第3話 最初の出会い
俺は今、遥か上空から落下している。
能力の女神ロレアから力を授かった俺は、魔人の侵攻を止めるべく地上に送り出されたのだ。
……にしても、この見送り方は流石にないだろ! せめて瞬間移動とか、安全な方法で転送してくれよ!!
地上がどんどん近づいてくる。
あと200m、100m、50m、10m……!
(し、死ぬっ……!)
死を覚悟して目をぎゅっと閉じる。地面に激突して顔面はぐちゃぐちゃか……そう思った瞬間、衝撃は来なかった。
俺の身体は暖かい光に包まれ、宙に浮いたまま止まっていた。
――この光、見覚えがある。そう、ロレアの加護だ。
「流石に殺すような真似はしないと思ったが……やり方が乱暴すぎるんだよ……」
ため息をつきながら頭をポリポリと掻く。やがて光はゆっくりと消え、俺は異世界の地に初めて足を下ろした。
周囲は鬱蒼と木々が生い茂り、どうやら森の中心部に降り立ったようだ。
なんでわざわざこんな何もない場所に放り出すんだか……
「っと……異世界に来たら、まずやることは……」
もちろん、ステータス確認だろ!
異世界モノの漫画やゲームはかなりやっていたから、ある程度の知識はある。
とりあえず、念じてみるか。
……すると、目の前に画面のようなものが投影された。
(ビンゴ♪)
読みが当たった俺はパチンと指を鳴らし、さっそく自分のステータスを確認する。
名称:辻川 遼
職業:冒険者
役職:魔術師
クラス:C-
スキル:フレイムボール(火)/火属性応用魔法作成可能
パッシブスキル:全ステータス上昇(中)
特殊能力:なし
じっくり眺めてみたが、特段目立ったステータスはない。
ほとんどがロレアから与えられた能力のようだ。
気になるのは「クラス」という項目。レベルのようなものなのか、それとも……?
ともあれ、この世界に詳しい人に出会わないことには、旅は始まらない。
森を抜けようと歩き出した、その時――。
周囲から何やら気配を感じた。しかも1つじゃない。2つ、3つ……どんどん増えていく。
「敵かっ!!」
すかさず魔力を充填しようと構える。
すると、気配の1つが森の暗闇から姿を現した。
深紅の瞳、鋭い牙、炎のように燃える尻尾。
どう見ても火属性の狼だった。
「ウオオォォォォン!」
遠吠えに呼応して、周囲の影からも次々と現れる狼たち。ざっと数えて20匹。
この世界での戦闘経験はゼロ、初戦闘にしてはかなり分が悪い。
皆、腹を空かせているのか、俺を見るなり涎を垂らしている。
「クソッ、いきなり初戦闘かよ。しかも相手は火属性……相性悪っ!」
だが、やるしかない。
異世界転移して、初戦闘で命落としましたーなんて、ロレアに顔向けできないしな。
飛びかかってくる狼たち。
「フレイムボール!」
放った火弾は狼の顔面に命中。……だが、突き抜けて迫ってくる!
やっぱり同属性だと効果が薄れるか……!
「だったらこれでどうだッ! うおらぁ!」
魔法が効かないなら肉弾戦だ。身体をひねり、回転蹴りを狼の首へ叩き込む。
直撃した狼は木の幹に激突し、そのまま動かなくなった。
「ヒュー、やっぱステータスバフって強ぇな」
自分の蹴りに見惚れている暇もなく、次々と襲いかかる狼たち。
魔法で視界を塞ぎ、肉弾戦で致命傷を与える――まさに作業ゲーのような戦いが続いた。
「ぐあっ! 痛ってぇ!!」
1匹に左肩を噛まれる。振り払い、腹に右フックを叩き込み、なんとか倒すも、鋭い牙で大きく裂かれた肩からは出血が激しい。
だが、まずは敵を倒しきらなければ――。
「これで……最後やッ! おらっ!!」
「クォーン……」
最後の1匹も蹴り飛ばし、ようやく静寂が戻る。
だが、俺は地面に膝をついた。傷の処置を急がなければ、失血死する。
――が、包帯も薬もない。どうする……?
そこで、俺はある手段を思いつく。成功するかは分からないが、やるしかない。
右手を左肩に添え、魔力を充填。
肩を弱火でジリジリと炙る。
「あぢぢぢぢぢ!」
やがて血は止まり、そこには火傷の跡だけが残った。
近くの湧水へ駆け寄り、焼けた肩に水をかける。
「ふいー……死ぬかと思った……」
――と、そこへ。
「……けて……誰か……助けて!!」
小さな声が、確かに聞こえた。
少女の悲鳴だ。こんな山奥に、他にも人がいるのか?
考えるより先に身体が動いていた。
「嫌っ……来ないで!!」
そこには、白いフード付きローブを身にまとった少女が蹲っていた。
俺と同じく狼に囲まれており、今にも襲われそうだ。
少女はバリアを張っているようだが、魔力が尽きれば終わりだろう。
俺は狼との距離を詰め、空高くジャンプ。空中で一回転し……
「てぇーーーい」
やる気なさそうな声で、完璧なライダーキックを叩き込む。
狼は豆鉄砲を食らったような顔で絶命した。
呆気に取られた少女と狼たち。
「さてと……次は誰かな? どこからでもかかってこい!」
手でクイクイッと挑発。
狼たちが親の仇のような目で飛びかかってきた。
再び、魔法と体術の連携で薙ぎ倒していく――。
「よーし、これで全部かな? 終わったよ、お嬢さん。怪我はない?」
少女に近づくと、スッと避けられ、そのまま無言で逃げ出した。
「あっ、ちょっと待って……!!」
色々聞きたいことがある俺は彼女を追いかける。
ギリギリで姿は捉えられるが、人間とは思えぬ速さで距離が離されていく。
……が、少女は道の小石に躓いて転倒した。
「えっ! ちょっと大丈夫!?」
すぐさま容態を確認する。幸い、擦り傷程度で大きな外傷はないようだ。
だが、何故か少女は恐怖に震えていた。
「い、命だけは助けて……もう逃げないから……」
その一言で、彼女が今どれほど追い詰められていたかがわかる。
まずは信頼を得ないと、話も聞けない。
「君が何に怯えてるかは分からないけど、俺は敵じゃないよ。
俺はただの冒険者、辻川 遼。良かったら、何があったのか話してくれないかな?」
「……ツジカワ……リョウ……?」
少女は恐る恐る顔を上げ、じっと俺の顔を見つめた。
サファイアのように輝く瞳、雪のように真っ白でふわふわとした髪。
10代前半ほどの幼さがある。こんなに見つめられたら、少し照れる……
1分ほど見つめた後、少女はホッとため息をついた。
「うん、敵意はない。ひとまずあなたを信じる。私の名前はニーナ・ブラント。ニーナって呼んでね」
こうして、ようやく少女の信頼を得た。
彼女はゆっくりとローブを脱ぎ、その正体を明かす。
頭には……猫のような耳!?
(ロリ! ケモ耳! うおぉぉぉ!! リアルで見れるとは……猫人族万歳!! とりあえずモフらせろ!!)
俺は有頂天になっていた。
「……聞いてる?」
ニーナはムスッとした顔で問いかけてくる。
しっぽを地面にバシバシ叩きつけているのが、逆に可愛い。
俺は煩悩まみれの頭をぶんぶん振り、姿勢を正した。
「ごめんごめん、ちゃんと聞くよ」
「むぅ。しっかりして」
改めてニーナは自分の境遇を語り出す。
内容を整理すると……こうだ。
ニーナは、今俺たちのいるメサルリュイ大森林の北東にある「オロドセニル外地村」という猫人族の集落で育った。
幼い頃に両親を事故で亡くし、叔父に育てられていたが、ある日、叔父とともに王都レルムへ買い物に出かけた際、奴隷商人に攫われてしまったという。
猫人族が奴隷として売られるのは、この世界では珍しくないらしい。
特にニーナのような見た目の良い子は、高値がつくのだという。
暫くは奴隷商人のアジトで不憫な生活をしていたが、なんとか隙を突いて逃げ出し、今に至るというわけだ。
「つまり今、ニーナは奴隷商人に追われてるってことか?」
俺の問いに、ニーナは首をかしげながら答えた。
「んー……正確にはちょっと違う。今追ってきてるのは、アルテ村ってところの商人。王都の奴隷商人から依頼されて、私を探してるんだよ」
「アルテ村……?」
地名が多すぎて混乱してきた。
こっちはこの森から出たこともない異世界転移者なんだ。想像も追いつかない。
「王都からここまでは遠いけど、アルテ村はオロドセニルのすぐ隣にあるの。あたしが逃げたって知って、追っ手を差し向けたんだと思う」
なるほど。つまり、油断してる暇はないってことだ。
「だから、とりあえず私の村まで行って助けを呼ばないt……むぐっ!?」
突然、ニーナの声が途切れた。
「ニーナっ!?」
木々の陰から、黒ずくめの男たちが五人、音もなく現れた。
そのうちの一人がニーナの口をふさぎ、あっという間に彼女を抱え上げて走り出す。
ニーナは暴れながらも声を出せず、必死に手足をばたつかせていた。
――まさか、もう追っ手が来たのか!? いつの間に!?
「ニーナを離せ!! フレイムボール!!」
俺は咄嗟に魔法を詠唱し、火の玉を三発放つ。
狙いは正確だったが、後方を走っていた二人がすかさず振り返り、魔法障壁――シールドを展開。炎は呆気なく掻き消えた。
「お前……奴隷商人の一味か!?」
一人が警戒心むき出しで問いかけてくる。反撃の構えはないが、完全にこちらを敵と見ているようだ。
「違う! 俺は冒険者の辻川 遼! さっきこの森で、狼に囲まれてたニーナを助けたばかりなんだ!」
「……ふん、信用ならんな」
男は睨みを利かせたまま叫ぶ。
「詳しく話したいなら、アルテ村まで来い!」
「は……?」
言葉の意味がすぐには理解できなかった。
なぜ連れて行く? 奴隷商人の依頼なら、俺が敵ならその場で倒せばいい。味方なら引き渡すべきだ。
――なぜ、こうも曖昧な態度を取る?
分からないことは多いが、一つだけ確かなのは。
俺は、ニーナを助けなきゃならない。
そのためにも、アルテ村へ向かうしかない……ということだ。