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 燃える建物の中──


 黒煙が渦巻き、炎が壁を舐めるように広がる。

 焼け焦げた木材が崩れ、空気は血と灰の臭いで満たされていた。


 視界の端には、崩れた天井の隙間から燃え盛る夜空が見える。

 だが、その光すらも、この悪夢の中では恐ろしく感じた。


 その中に──四つの影が浮かび上がる。


 ── 暗くて顔が見えない。


 彼らは炎の中で佇み、ゆっくりと言葉を交わしていた。

 まるで、焼け落ちる屋敷などどうでもいいとでも言うように。


「……全員始末しましたか?」


 一人の男が、無機質な声で呟く。


「問題はない」


 短く答えたのは、聞き覚えのある声だった。

 サーディスは、一瞬だけ胸の奥が冷えるのを感じる。


 ── この声、どこかで……?


「そっちはどうだったんだ?」


 別の大柄な男が問いかける。


 炎の揺らめきの中で、一人の男がチラリと視線を動かした。


 その男は── 腕を押さえている。

 指先が震え、黒焦げた袖口から滲み出る血。


「……ぬかった」


 そう呟く男の声は低く、苛立ちと悔しさが滲んでいた。


「感覚がねぇ……腕一本持っていかれたかもな」


 男が押さえる腕は、すでに機能していないように見えた。

 焼け爛れた布がこびりつき、血がじわりと流れ出している。


「アルベルトの旦那の腕一本持って行くとは、大した奴じゃねぇか」


 大柄な男が、興味深そうに唸った。


「任務は終わりました。彼の手当てもあります。帰りましょう」


 最初の男が冷静に告げる。

 まるで、人を殺すことが 「ただの仕事」 であるかのように。


 ── その瞬間、炎の光が、一人の男の顔を照らした。


 ゼファル──!


 サーディスの脳裏に、焼き付くような映像が叩き込まれる。


 鋭い目つき。整った顔立ち。

 だが、その表情には何の感情もなかった。


 燃え上がる屋敷の中で、彼らは淡々とアルノー家を滅ぼした。


(……こいつらが……!!)


 血が煮えたぎるような感覚が、サーディスの全身を貫いた。


 怒り、憎しみ、そして……絶望。


 ──その瞬間、視界が闇に沈む。


「──ッ……!」


 サーディスは、跳ね起きた。


 荒い息が、冷えた空気に白く染まる。

 鼓動が速く、指先が震えている。


(夢……? いや……あれは……)


 焼け爛れた屋敷の映像が、まだ目の裏に焼き付いていた。

 あの男たちの声、炎の音、血の臭い──すべてが、あまりに鮮明だった。


(これは"夢"なんかじゃない。十年前、私が見なかっただけで、確かに起きた"現実"だ……)


 サーディスは、無意識のうちに拳を握りしめる。

 その中にある、冷たい金属の感触。


 彼女はゆっくりと、拳の中のものを開いた。

 そこにあったのは、細い鎖が繋がれた、小さなペンダント。


 アルノー家の紋章が刻まれた、唯一の形見。


(……そうだ、私は……)


 指先に食い込む爪の痛みと、冷えた金属の感触が、まだ目覚めきらない思考を呼び戻した。

 彼女はそっと、それを握りしめた。


 ──目の前に広がるのは、寂れた寒村の廃墟。


 石造りの家々は朽ち果て、屋根の一部が崩れ落ちている。

 木々が霜に覆われ、夜明け前の寒気が肌を刺した。


 焚き火はすでに消え、灰だけが残っていた。


 遠くで、鳥の鳴く声が響く。

 それだけが、この静寂を破る唯一の音だった。


 サーディスは、じっと夜明けの空を睨んだ。


 手の中でペンダントをぎゅっと握る。

 その硬質な感触が、迷いを払い、決意を再び固めさせる。


(……あいつらが……)


 燃え尽きた記憶が、彼女の中で再び炎を上げる。


 かつての光景が蘇る――

 焦げる木の匂い、焼け爛れた屋敷、絶望に染まる叫び声。

 それは遠い過去のはずなのに、今なお鮮明に、目の裏に焼き付いていた。


 消え去ることのない怒り。

 果たされぬ誓い。


 それらが、冷えた胸の奥でなお業火のように燃え続ける。

 熱く、苦しく、彼女の全身を締め付けながら。


 ――燃え残った炎は、決して消えはしない。

 それどころか、今まさに風を得て、再び燃え広がろうとしていた。


 この身が灰になるまで、決して消えぬ炎として。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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