだ。
確かに生きていたのだ。
物言わず、自分で満足に呼吸すらできなくてもこいつは確かに生きていたのだと思う。
それが、たまらなくうれしい。
だからだ。
こんなふうにお前の顔が歪むのは。
親父がまこの横に立ち、額にシワの増えた手を乗せ静かに言った。
「おつかれさん。」
親父の声は少し震えていた。
*
まことの葬儀はしとしと秋の雨が降る仏滅にしめやかに行われた。
まことの友達も参加してくれた。
あいつは慕われていたのだろう。
一通り、坊さんのお経が終わり、御棺が閉められる。
花に埋もれたまことはまるで笑っているようにすら見えた。
静かに眠れよ。
お疲れ。
その日の午後、あいつは骨になって戻ってきた。
*
「終わったな…。」
「ああ。」
俺たちは部屋のリビングに腰を下ろし、誰にともなくつぶやいた。
終わった。
まことは死んだのだ。
それがじわじわと実感となって現れる。
「葬式ってさ…やっぱり後に残った人間の気持ちの整理つけるためにあるんだろうな。
前はさ、死んだらそこで終わりだから葬式なんてどうでもいいって思ってたんだ。でも、やっぱり違うな。
区切りをつけるためにも、やっぱり大事だな。」
珍しく昴が気持ちを吐露した。
「ああ。そうだな。死んだ人間に思いを馳せ、きれいな思い出に変えて、心にしまって、残った人間は生きていくんだ。そのために葬式ってのはやっぱり必要なんだよ。」
司兄貴も、コーヒーを飲みながら静かに言った。
ふと俺は思う。事故かなんかで突然死ぬのと、こんなふうにゆったりと徐々に死へ向かっていくのと、どちらがつらいのだろうと。
まことの死はわかっていた。
だからこそ、こんなふうに今穏やかな悲しみのなかにいるのだろう。
ただわかること、それはまことは死に、俺らは生きていると言うことだけ。
ただそれだけが事実なのだろう。
俺らは生きなければいけない。
お前のいない世界を。
*
まことの死から3ヶ月、徐々に俺らの日常が戻ってきた。
そしてある日、何の気なしにつけていたテレビに、映されたものを見て俺は驚愕した。
"戊辰戦争時の遺体か?新たな遺品見つかる!"
白抜きの見出しが画面に踊る。
函館の様子が写し出され、そのあとに、遺体のそばにあった古びた指輪がアップになる。
それは…
お袋の形見。
まことが持っていたものだった。
指輪の内側には"to YOKO,forver love"
Forever のつづりが間違っている。
親父がおふくろにプロポーズするときに自分で彫ったと自慢していたが、綴りを間違えたらしいのだ。
おふくろはそんな親父を見て、この人には自分でなければダメだと思ったのだと苦笑していた。
大事な結婚指輪の文字を間違えるなんて、親父らしくて呆れると家族で笑ったことを、思い出した。
それが、なんで五稜郭にある?
おふくろが死んだあとまことがもっていたはずのものが、なぜここにある?
雷に打たれたあとどこかに落ちているのではないかと、じいちゃんちを探しても結局見当たらなかったのだ。
しかも、戊辰戦争だと?
150年まえの日本になぜまことの、お袋の形見がある?
発見された遺体は骨格から男性のものらしいとのこと。
専門家のなかには土方歳三の遺体だと言うものもいるらしい。
俺は理解ができなくて吐きそうになった。
その遺体が土方歳三でも、誰でもいい。
ただ、あの指輪の謎を解かなければいけない気がしていた。
おれは、2週間後、たまっていた有給を使って函館へ向かった。