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元聖女の薬師は、辺境の地で侯爵子息に溺愛される〜王家から戻ってこいとあらゆる手で攫われそうになるが愛する人と乗り越えていく。国が荒れたのは私がいないからではありません、あなた達のせいでは?〜

作者: リーシャ

冷たい石造りの部屋で、震えていた。


数年、聖女としての務めを終え、人里離れた修道院でひっそりと暮らしていた彼女は突然、王都からの使者に連れ戻される。


「陛下の勅命だ。お前には、辺境の地にある侯爵家で、病に伏せる子息の薬師を務めてもらう」


自分を称賛し、利用した王家が、今になって辺境の地へ追いやる理由を悟っていた。


聖女としての力が衰え、もはや王家にとって価値がないと判断されたから。


侯爵家へと向かう馬車の中、諦めに似た感情を抱いていた。


辺境の地、病弱な子息、見知らぬ人々。


これからの生活を想像するだけで、胃が締め付けられるようだった。


馬車が揺れること数日、ようやくたどり着いた侯爵家は、想像以上に荒廃していた。


古びた屋敷には、生気がない。


案内された部屋で出会ったのは、ベッドに横たわる、青白い顔をした青年。


「……あなたが、薬師ですか」


青年は、か細い声でリーゼロッテを見上げた。


瞳には、諦めと、ほんのわずかな警戒心が宿っていた彼こそが、侯爵子息のカクス。


聖女として人々の病を癒してきた知識と経験を総動員し、カクスの治療にあたった。


彼の病は根深く、一筋縄ではいかないがそれでも、諦めず毎日、薬草を調合し、彼の様子を注意深く観察。


カクスはリーゼロッテに問いかけた。


「聖女様は、なぜこのような辺境の地まで来たのですか?まさか、私のような者のために、わざわざ……」


カクスの声には、自嘲が滲んでいた。


彼の言葉を遮る。


「私はもう、聖女ではありません。ただの薬師です。必要としてくれる人がいるのなら、それが喜びです」


リーゼロッテの真っ直ぐな言葉に、カクスは目を見開いた。


彼の瞳に、初めて、ほんの少しの光が宿ったように見えた。


献身的な看病により、病状は少しずつ回復していく。


顔に血色が戻り、声にも力が宿るように。


彼が向ける視線は、徐々に熱を帯びていった。


「リーゼロッテ……あなたに出会えて、本当に良かった」


弱々しかった頃とは比べ物にならないほど力強い声で、告げた。


病状が回復するにつれて、二人の関係は少しずつ変化していく。


診察室で交わされる会話は、病状の報告だけでなく、日常のささやかな出来事や、それぞれの考えにまで及ぶようになる。


ある午後、薬を調合していると、カクスがふらりと部屋を訪れた。


以前ならベッドから出ることもままならなかった彼が、今は自力で歩けるようになっている。


「リーゼロッテ、何をしているんだ?」


カクスの声には、以前のような弱々しさはなく、穏やかな響きがあった。


「ふふ。薬の調合です。今日は少し、気分はどうですか?」


尋ねると、椅子に座り、彼女の手元をじっと見つめた。


「ああ、ずいぶん良い。君のおかげだ。それにしても、君の手つきはいつ見ても美しいな」


カクスの不意打ちの褒め言葉に、思わず顔を赤らめた。


「そ、そんなこと……」


「本当のことだ。君が私のために薬を調合してくれるのを見るたびに、胸が温かくなるんだ」


彼の視線は熱く、思わず目を逸らした。聖女として人々から崇められていた頃とは違う、個人的な感情が込められた言葉に揺れ動いた。


カクスが元気になっていくにつれて、彼が会いに来る頻度が増えていった。


最初は診察のためだったのが、いつしか他愛のないおしゃべりのため。彼がリーゼロッテに向ける溺愛とも呼べるほどの愛情は、日ごとに増す。


夕食後、彼から執務室に呼び出されて向かうと、部屋には暖炉の火が静かに燃えていた。


「リーゼロッテ、君に言っておきたいことがあるんだ」


真剣な表情で、手を取った。


彼の指は、熱を帯びている。


「君が来てくれてから、私の世界は色鮮やかに変わった。君が、私にとってどれほど大切な存在か、言葉では言い尽くせない」


彼の言葉に戸惑いを隠せない。


こんなにもストレートな愛情表現を向けられたことは、これまで一度もない。


「カクス様……」


「君を手放したくない。たとえ、王都からどんな命令が下されようと、君をここから行かせない」


瞳には、強い執着のような光が宿っていた。


彼の情熱的な視線に、少しだけ怖さを感じつつも、深い安堵を覚えていた。


王家に見捨てられ、行くあてをなくした自分を、これほどまでに必要としてくれる人がいるなんて。


「私は……どこへも行きません。カクス様のそばにいます」


答えると、カクスは大きく息を吐き、リーゼロッテを強く抱きしめた。




辺境の侯爵家で穏やかな日々を送る一方、王都では混乱が広がっていた。


聖女がいなくなったことで、これまで滞りなく進んでいた公務や儀式が滞り始め、国王の体調も悪化の一途を辿っていたのだ。


王宮の一室で、宰相が国王に頭を下げていた。


「陛下、聖女リーゼロッテ様の復帰を再度ご検討いただけませんか?彼女がいなければ、国は立ち行かなくなります」


国王は咳き込みながら、苦々しい顔で言った。


「馬鹿な!一度追いやった聖女を呼び戻すなど、国の恥だ!それに、あの女はもう、聖女としての力が衰えているのだろう?」


宰相は食い下がった。


「いえ、陛下。聖女様の力は衰えてなどおりません。辺境の地で新たな薬の知識を得て、その力を増していると報告を受けております」


国王は信じられないといった表情で宰相を見た。


次々に持ち込まれる国の窮状を示す報告書に、国王の顔は焦りで歪む。


疫病の流行、作物の不作、民衆の不満。


すべてが、聖女の不在を訴えているかのようだ。


「なんとかせよ!あの女を……いや、聖女リーゼロッテを王都に呼び戻せ!どんな手を使ってもだ!」


国王の言葉に、宰相は内心でほくそ笑んだ。


全ては彼の計画通り。


リーゼロッテを一度辺境に追いやることで、彼女の真の価値を王都に知らしめる。


再び呼び戻すことで、より大きな権力を握ろうと企んでいたのだ。


王都からの使者が、侯爵家を訪れたのは、間もなくのことだった。


使者は、尊大にリーゼロッテの引き渡しを要求。


「聖女リーゼロッテ殿を王都へお連れするために参りました。陛下の勅命にございます」


侯爵家の広間で、カクスはリーゼロッテの手をしっかりと握り、使者たちを睨みつけた。


彼の隣には、すっかり健康を取り戻したカクスの姿。


「お断りする。侯爵家の大切な薬師だ。勝手に連れて行かせるわけにはいかない」


カクスの毅然とした態度に、使者たちはたじろいだ。


病弱で頼りないと聞いていた侯爵子息が、ここまで堂々としているとは予想外であった。


「これは陛下の勅命でございますぞ!逆らうとあらば、侯爵家は王家への反逆と見なされます!」


使者の一人が声を荒げたが、カクスは冷静に言い放った。


「ほう?病に臥せっていた私を助けてくれたリーゼロッテを、今になって連れ去ろうとは。そちらこそ、人道に反する行いではないか?」


カクスの力強い言葉に胸が熱くなった。


彼は、自分のために、王都の権力に真っ向から立ち向かってくれているとその隣で、静かに微笑んだ。


「カクス様のそばにいます。どこへも行きません」


リーゼロッテの言葉に、使者たちは狼狽した。


聖女本人が拒否するとなれば、事を荒立てるわけにもいかないので結局、使者たちは何も得られず、すごすごと王都へと引き返していく。


使者たちがいなくなった後も、リーゼロッテの手を離さなかった。


瞳には深い安堵と、リーゼロッテへの変わらぬ愛情がある。


「よかった、リーゼロッテ。君がいてくれて、本当に」


カクスの言葉に、優しく彼の頬に触れた。


王都はリーゼロッテを諦めない。


国王の病状は悪化の一途を辿り、国全体の機能が麻痺寸前。


宰相は、ありとあらゆる手を尽くしてリーゼロッテを王都に呼び戻そうとし、まず、王家からの恩赦の使者が送られてきた。


「過去の不敬を許し、再び聖女として王都へ迎え入れたい」


という、いかにも甘い言葉。


甘い考えとも言える。


冷ややかに言い放った。


「私が聖女であった頃、王都で私を『必要』としたのは、力だけでした。今は、私を『人』として大切にしてくれる方がいます。王都に戻る理由など、どこにもありません」


カクスもまた、使者の前で毅然とした態度を貫いた。


「王家の聖女ではない。彼女は、この侯爵家の大切な薬師。これ以上、無礼な真似は許さないが?」


使者たちは、侯爵家の固い決意に為す術もなく退散した。


次に、王都は経済的な圧迫を仕掛けてきたり、侯爵領への物資の輸送を制限したり、交易を妨害したりして、侯爵家を困窮させてくる。


カクスは冷静に対処した。


彼は、培ってきた隣国との独自の交易ルートを活用し、必要な物資を確保。


また、リーゼロッテの知識も加わり、自領内で薬草を栽培したり、新たな治療法を開発したりすることで、自給自足の体制を強化していった。


「リーゼロッテ、おかげで領民たちは、以前より健康になったぞ。王都の妨害など、屁でもない」


カクスが笑顔で言うと、リーゼロッテも優しく微笑んだ。


「カクス様が、領民のことを第一に考えていらっしゃるからです」


王都の圧力は、かえって侯爵家と領民の結束を強め、リーゼロッテとカクスの絆を、より深いものにした。


彼らは、互いが互いにとってかけがえのない存在であることを、何度も確認し合う。


カクスは暖炉のそばで、リーゼロッテの手を握りしめた。


「リーゼロッテ、君をこの侯爵家から一歩も出すつもりはない。どんなことがあっても、私の隣にいてほしい」


カクスの瞳にある光と彼の愛情に包まれ、心の底から安堵していた。


王家に見捨てられた過去は、彼女を縛るものではない。


経験があったからこそ、カクスという本当の居場所を見つけることができたのだ。


「私もです、カクス様。私は、あなたのそばにいます。どこへも行きません」


そう答えると、カクスは優しく彼女を抱きしめた。


王都の焦りは、時が経つにつれてさらに募っていき、いなくなってから、国王の病状は悪化の一途を辿り、寝たきりになってしまう。


政務は滞り、貴族たちは自身の保身に走り、国は事実上の機能不全に陥っていた。


民衆の間では、「聖女様がいないからだ」という声が、公然と囁かれるように。


一方、侯爵家では、リーゼロッテの知識とカクスの統率力によって、領地は着実に発展していた。


彼女が確立した薬草の栽培方法は、他の領地にも広まり、辺境の侯爵家は薬草の侯爵家として知られる。


質の良い薬草と、それを使った確かな治療法は評判を呼び、隣国からも病を抱えた人々が訪れるほどになった。


「リーゼロッテ、この薬草の収穫量なら、来年にはもっと多くの人々を救えるぞ」


カクスが嬉しそうに言うと、優しく微笑んだ。


「はい、カクス様。これも、皆様の努力のおかげです」


王都から再び使者がやってきた。


その顔は以前の尊大さとはかけ離れており、憔悴しきっていた。


「聖女リーゼロッテ様、お願いでございます……陛下が……陛下が崩御なされました……」


使者の言葉に、驚きを隠せない。


国王の病状が悪化していることは知っていたが、まさかここまでとは。


「混乱に乗じて、宰相が王位を狙っていると。どうか、どうか、王都にお戻りいただき、この国の混乱を収めてはいただけませんか!」


使者は床にひれ伏し、涙ながらに訴えた。


リーゼロッテの隣に立ち、その顔をじっと見つめながらも彼は、何を考え、何を感じているのか、全て理解していた。


ゆっくりと息を吸い込んだ。


自分を追いやった王家と、何の義理もないはずの国。


そこに暮らす人々は、間違いなく苦しんでいる。


彼らが信じているのは「聖女」としての自分なのだ。


「カクス様……」


名を呼ぶと、カクスは彼女の手を握り、力強く言った。


「リーゼロッテ、君がどうしたいか、それが一番大事だ。だが、もし君が望むなら……私も共に、この混乱を収める手伝いをしよう」


彼の言葉に、リーゼロッテの瞳は瞬く。


一人ではない。


彼がいるからこそ、新たな目標が立てられる。


「私は……王都へ行きます。ですが、王家の聖女としてではありません。苦しむ人々を救うため、新たな国を築くためです」


王都からの使者に向かって、はっきりと告げた。


リーゼロッテとカクスは、再び王都へと向かう。


王家の使者に連行されるわけではない。


侯爵家の騎士たちを従え、自らの意志で故郷の危機に立ち向かうために。


王都に到着した二人が目にしたのは、荒廃した街と、希望を失った人々の姿。


王宮に到着すると、宰相が即位式を強行しようとしていた。


「聖女リーゼロッテ様、カクス様、よくぞお戻りくださいました!」


宰相は、二人の姿を見ると、歓迎しているかのように駆け寄ってきた。目に宿る野心的な光を、見逃しはさない。


「宰相。陛下の崩御後、国がこれほどまでに荒れているのは、一体どういうことでしょうか?」


冷ややかに問い詰めると、宰相は言葉を詰まらせた。


「そ、それは……国王陛下の病状が思わしくなく、聖女様のご不在ゆえに……ですか」


カクスが前に進み出た。


「黙れ、宰相。国王陛下の病状が悪化したのは、お前が良からぬ薬を献上していたからではないか?聖女リーゼロッテを辺境に追いやったのも、すべてお前の策謀だったと聞いているぞ」


カクスの鋭い言葉に、宰相の顔色はみるみるうちに青ざめていく。


カクスはさらに続けた。


「彼女は王家の聖女ではない。国の侯爵子息として、国の混乱を看過することはできない。お前のような者が、国の王になるなど、断じて許さない」


カクスは、宰相の悪事を証明する証拠を次々と突きつけた。


水面下で集めていた、宰相の不正や陰謀に関する情報。


宰相は追い詰められ、その場で捕縛された。


宰相が捕縛されると、王都の人々は、自分たちを救ってくれたリーゼロッテとカクスに熱狂。


聖女という立場ではなく、薬師として、人として、苦しむ人々の治療にあたった。


カクスは、侯爵家として培った知識と人脈を活かし、荒れた国を立て直すために尽力。


王宮の庭で、カクスの手を握りしめた。


「まさか、再び王都に戻ってくるとは思わなかった」


微笑むと、カクスも優しく微笑んだ。


「私もだ。君と一緒なら、どんな困難も乗り越えられると信じているけれど」


王都の人々は、リーゼロッテとカクスに、新しい国王と王妃になってほしいと懇願したが、二人は首を横に振る。


「聖女としてではなく、薬師として、人々を支えていきたい」


カクスも頷いた。


「国には、新しい王が必要だ。だが、私たちは国を支える者として、これからも尽力していく」


二人は、国王の遠縁にあたる、まだ若い王子を新たな国王として擁立した。


新しい国王を支え、共に国の再建に尽力することを誓う。


王都は少しずつ活気を取り戻し、人々は笑顔を取り戻していった。


王都の混乱が収まり、新国王が即位して国が落ち着きを取り戻すと、「民の薬師」として、侯爵家領地と王都を行き来する多忙な日々を送る。


カクスも「国の柱」として新国王を支え、二人は離れて過ごす時間も増えたが、互いの愛情は揺るぎなかった。


王都の病院で、熱心にメモを取る若い娘の姿に目を留めてみると、彼女はミーナといい、元々王都の孤児院出身で、聖女だった頃から活動に憧れていたという。


「リーゼロッテ様、私もいつか、あなたのように人々を救える薬師になりたいです」


ミーナの真っ直ぐな瞳に、過去の自分を見た。


まっすぐ一直線。


彼女に、薬師の弟子として学ぶことを提案した。


「本当に、私なんかが……?」


ミーナは恐縮したが、優しく微笑んだ。


「あなたには、真摯な心と学ぶ意欲がある。それが一番大切ですから」


こうして、ミーナを最初の弟子として迎え入れた。


薬草の知識、調合の技術、患者の心に寄り添うことの大切さ。


培ってきた全てを惜しみなくミーナに教えた。


ミーナは侯爵家の屋敷にも滞在し、カクスとも交流するようになる。


カクスは、忙しい時でも、ミーナの学びをサポートした。


「ミーナ、この薬草は、この時期にしか採れない貴重なものだ。採集の際は細心の注意を払うように」


カクスは、侯爵領の薬草園でミーナに直接指導することもあり、知識の深さにミーナは驚嘆。


カクスはリーゼロッテのために、薬草学についても深く学んでいたのだ。


翌る日、リーゼロッテとカクス、ミーナが一緒に食卓を囲んでいた。


「リーゼロッテ様、カクス様、本当にありがとうございます。私、こんなに充実した毎日を送れるなんて、夢みたいです」


ミーナが満面の笑みで言うと、優しく彼女の頭を撫でた。


「あなたには、人を救うための素晴らしい才能がある。自信を持って、これからも学び続けてちょうだい」


カクスも、ミーナの成長を温かい目で見守っていた。


「ああ。それに、楽しそうにしている姿を見られるのも、俺にとっては嬉しいことだからな」


カクスが言うと、照れたように微笑んだ。


ミーナは、そんな二人の様子を見て、侯爵家がどれほど温かい愛情に満ちているかを肌で感じる。


リーゼロッテの指導のもと、ミーナはメキメキと頭角を現し、彼女は、リーゼロッテの片腕として、多くの人々を救う存在へと成長していった。


薬師として弟子を育て、侯爵家がすっかり落ち着いた頃、二人の間に嬉しい知らせが舞い込んだ。


お腹に、新しい命が宿った。


「リーゼロッテ、本当に、本当に嬉しい……!」


カクスは、リーゼロッテのお腹を優しく撫でながら、喜びで目を潤ませた。


リーゼロッテも、想像もできなかったこの幸せに、胸が爆発しそう。


王都で聖女だった頃は、ただ利用されるだけの日々。


それが今では、愛する人と家族を築こうとしている。


屋敷は、新しい命の誕生に向けて、温かい空気に包まれ、ミーナも、リーゼロッテの体調を気遣い、薬草の調合を手伝った。


季節が巡り、小さな産声が侯爵家に響き渡る。


元気な男の子が生まれたのだ。


カクスは、生まれたばかりの息子を抱きしめ、感無量の表情だった。


「リーゼロッテ、ありがとう。私の大切な……妻」


カクスの言葉に、優しく微笑んだ。


息子が生まれ、リーゼロッテとカクスの生活は、さらに賑やかになった。


薬師としての活動を続けながら、母親としても忙しい日々を送り、ミーナは、成長した薬師として、リーゼロッテの右腕となり、時には一人で遠い村まで薬を届けに行くことも。


侯爵領は、リーゼロッテの薬師としての知識と、カクスの優れた治世のおかげで、ますます繁栄していった。


領民たちは健康で、笑顔にあふれて


彼らは、リーゼロッテを「民の薬師様」カクスを「賢侯」と呼び、深く敬愛。


王都からの干渉は、なくなった。


新しい国王は、リーゼロッテとカクスの功績を認め、彼らを深く信頼して、その証に彼らは、時折王都を訪れ。


新しい国王に助言を与えることもあったが、基本的には侯爵領で、愛する家族と領民たちと共に暮らした。


ノータッチの方がいい。


晴れた午後、庭で元気いっぱいに遊ぶ息子を眺めていた。


隣には、優しい眼差しでリーゼロッテを見つめるカクス。


「私、本当に幸せ、カクス様」


呟くと、カクスはリーゼロッテの手を取り、手の甲に優しくキスをした。


「ああ、私もだ、リーゼロッテ。君がいてくれて、本当に良かった」王家に見捨てられ、一人で生きていくことしか考えていなかった元聖女リーゼロッテ。


辺境の地で出会った侯爵子息カクスは、彼女に本当の居場所と揺るぎない愛情を与えてくれた。




侯爵家は、小さな男の子の元気な声に満ちていた。


リーゼロッテとカクスの息子、リオネルはすくすくと育ち、もうよちよちと歩き回るようになり薬師としての仕事の合間に、目を細めてリオネルの成長を見守っている。


薬草を整理していると、リオネルが小さな手で、庭で摘んだらしいタンポポの花を差し出してきた。


「ママ、これ、どうぞ!」


たどたどしい言葉に、リーゼロッテの胸は温かくなった。


「あら、ありがとう、リオネル。綺麗なタンポポね」


リオネルの頭を優しく撫でた。


カクスも、そんな親子のやり取りを見て、口元を緩める。


「将来は、リーゼロッテのように優しい子になりそうだ」


くすっと笑った。


「あなたに似て、きっと真っ直ぐな子になるわ」


家族の温かい時間が大切な宝物。


リオネルは、成長するにつれて、賢さと活発さを併せ持つ少年になった。


侯爵領の薬草園で、薬草について教えていると、リオネルは興味津々で話を聞く。


「ママ、この葉っぱは、熱を下げるのに使うの?」


リオネルが目を輝かせながら質問すると、優しく頷いた。


「そうよ。よく見てるわね」


また、カクスが領地を視察する際には、リオネルも一緒に馬に乗り、領民たちと交流した。


領民たちは、賢く育つ若様を温かく見守る。


カクスはリーゼロッテに言った。


「リーゼロッテ、見ていてくれ。リオネルはきっと、侯爵家を、この国を、より良いものにしてくれるはずだ」


カクスの言葉に深く頷いた。


王家に見捨てられた元聖女と病弱で頼りないとされた侯爵子息。


二人が、力を合わせ、愛を育み、新しい命を授かった。


彼らが築き上げたものは、侯爵家の繁栄だけではない。


リオネルは、両親から惜しみない愛情と教えを受け、侯爵家を継ぎリーゼロッテとカクスが築いた民のための国の理想を受け継いでいくことだろう。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 勧善懲悪なハッピーエンドで好きです。 ストーリーも文章もわかりやすくテンポが良いのでスッと頭に入ってきますし 初期の作品より格段に良くなってると感じました。(気に障ったらすみません。…
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