衝撃
遥と隼の不思議な関係が早3ヶ月を迎えていた。
今ではクラスでも普通に会話を交わすなど、至って普通な友人関係を築いていた。
そのかいあってか、今まで遠巻きに遥を見ていた他のクラスメートも遥に声を掛けるようになり、遥は居場所を確保できるようになっていた。
教室移動でも1人になる事はなくて、横には必ず隼がいて、遥の変化に笑顔を浮かべていた。
「遥」
隼に呼ばれ笑顔で振り向く。
「ん?なに?」
笑顔そのままで答える遥に、周りにいたクラスメートも息を飲んだ。あまりにも綺麗で、かつ妖艶なその笑顔に思わず赤面してしまう者まで現れる。
遥はそんな周りの反応には気付かずに隼を見つめていた。
携帯が振動を伝える。
ちらりと右斜め後ろの席にいる隼を確認するけれど、その手には携帯は握られていなかった。遙は不思議に思いながら液晶を確認し、ぴたりと動きを止めた。
其処に記されているのは朝霧の名前。一瞬迷いながらも画面を確認した。
【話がある】
たった一文。と、再度携帯が振動を伝えた。送り主はやっぱり朝霧で、遙はもう1度画面を開いた。
【家に帰ったら連絡よこせ】
またまた短い文面に苦笑が零れる。朝霧のメールはいつもこうだ。短い上に命令形。その懐かしい文面に思わず苦笑が零れたのだ。
まさか其れを隼に見られているとは思わずに、遙はメールの返信を打った。
今日は1人での家路。
隼はバイトがあるらしく、授業が終わると遙に小さく合図を送り学校を飛び出していった。
家に着き、ちらりと携帯を見る。朝霧からのメールをもう一度確認し溜息を吐いた。
“了解”と返事をしてしまったが、ホントにそれで良かったのかと考える。
距離を置いたのに、今ここで朝霧に会ってしまったらまた元に戻ってしまうのではないか?しかし、もしかしたらもう大丈夫かもしれない。
そんな事をつらつらと思いながらメールを打ち送信すると返事は思いがけないほど早く返って来た。
【家に来て】
珍しくもう帰っているらしい朝霧の家は、庭を挟んで隣にある。ちらりと窓越しに相良家を伺った。遙の部屋からは朝霧の部屋は反対方向にあり、見える事はない。とりあえずメールに従い、朝霧の家に向かった。
「おう」
玄関まで出迎えてくれた朝霧はそっけなくそう言い、遥を部屋まで招いた。
久しぶりに入った朝霧の部屋。モノトーンに統一された部屋はやっぱり懐かしく、そしてとても落ち着く。
飲み物を手渡され、遙は床に腰を下ろした。
一口それに口付けた後、遙は強い眼差しに気付き、朝霧を仰いだ。
眼差しがとても優しい物に変わる。今までにない眼差しに、何故だか居心地の悪い物を感じ、遙は口を開いた。
「と、ところで、話ってなに?朝霧」
その瞬間朝霧の表情が変わった。
「・・・なんで俺の事避けるの?」
遙の動きがぴたりと止まった。
迂闊だった、と思う。朝霧立ちはまだ決定的なものにはなっていないだろうし、きっとゴールもないのだと思う。だけれど、今の遙には辞められなかった。
朝霧におんぶにだっこの自分では、この先いけないと思ったし、このままだと朝霧との親友関係が壊れてしまう、と思ったのだ。
「別に避けてなんかいないよ・・・。高校に入学してから朝霧は忙しそうだし、きっとそう思えるだけだよ」
ちょっとだけ真実を交えながら、遙は誤魔化した。
「まあ確かにちょっと前までは先輩なんかがうるさくて遙の事かまってやれなかったけど、今はそれも落ち着いてる。だから、又前みたいに一緒に学校行ったりしようよ」
朝霧の言葉に戸惑った。何故だか隼の事が頭に浮かんだ遙は目を伏せる。
「・・・それとも、俺よりも大事な人でも出来た?」
遙は危うくコップを取り落としそうになった。
「・・・な、に言ってるの?」
動揺を隠しながらの返事に朝霧は目を眇める。しかし言葉を発しない。何故だかとても思い空気に悲鳴を上げそうな鼓動が鳴り響いた。
「どういう、意味?」
恐る恐ると発せられた遙の言葉に、朝霧はふっと息を吐いた。そんな反応に何故だか遙は怯える。そんな態度が朝霧の怒りを呼んだのかもしれない。
「“どういう意味”だと?」
まるで青い炎が朝霧を包んでいるように見えて遙は更に怯えた。
「俺が、お前の変化に気付かないとでも思った?」
冷たい氷のような熱が朝霧から発せられ、遙の心が凍える。
「え、な、に?」
笑顔を作ろうと顔の筋肉をなんとか動かした遙だったが、失敗に終わり、綺麗な顔が歪んだ。
「どこのどいつだ?お前にちょっかい出してる奴は」
ぐいっと腕を掴まれ、とうとう遙の目に涙が浮かんだ。朝霧の眉間に深い皺が刻まれる、と同時にチッと舌打ちの音がし遙の体がビクリと震えた。
「・・・泣くなよ。お前に泣かれたら、俺はどうすりゃいいんだ・・・」
掴まれている腕に更に力を込められ浮かんだ涙が頬を伝った。その瞬間、遙の視界が歪む。そうしていつの間にか朝霧の腕の中に収まっていた。
さっきとは違う、とても慈しむように抱きしめられて、遙は流れた涙をそのままに呆然とする。今、自分が置かれた状況に頭がついていかない遙は、目をぱちくりとさせた。
「今まで、俺がどれだけお前の事大事にしてきたか解るか?今まで変な虫が付かないように周りに睨みを利かせてたのに・・・少し離れただけで掠め盗られたってのか?!」
怒りや絶望が込められた言葉が遙の耳に注ぎ込まれる。その瞬間、やっぱり遙の胸や瞳には隼が浮かんだ。
それが何を意味するのか解らないまま、遙は朝霧の体を突き飛ばしていた。
まさか遙に突き飛ばされるとは思っていなかった朝霧は凍りつく。
「はる」
「ごめん!!」
朝霧が口を開いたと同時に遙は立ち上がり、叫ぶように告げると部屋を飛び出した。
すぐそこなのに、自分の家が、部屋がとても遠く感じ、遙は涙で歪む視界を振り切るように走る。
決して振り返ってはいけない、と自分に言い聞かせ、無我夢中で遙は走っていた―――。
――――――――― 何がなんだか、解らなかった・・・