雷槍
王子アレクシスは剣を構え、素早く駆け出した。
その傍らには、傭兵団の弓使い――エルヴァン。
彼は弓を手にし、すでに矢を番えている。
「殿下、前を頼む!」
エルヴァンが叫ぶと同時に、矢が一直線に放たれる。
空を裂き、槍兵の鎧の隙間へと突き刺さる。
呻き声とともに、一人が膝をついた。
アレクシスは迷わずその隙を突き、剣を閃かせる。
鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。
「いいぞ、もっとやれるか?」
「言われなくても!」
エルヴァンは次々に矢を放ち、アレクシスは矢の軌道に合わせるように動く。
二人の動きは完璧なコンビネーションだった。
騎士たちの包囲を少しずつ崩しながら、アレクシスは剣を振るい続ける。
傭兵団員たちも果敢に戦い、それぞれが持ち場で戦線を支えていた。
ゲオルグと騎士団長カイルの間には、張り詰めた緊張が漂っていた。
二人は無言のまま槍と剣を構え、互いの動きをじっくりと観察する。
"槍"と"剣"――それぞれの間合いを熟知した二人の間には、無駄な動きは一切なかった。
お互いの武器の特性を知り尽くしているからこそ、軽々しく仕掛けることができない。
しかし――
雨音に紛れ、一瞬だけ"風"が揺らいだ。
その刹那、ゲオルグが槍を回転させ、一気に間合いを詰めた。
「――はァッ!!!」
鋭い突き――まるで雷のごとく、一直線に繰り出される槍の一撃!
カイルは即座に反応する。
剣をわずかに傾けながら身を引き、その突きを"紙一重"で避けた。
だが、ゲオルグの動きは止まらない。
槍の軌道を"一撃で終わらせない"。
そのまま槍を旋回させ、二撃目が繰り出される。
最初の突きを避けた敵が"次に動く場所"を正確に読んだ、"殺意の二撃"。
カイルは眉をひそめ、即座に対応する。
片手で剣を振りかぶり、槍の二撃目を受け流すように弾く。
――キィンッ!!!
火花が散る。
鋼と鋼がぶつかり、激しい衝撃が周囲に伝わる。
それと同時に、カイルの剣が跳ね上げられる。
(……悪くない)
ゲオルグは満足げに口角を上げた。
だが、カイルもまた笑みを浮かべる。
「さすがは元"クレスト"」
言葉と同時に、カイルが前へ踏み込む。
ゲオルグの槍の"間合い"を無理やり潰す形で、剣の斬撃を繰り出した!
シュバッ――!!
剣閃が閃く。
ゲオルグは即座に槍を引いて防御の態勢に入る。
――しかし、カイルの剣は、一撃だけでは終わらなかった。
間髪入れずに連撃が繰り出される。
一撃目――槍を叩くように弾き、軌道を狂わせる。
二撃目――胴を狙い、鋭い横薙ぎ。
三撃目――突きを見せかけ、フェイントからの踏み込み!
ゲオルグはその猛攻を目の当たりにし、即座に判断を下した。
(――こいつ、速いな)
片腕の自分が、カイルの猛攻をまともに受け続ければ、いずれ破綻する。
"ならば"
槍の柄を回転させ、一瞬で防御に徹する。
そして――
「オラァッ!!!」
防御の動きを見せつつ、槍を強く振り抜くことで、"衝撃"をカイルに返した。
まるで槍が"鞭"のようにしなり、カイルの剣を押し戻す。
(……!)
カイルの目がわずかに見開かれる。
その一瞬の隙をつき、ゲオルグは後方へ大きく飛び退いた。
泥が跳ね、槍の切っ先が雨の中で鈍く光る。
再び、間合いを測る二人。
カイルは深く息をついた。
ゲオルグもまた、わずかに肩を揺らして息を整える。
「……ほう。片腕でも、まだまだやるではないですか」
ゲオルグが不敵に笑う。
「剣の方もな。今の連撃、ちょっと危なかったぜ?」
カイルは何も言わず、静かに剣を構え直す。
大地を叩く雨が戦場の喧騒を包み込み、激しく地面を濡らしていた。
兵たちの息遣い、泥に足を取られる音、鋼がぶつかり合う甲高い音――
それらすべてが、戦場の狂騒を形作る。
だが、その喧騒を圧倒するかのように、カイルの静かな声が響いた。
「さすが、かつて"剣聖"と互角だった男……」
その言葉が放たれた瞬間、戦場の空気が一変する。
周囲にいた兵士や傭兵たちが息を飲み、ささやきが広がった。
「……剣聖?」
「"クレスト"にそんな男がいたのか……?」
「いや、そんな話は……」
だが、それを知る者はいた。
古参の兵士が、信じられないものを見たようにゲオルグを凝視する。
「……まさか、"雷光"のアルベルトか?」
それを聞いた者たちは、一斉にゲオルグへと視線を向けた。
だが、彼は何も答えない。
雨がその無言を余計に際立たせていた。
濡れた髪が頬に張り付き、槍を持つ手は変わらず力強い。
その姿には、かつて"クレスト"の名の下に戦場を駆け抜けた頃の面影が滲んでいた。
だが――
騎士団長カイルの目が鋭さを増し、静かに言葉を紡ぐ。
「クレストを捨てた時点で、あなたはただの傭兵にすぎない」
冷徹な言葉が、雨音とともに戦場に響き渡る。
「あなたが戦場でどれだけの名を馳せようと、"今のクレスト"にとって、あなたは過去の亡霊にすぎない」
周囲の兵たちが、息をのむ。
「……クレストにいたころの誇りは、もう何も残っていないのですか?」
その言葉に、ゲオルグの目が細められる。
雨の帳が降りしきる中、二人の男が静かに向き合っていた。
騎士団長カイルは、ゲオルグを警戒するように剣を構える。
その鋭い眼差しには、過去の記憶が滲んでいた。
この男を知っている。
かつて王国最強の精鋭――"クレスト"の一員として、その名を轟かせた騎士。
"剣聖"と並び称されるほどの実力を持ち、無数の戦場を駆け抜けた英雄。
王都の騎士たちが憧れ、恐れた存在。
――だが、そのすべてを捨てた男。
「誇り、か……そんなものを持ったまま、生きられるほど甘くはないさ」
ゲオルグの声は低く、感情の色を持たなかった。
かつて王国に忠誠を誓った男の言葉とは思えない、乾いた響き。
騎士団長カイルは、表情を変えずに言葉を返す。
「ならば証明してもらいましょう。"今の貴様"に、かつての力がどれほど残っているのかをな」
言葉の裏に込められたものは、挑発ではなかった。
これは"過去の亡霊"に向けられた、戦士としての純然たる興味――
そして、王国の騎士としての誇りだった。
ゲオルグは小さく肩をすくめる。
「……試してみるか?」
片腕で槍を軽く回し、試し打ちでもするかのように空を裂く。
槍の先が雨粒を弾き、鋭い風切り音を響かせた。
瞬間――
"雷槍"が、再び牙を剥いた。
ゲオルグの槍が雷のごとく閃き、瞬時にカイルとの間合いを詰める。
それはまるで、"槍"ではなく"雷光"そのもの。
「――ッ!!」
騎士団長は刹那の判断で剣を振るう。
刃と刃がぶつかり、火花が飛び散った。
雨音すらかき消されるほどの激しい衝撃が、大地を揺るがす。
槍と剣が、閃光のごとく交錯する。
――"互角"。
長年の鍛錬を積んできた騎士団長カイルの剣。
そして、片腕になってなお、一切衰えを見せないゲオルグの槍。
どちらも、一歩も譲らない。
ゲオルグの突きが風を裂き、カイルの剣がそれを的確に弾く。
すべてが一瞬の判断、一瞬の攻防。
まるで一手でも誤れば、命が尽きるかのような戦い。
しかし――"決着の兆し"は、まだ見えなかった。
槍と剣がぶつかり合い、戦場に火花を散らし続ける。
雨の中、二人の戦士は、互いに一歩も引かず、ただ"技"だけで勝負を決めようとしていた。
戦場の空気が、極限の緊張で張り詰める。
戦場は雨に濡れながらも、激しさを増していく。
傭兵たちの叫び、剣と槍がぶつかり合う鋼の音、駆ける馬の蹄が泥を跳ね上げる音――そのすべてが混ざり合い、戦場は混沌としていた。
王子アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイトは、前衛に立ち、剣を振るう。
泥の中でも無駄のない動きで騎士たちの攻撃を受け流し、隙を見て斬り込む。
その横で、エルヴァンが弓を次々と放ち、敵の動きを制限していた。
「殿下、左!」
エルヴァンの警告とほぼ同時に、アレクシスは体をひねり、迫る槍を剣で弾く。
相手の力強い突きに腕が痺れる。
だが、躊躇はしない。
逆に相手の動きが止まった一瞬を見逃さず、王子は体を低く沈め、剣を閃かせた。
騎士の鎧に弾かれるも、その衝撃で相手は体勢を崩す。
「よし、動きが止まった!」
その隙を、エルヴァンの矢が正確に突いた。
鎧の継ぎ目を射抜かれた騎士が呻き声を上げ、膝をつく。
王子とエルヴァンは息を合わせながら戦っていた。
まるで何度もこの戦いを経験してきたかのように、互いの動きを計算し、連携を繰り広げる。
だが――
騎士たちの壁は、厚く、強い。
幾人かを斃しても、すぐに別の騎士が間を詰め、隊列を乱すことなく戦いを続けている。
彼らは個々の強さだけでなく、完璧に近い連携で王子たちを追い詰めていた。
アレクシスは息を整えながら、僅かに距離を取る。
目の前の光景を冷静に分析する。
(……さすが騎士団……個々の力もだが、連携が異常に洗練されている)
アレクシスは自らの剣を構え直しながら、戦況を見極める。
傭兵団の面々も戦い続けているが、彼らの隊列は乱れつつあった。
騎士たちの動きは組織的で、どの傭兵に対しても同時に圧力をかけている。
一人が下がれば、そこに新たな騎士が入り込み、休む間もなく攻撃を加える。
まるで連携した生き物のように、秩序だった戦い方をしているのだ。
(このままでは……)
王子が唇を噛む。
エルヴァンも矢を番えながら、焦りを隠せない様子で王子に声をかけた。
「王子、ちょっとまずいぞ。あいつら、間断なく攻撃を仕掛けてきてる」
「わかっている……だが、この状況を打開しなければ」
王子は剣を強く握りしめた。
雨の冷たさも、体の疲労も、今は気にしていられない。
戦局は、刻一刻と不利になりつつあった――。
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