序晶〜最後の戦い〜
ようやく周囲が落ち着きつつあるのでぼちぼち進めて行こうと思います。
冒頭に指定がなければ基本魔女視点で進みます。
大気をも焼く業火が、低く耳朶をも振るわせる鳴動と共に渦巻く。その業火をまるで彩るかの様に、空間を皹割るかの如き様相で目を眩ませ走る紫電が、劈く轟音とともに降り注ぐ。
正真正銘、私の全力の一撃は、相手の威容なる躯を覆う無数の鱗、その数枚に皹を走らせ、その更に端の方をほんの少しばかり焦がす。それだけだった。
無造作に迸る漆黒は、闇の閃く陰影に前後してごぉっと、一帯を逆巻き巡った炎の走りよりなお重くも鋭く振られる長大な尾の一振り。
炎はその一挙動にて掻き消され、紫電すらも千々に散らされてしまった。
そして巻き起こされた余波だけで引き起こされる破砕音に、無数の礫と呼ぶ事すら生易しい岩の塊が爆散し跳ね飛ばされる。
引き起こした事の推移を見続け、見届けていた。
見ているだけ、私にはそれが自分の方へと飛んでこない事を、ただ願う事しか出来ない。
飛来する岩そのものでなくても、叩きつけられるかの様に襲い来る砂の一粒一粒が、身を包むローブの上からでもかなりの痛みをともない、痣は覚悟しなければならない、寧ろ痣だけで済めば良いとそう思わせる。
私はその場で出来る限り身を低くし、片手で押さえ込んだフードの下で、薄目を開けて現状を確認した。
その瞬間、ひゅっと喉奥が窄まり息を詰める。
視界を覆う砂塵の向こうに、見下ろして来る虚無の双眼を見た気がした。もともと動く事等出来はしなかったが、それでも、私はどうしようもない程に射竦められ、身体を強張らせてしまう。
人間等纏めて数人を頬張る事が出来るであろう顎を持つ鰐の顔を更に凶悪にし、鼻筋に添って生えた二本の大小の角。その両側で輝く金赤の双眼は、瞳孔が縦に裂けていて、ただただ虚ろを映しながらもその場を睥睨していた。
私はただその眸にある虚無の閃きに呑まれる。
押さえたフードの下の翳りから目だけで見上げているその顔に、先程からの攻撃による変化は見られない。苛立ちや煩わしさすらも感じていないかの様で私は一人納得する。
理不尽とは思わない。寧ろ当然だとすら思う。そもそもあれは私如きが対峙出来る様な相手ではないのだから。
成り行きでここまで来てしまい、改めて思い知ったが、まぁ今更だろう。
私にはアレをどうにかするなど不可能なのだから、私にはどうしようもないのだと、そんな自分自身の心内に現状を悲観し諦めた訳ではないのは、ここには既にアレをどうにか出来る、その為の存在がいると知っているからだった。
ーピシッー
薄く張った氷を靴底で踏み砕く、そんな音に酷似した微かな音を私の耳は拾う。
細めた双眸で周囲の状況を眺め見る様に。不意に、暗灰色の砂礫の地面に真っ白な花が咲きつつある事に気が付いた。
場違いな程の清廉さを以って膨らみつつあり、そして膨らみきった蕾の先端が綻び行く光景。気付いてみればその場その場で咲こうとしている花は一つだけではなくなっていた。
私の対峙する相手、軽く広げた蝙蝠の翼をただそれだけで威圧的に揺らす竜の威容を取り囲む様に、幾つも幾つも花は咲き誇ろうとしているようで、少しずつその開きつつある花数を増やして行く。
ーピシリ、ピシッー
空気が伝える微細な音を私は聞く。それは白い花弁が花開く瞬間。
恐怖ではない理由で震える体。そして、何時しか吐き出す呼気が白くなっていた。
砂礫の中で咲く花は、絶対零度すらも生温い地でのみ咲く氷の花。その花々は自らの身を以って自ら等が生育する場所を維持する。
生じさせる冷気と共に花は咲き続け、花畑等とは言い難い程に、今や地面だけでなく、竜の大木の幹程もある四肢すらも白銀の霜で白く白く覆いつつあった。
先程の業火と雷はこの状態へ持って行く為だけの下準備であり、目眩ましを兼ねた布石の一つ。
殺傷力の高い火と雷。厳密に言えば風や水系統の制御やらの諸々。そして、それで仕留められないであろう為の確実な足止め。それが私の行使した魔法の効果の大半だった。
そう全ては“足止め”なのだ。
足元から這い上がって来る氷の花が空気ごと凍てつかせる霜を生じさせ、見上げる程に強大な体躯の竜は、今や翼と喉下迄をも覆われてその動きを止めていた。
本来ならこの魔法は、対象を凍り付かせて氷華の中に留め置き、捕らえた存在をこの世の果てまで眠りにつかせる永久氷牢と成すもの。
けれど、相手が相手であり、そもそもの絶対的な権能の差で本来の効果は成立し得ない。
霜に覆われたその内側から、最終段階へと続く青く怜悧に澄んだ氷が成長を始めていたが、直後ビシッと結晶に皹が入る音と共に氷は刹那に亀裂を広げた。
青い欠片と白霞が視界に広がる。何処か幻想的ですらあった光景と共に霜と氷塊の一部が剥がれ、あっけなくもドコッゴトンと崩れ落ち始めた。
その剥がれ落ちた霜の下で膨らむ喉の様子が露となれば、私は直ぐ様竜の息が来るのだと理解した。
分かっていた。私にはアレをどうにかするなど不可能だと。だから私は、声にならない声で叫ぶようにして、ただ“彼”を呼んだ。
ー勇者・・・!!ー
と、その存在は光の御子、魔を滅するもの、世界の守護者。そんな幾つもの名で呼ばれ、人々の尊敬と期待を一身に集め希望を体現せし者。
そうしてこの瞬間を待ち続けて来た少年が、未だ凍り付いている地面をものともせず駆け抜けて行く姿を見た。
佇む竜の大き過ぎる体躯に怯む事なく、その数メートル手前で勇者である少年が強く地面を蹴ればバキリと小さなクレーターが出来ていた。
竜に比べれば余りにも小柄な身体は、それでも束の間の内に頭上にあった膨らむ喉もとへと迫っている。
私は瞬きすらも惜しくその姿を見ていた。
勇者と呼ぶ少年が片手で持っていた長剣を両手で握り直し掲げ持つ。
煌めく白刃、最後の跳躍の勢いすらも乗せて込めたであろう力に、少年は膨らんだ竜の喉下とその刃を突き出した。
ーパキリー
あまりにも軽い音だった。水溜まりに張った薄い氷を踏み砕く、そんな音を想起させられる。けれどそれは、世界そのものに皹を入れてしまったかの如き結果をもたらした。
ーグォォォォッー
押し潰すかの如き轟音は咆哮だった。
突き刺した刃を起点に灯った光は、小さいながらも太陽の光すら凌駕するかのように。その瞬間を見ていた目を焼き、そして、直ぐ様、竜の咆哮すら掻き消す轟音が衝撃となって全てを吹き飛ばした。
私にとって分不相応な威力の魔法の連続行使。その代償で、実のところ私は既にほぼ身動き一つ満足に出来ない状態になっていた。
私の身体は成す術なく襲い来る衝撃に呑まれ、瞬く間に立っていた筈の地面の感覚を失った。
浮遊感か、高速で移り変わるその一瞬刹那の視界に黒鋼の髪色が映り込み、見遣る青の眸が私へと何事かを告げるその姿を見た気がして······
衝撃が来る度に視界が白飛びする。飛来する石片と共に硬い地面へと叩き付けられ、痛いと認識する間もあればこそ、二度三度と跳ねる様にして地面を削り滑り、やはり何処が痛いのかすらも分からなくなって来た頃、一際強い衝撃が背中に入り致命的に息が詰まった。
口内に広がる血の味。口の中を切ったと言うのもそうだが、吐き気のように競り上がってくるその感覚に咳き込む事すら難しく、そうして私は、酷く明度の落ちた視界に、景色とも呼べない夜闇の色合いを映したのを最後に意識を手放していた。
魔女「··················」
↑返事がない。意識がないようだ。




