第2話 異世界転移
女神……? どういうことだ?
俺は、死んだのか……?
意識を取り戻すと、そこは見慣れた街の景色でもなければ、自分の部屋でもなかった。周囲は不思議な光が漂う草原のような場所で、空はやけに青く澄んでいる。地面には浮遊する花びらのようなものが舞っていて、まるで夢の中にいるかのようだった。
そこに現れたのが、「女神」と名乗る少女だった。
突然見知らぬ場所に転送されて、さらに女神と名乗る少女に出会ったとなれば、普通は死を覚悟する。
というか、俺も覚悟した。体の感覚がいつもと違う。重さがない。呼吸も妙に楽だ。これ、幽体離脱ってやつじゃないのか……?
「うーん? なんだか、いろいろと聞きたいことがありそうな顔だね。なんでも聞いてくれていいんだよ?」
女神が人懐っこい笑みを浮かべながらそう言ってきた。
「えっと……その髪飾り、可愛いですね?」
……何言ってんだ俺!?!?
いや今じゃないだろ!? もっと他に聞くことあるだろ!?
よりにもよって第一声が「可愛いですね」って、どんだけ緊張してんだよ俺!
「君、はじめに女の子の容姿を褒めるなんて……中々センスあるねぇ。これは君の世界で言うところの『マリーゴールド』。花言葉は『勇者』なんだよ。でも……君が本当に知りたいのは、それじゃないよね?」
当然だ。言い当てられて当然だ。
俺は咳払い一つして、落ち着きを取り戻すと、聞きたいことを順番にぶつけていった。
そして得られた情報をまとめると、以下の通りである。
Q. ここはどこなのか?
A. 俺の元いた地球とは異なる「別世界」。時間の流れはほぼ同じらしいが、同じ宇宙内にある星なのかどうかまでは明かしてくれなかった。
Q. 俺は死んだのか?
A. 死んではいない。ただ「神の召喚」によって、強制的にこの世界に“転移”させられたとのこと。
Q. なぜ俺なのか?
A. この世界では今、「魔人」と呼ばれる存在による侵攻が進んでおり、それを止めるためには“強力な魔力の器”が必要だった。俺にはその適性があるらしい。
Q. 元の世界に戻れるのか?
A. わからん(てへぺろ☆)
……ふざけんなよ!?
「てへぺろ」じゃねえよ!もし戻れなかったら俺の人生どうなるんだよ!
「そう怖い顔をしないでくれよ〜。この世界を救うには、君の力が本当に必要なんだ。頼むよ!」
真剣な顔でお願いされて、返事に詰まる。
断る選択肢がないってのもあるけど、それ以上に――どこかで、俺自身が「誰かに頼られたい」って、そう思ってたんじゃないかって気がした。
「君だって、力を欲してるんだろう? 大事なものを守れる、自分の正義を証明できる力をね。私なら、その力を君に授けることができる。なんたって私は“能力を司る女神”、ロレアだから」
その言葉に、胸がチクリとした。
思い出す。俺はいつだって“誰かの役に立てた”ことなんてなかった。
勉強も、運動も、人付き合いも、すべてが並以下。唯一、ゲームの腕は少しだけマシだったけど……それも、突き抜けてるわけじゃない。
さっきだって、ただのチンピラに絡まれて、何もできなかった。
情けないほどに、俺は“無力”だった。
でも。もうそんな自分でいたくない。
誰かに必要とされたい。
誰かを守れる力が欲しい。
強くなりたい。
「その眼差し……どうやら覚悟ができたようだね」
「ああ。やらせてくれ。救ってやるよ、この世界を、俺の力で」
「よし、決まり! それじゃあ早速、君に“力”を与えよう。どんな役職がいいかな?」
ロレアがぐっと顔を寄せてくる。
その距離感にちょっとドキッとするけど、今はそれどころじゃない。
役職、か。
勇者?剣士?錬金術師?テイマー?
いや、異世界といえば……魔法!
「ロレア、俺に魔法を使える力をくれないか」
「ふふっ、わかった。じゃあ君の役職は“魔術師”ってことで決まりだね!」
ロレアが一歩近づき、俺の額に指をツンと当てる。
その瞬間、意識が遠のいた。けど、ほんの数秒で戻ってきた。
不思議な感覚が体を満たしている。力が……体の内側から湧き上がってくるような感覚だ。
「おかしいな……火属性以外の魔法、適性ゼロだよ。こんなの初めて見た」
「え、それって……他の属性魔法は一切使えないってこと?」
「そういうこと。でも逆に、火属性の適性がめちゃくちゃ高い。96もあるよ! 今まで見た中で最高記録が80だから、君は異常値だね〜」
ロレアは少し難しい顔をして腕を組んでいる。
……火属性極振りの魔術師。正直、将来的にバランスが悪そうで不安しかない。
「まぁ、防御系や回復魔法には支障なさそうだから、せいぜい頑張ってね」
……いや、急に雑!
さっきから思ってたけど、この女神、気さくというか、神っぽさゼロなんだよな。もっと神秘的で荘厳な存在を想像してたんだけど、現実はこれだ。
「っていうか! 俺の服返してくれません!?」
あ、そうだ、忘れてた。今、俺……素っ裸じゃねぇか!!!
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。女神様の前だってのに!
「あぁ、ごめんごめん。こっちの世界ではその服じゃ危ないと思ってね。代わりに、ちゃんとした装備を用意してあげるよ」
ロレアが魔力を込めると、俺の周囲に赤い魔法陣が出現し、体をゆっくりと光が包み込む。数分後、光が静かに収まった時
――俺はすっかり新しい服に身を包まれていた。
白のシャツに黒のロングコート、シンプルだが動きやすい素材で出来ている。なるほど、これは戦うための服なんだな。
「あと君、運動能力が壊滅的に低かったから、ちょっとだけ底上げしといた。多分、人並みに戦えるくらいにはなったと思うよ」
「うおお、すげぇ……動きが軽い!」
軽くジャンプしただけでも、自分の体がまるで別人みたいに動く。
スピード、跳躍力、スタミナ、すべてが大幅に強化されていた。これが……神の力ってやつか。
「さて、そろそろ君の降り立つ世界へ向かってもらおうか。現地の事情については、向こうの人間から直接聞いてね。我々神は直接的な干渉が禁じられているから、召喚以外はできないんだ」
「ロレア……本当に俺で、この世界を救えると思うか?」
不安は、正直あった。怖くないといえば嘘になる。
そんな俺を見て、ロレアは優しく微笑みながら言った。
「大丈夫。君の“誰かの役に立ちたい”って想いは、本物だった。それさえ忘れなければ、君はきっと、最強の魔術師になれる。――たとえ、火属性しか使えなかったとしてもね」
優しく、俺の頭を撫でてくれた。
「然るべき時が来たら、また“神の樹邸”で会おう。それまでは、しばらくのお別れだ」
その瞬間、足元の地面が消えた。
「うわああああ!! 死ぬ!! これ絶対死ぬやつ!! 覚えてろよロレアぁぁぁぁぁ!!」
上空から一直線に落ちていく俺の姿を、ロレアは天の上から見つめていた。
まるで旅立つ子どもを見送る母のような、あたたかい眼差しで。
「……君の健闘を、心から祈っているよ。“辻川 遼”」