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逡巡


 城の外れ、瓦礫と死体が散らばる戦場の名残の中で、サーディスは王子と合流した。王子はすでにヴォルネス公を討ち、血に濡れた剣を静かに収めていた。

 その表情に疲労の色はあったが、誇りを失うことなく、凛然と立っていた。

 サーディスの姿を認めると、王子は微かに微笑んだ。


「……無傷か。さすがだな」


 何気ない称賛。しかし、その言葉に、サーディスはうまく返すことができなかった。


("王妃が……?")


 ゼファルの言葉が、頭の中を反響する。"十年前の襲撃を命じたのは、王妃シャルロット"。


 そして王子も、それを知っていたのではないか?


 冷静になれと心の奥で理性が訴える。


 "今ここで王子を問い詰めたところで、復讐は成し遂げられない"。


 サーディスの狙うべき敵は王妃だけではない。王妃の命令を実行したクレストの生き残り。アルノー家を滅ぼした者たちは、まだこの国の中に潜んでいる。王子を敵と決めつけ、ここで剣を向けたら、復讐の機会を失う。


 冷静な判断では、そう分かっている。


 だが――


("どうしても、今すぐ問いただしたい")


 感情が、理性を揺さぶる。


 彼は知っていたのか?

 自分の母が、アルノー家を滅ぼす命令を下したことを。もし知っていたのなら、それを止めることはできなかったのか?


 胸が軋む。

 だが、それでもサーディスは冷静を装い、一歩、王子から距離を取った。


「……シス様」


「ん?」


「聞きたいことが……」

 言いかけて、言葉が喉に詰まる。


(今、問い詰めて……"何を期待している"?)


 もし王子が、"知っていた"と頷いたら?

 もし王子が、"覚えていない"と言ったら?あるいは"知らない"と言ったら?


(どの答えが返ってきても、私は……)

 問いを口にするのが、怖かった。


 サーディスは、拳を握りしめる。


(今は、まだ……)


 王子は、サーディスの様子をじっと見つめていた。

「……どうした?」


 その問いに、サーディスは一瞬だけ目を伏せる。


「いえ……国境までは、あとどのくらいでしょうか」

 僅かに間を置いて、別の質問を口にした。


 王子は少し怪訝な顔をしたが、それ以上は深く追及しなかった。


「馬を飛ばせば、三日ほどで着く」


 サーディスは、ゆっくりと息を吐く。胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。王子を敵とみなして剣を向けるべきなのか。

 それとも、それは違うのか。


(今は……それを考える余裕はない)


「では、さっさと砦へ向かいましょう」

 そう言い、サーディスは歩を進めた。


 王子は、一瞬だけ彼女を見つめた後、その背を追いかけるように歩き出した。王子とサーディスは、ヴォルネス城の厩舎から馬を奪い、城を後にした。背後には、混乱する城の光がわずかに揺らめいている。


 だが、振り返ることはしなかった。

 彼らの戦いは、まだ終わってはいない。目指すは国境の騎士団。王子アレクシスは、長年仕えていた騎士団の指揮官たちが、今もなお忠義を貫いていることを願っていた。彼らは王家に忠誠を誓った精鋭たち。

 だが、王が変わった今、果たして彼らの意志はどうなっているのか。


 夜の闇が、二人を覆い隠す。

 サーディスは、王子の背を見つめながら、無言で馬を走らせた。冷たい夜風が頬をかすめる。ゼファルの言葉が、頭の奥で何度も反響していた。


(本当に……王妃が……?)


 どこか遠くで、胸の奥に微かな痛みを感じる。それを振り払うように、サーディスは目を閉じ、静かに息を整えた。

 今は考えるべき時ではない。今は"生き延びる"ことが最優先。

 その事実を理解していても、澱のように沈んだ感情は、簡単には消えてくれなかった。

 そんな彼女の隣で、王子が静かに呟く。


 「……終わりではない」


 サーディスは、わずかに顔を上げる。

 王子は前方の闇を見据えながら、静かに続けた。


「ここからが始まりだ」


 その言葉に、サーディスは小さく息を吐く。


(そう……まだ、何も終わってはいない)


 王子を救った。ヴォルネスを討ち、策を打ち破った。

 だが、それだけでは何も変わらない。

 本当の敵は、まだ玉座に座っている。


 そして――


("本当の答え"を見つける戦いが、まだ続いている)


 それが何なのか、まだわからない。

 だが、"このままでは終われない"ことだけは確かだった。


「……ええ」

 サーディスは、わずかに頷いた。


 心の奥に沈む迷いを押し殺しながら、前を見据える。

 王子の言う通りだ。これは"始まり"に過ぎない。

 二人は馬を駆り、闇の中へと消えていった。


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