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サーディスとアレクシス①


本編は第15話までゆっくりと進む展開になっています。

テンポよく物語を追いたい方は、『王子護衛騎士編』の『ここまでの人物紹介』を先に読んでから続きを進めるのがおすすめです。


人物や関係性を把握した状態で読めるので、スムーズに物語に入り込めます。


じっくり読みたい方はそのままどうぞ。お好みのスタイルでお楽しみください!



 まさか、こうなるとは。

 武術大会には、ただ"名を売る"ために参加した。

 優勝すれば、それなりの貴族の目に留まり、どこかの騎士団や軍に潜り込めるはずだった。それが一番、無難な道だと思っていた。貴族の庇護を受け、然るべき地位を得て、少しずつ復讐の準備を進める。


 それが、私の描いていた計画だった。

 だが、運命は思いがけない方向へ転がった。


 クレスト――王直属の精鋭。私の"仇"が属する組織。そして、その"仇"の一人、ゼファルがいた。

 視界に入った瞬間、血が沸騰するような感覚に襲われた。


 この男が、私の家を滅ぼした。

 この男が、両親を殺し、故郷を焼いた。

 この男が、私の人生を奪った。

 何事もなかったかのような顔で、王都の高みで生きている。あの日の惨劇も、泣き叫ぶ声も、灰に沈んだ屋敷も、もうとうに忘れ去っているのだろう。


 ――神は、皮肉が好きらしい。復讐のために、一歩近づいた。それだけで十分だったはずなのに、王はさらに私を"王子の護衛"に任命した。


 ……予想外だ。王宮の奥深くに入り込むことができる。これは、普通ならば得られない"機会"だ。


 慎重に動けば、クレストの動向を探ることもできるだろう。だが、問題は"王子"の存在だ。


 (シス様――)


 思い返す幼き日の記憶。黄金の日々。騎士ごっこをし、無邪気に笑い合った時代。本当に守りたかったものが、あの時には確かにあった。


 ……だが、それも過去のことだ。


 私は、あの時の"ミレクシア・アルノー"ではない。今の私は"サーディス"。

 私は、私の復讐を果たすために生きている。


 だから――私は、頭を振る。


 (……感傷に浸ってどうする)


 それは今の私には、何の価値もないものだ。王子が、私を信用しないのは明らかだ。武術大会での試合、ゼファルを見たときに、私は一瞬だけ動揺した。

 それを、彼は見抜いていた。ならば、まずやるべきことは一つ。

 "王子に最低限の信頼を得ること"

 それがなければ、私はこの立場でまともに動くことができない。クレストの中で"余所者"と警戒され、王子からも疑われるようでは、何もできずに終わる。


 復讐のためには、"使える道具"を揃えなければならない。

 王子を味方につける必要はない。だが、少なくとも、"疑われすぎる"のはまずい。

 仇を見つけ仕留めるためには、まず"情報"を手に入れる必要がある。そのためには、しばらくは王子の"忠実な護衛"であるべきだろう。


 焦るな。

 待て。機会は必ず来る。

 私は王子の護衛騎士"サーディス"として、今この場にいる。

 私が"ミレクシア・アルノー"だったことを知る者は、誰もいない。

 それでいい。




 王宮の広間に足を踏み入れた瞬間、胸の奥が僅かに疼いた。

 磨き上げられた大理石の床に、壮麗なシャンデリアの光が反射している。壁には王家の歴史を刻んだ豪奢な装飾が施され、空間全体が静謐な威厳に満ちていた。


 ――変わらない。


 十年前と同じ王宮。かつて何度も訪れた場所。

 だが、そこに立つ私の姿は、あの頃の私とは全く違っていた。

 私はサーディス。

 "ミレクシア"ではない。

 そして今、"サーディス"として、彼の前に立つ。

 王子アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイト。十年ぶりの再会。彼は私を見ている。


 ……いいや、"見ているようで、見てはいない"。


 王子の瞳は、かつての私を映していない。当然だ。

 私の髪も、瞳の色も、名前も、全てが変わっているのだから。

 私は静かに膝をつき、一礼した。


「サーディスと申します。護衛騎士として、これより王子にお仕えいたします」


 低く、落ち着いた声。感情を滲ませないように――忠誠を誓う者としての言葉を紡ぐ。

 ただし忠誠を誓いすぎるのは不自然なので最低限の声色で。

 王子は、私を見下ろしていた。


「君が新しい護衛か」


 静かな声。どこか柔らかい響きを持ちながらも、かつてとは違う"王族としての威厳"を感じさせる声だった。


「……顔を上げてくれ」

 ゆっくりと顔を上げる。王子と、視線が交わる。


 近くで見る彼は、幼い頃の姿とは全く違っていた。身長は高くなり、かつて頼りなかった少年の面影は、すでに消えていた。精悍な顔立ち、落ち着いた眼差し、揺るぎない自信――まさに、王となる者の風格を持っていた。


 ……それでも。


 彼の目に宿る光だけは、昔と変わらないように見えた。


「君は……」

 王子が言葉を途切れさせる。


 何かを思案するように、微かに目を細めた。


「どうかしましたか?」

 私は平静を装いながら問いかける。


「いや……どこかで会ったことがある気がしただけだ」

 心臓が、跳ねる。


「――!」


 すぐに表情を整え、淡々と答えた。

「王子とは、初対面のはずですが」

「……そうか」


 王子は少しの間、考えるように私を見ていたが、やがて微笑した。


「ふむ……君とは長い付き合いになりそうだな」


「……護衛としての意味なら、当然でしょう」


「そうではない」

 王子は静かに言う。


「君は、どこか"懐かしい"気がする」


 懐かしい。


 彼がそう感じたのは、"私のこと"なのか、それとも"昔の誰か"なのか。

 だが――彼はもう、私を"ミレクシア"とは思い出さない。それが、たとえ目の前にいても。

 私は名を捨て、過去を捨てた。だから、彼の記憶の中で"ミレクシア"はすでに消えている。


 それでいい。


 彼にとって私は、"護衛のサーディス"であり、それ以上でもそれ以下でもない。


「……王子の勘違いでしょう」

 私は言葉を切り捨てるように告げた。


「私は、ただの護衛です」

「……そうか」

 王子はそれ以上何も言わなかった。


 それでいいのに――なぜか、胸の奥が微かに痛んだ。

 私は王子に再び一礼し、その場を去る。背後で、彼の視線を感じながらも、振り返らなかった。


(……私は、ミレクシアじゃない。私は、サーディス。復讐を果たす者)


 己に言い聞かせるように、歩を進める。

 だが、それでも。

 王子の微かな"違和感"に気づいた眼差しと、"懐かしい"と呟いた言葉が、心の奥にわずかな波紋を残していた――。





 サーディス。


 第一印象は、"静かな女"だった。礼儀は最低限。表情の変化も乏しく、必要な言葉以外は口にしない。剣士としての腕は一流。他とは一線を画す存在。それ以上でもそれ以下でもない――そう思った。

 だが、"懐かしい"と口にした瞬間、彼女の反応が僅かに揺れた。ほんの一瞬。だが、確かに。


(……なぜ、あの言葉にだけ反応した?)


 彼女のような人物に会った記憶はない。

 私は王族として、これまで出会った者の顔と名をすべて覚えている。覚えていなければならなかった。


 それなのに――彼女の反応は、一体何なのか?


 そして、私自身が"懐かしい"などと、思わず口にしてしまったことも気にかかる。

 言葉にしてから、"なぜそんなことを言ったのか"と自分で驚いたほどだ。

 ……まるで、記憶の奥底に埋もれていた何かが、ふと浮かび上がったような感覚だった。

 だが、私は彼女を知らない。"サーディス"という名も、聞いたことがない。


(彼女は、私に何か隠しているのか?)


 "何か"目的があって私の騎士になったのだろう。その"何か"は、まだ分からない。私を守るためか、それとも――別の理由か。

 それを知るには、少し時間が必要だろう。


 ……だが、悪くない。


 いつも周囲には愛想の良い者ばかりが集まり、心にもない言葉を投げかけてくる。"王子"という肩書に膝を折り、顔色を窺いながら機嫌を取る者ばかりだった。

 そんな中で、彼女のような無愛想な仕事人は、ある意味で新鮮だった。

 無表情。無愛想。必要なことだけを話す。

 なのに、"懐かしい"と言った瞬間だけ、微かに動揺した。


(彼女の反応の理由……そして、私の"懐かしさ"の正体)


 これは――面白くなりそうだ。


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