ミレクシア・アルノー①
こんにちは! 初投稿のシンギュラです!
この作品は「復讐×王宮×ダークファンタジー」をテーマにしています!
最初はゆっくりめの展開ですが、後半から一気に動きます!
読んでいただけると嬉しいです!
一方で、テンポよく物語を追いたい方は、まず『王子護衛騎士編』の最後の話の『ここまでの人物紹介』を読んでから、続きの話を読むことをお勧めします。
登場人物や関係性を把握した状態で読むことで、スムーズに物語に入り込めるようになっています。
お好みに合わせて、お好きなスタイルでお楽しみください。
では、物語の始まりへ――。
「――君が、新しい護衛か」
王宮の広間。
遠く響く靴音。
王子アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイト。
十年ぶりの再会。
だが、その瞳に映るのは、私ではなかった。
それが当然だった。
私の髪も、瞳の色も、名前も、すべてが変わっているのだから。
十年前、"ミレクシア・アルノー"は死んだ。
私はあの夜のことを思い出す。
炎の匂い。焼け焦げた母のドレス。
そして、ゼファルの冷たい碧の瞳――。
あの夜、私は確かに殺されかけたのだ。
私はもう、彼の知る少女ではない。
"サーディス"として、この場所にいる。
――復讐のために。
アルノー家は、長きにわたり王国の政治や軍事を支えてきた名門であった。
広大な領地を持ち、数多の忠臣と騎士を従え、王国の安定に貢献していた。
その名声は、代々続く「剣と知の名家」として広く知られ、アルノー家の者たちは皆、優れた知識と武勇を兼ね備えていた。
そんな名家に長女として生まれたのが、ミレクシア・アルノーだった。
王族にも劣らぬ教育を受け、剣の技も幼い頃から叩き込まれた。
両親の愛情を受け、兄に見守られながら、彼女は"アルノー家の誇り"として育てられた。
ミレクシアの父、ギルベルト・アルノーは寡黙で威厳のある男だった。
王国の将軍として名を馳せ、幾度もの戦で勝利を収めてきた歴戦の英雄。
王の信頼も厚く、その剣と指揮能力は"王国最強"とも言われた。
「剣は己の信念と共に振るえ」
それが、ギルベルトの口癖だった。
戦場では冷酷な指揮官であったが、家庭では家族を深く愛し、公平な判断を下す父だった。
ミレクシアが幼い頃、彼はよく娘を膝に乗せて語っていた。
「お前は強くなれ、ミレクシア」
「強くなれば、誰かを守ることができる」
その言葉は、ミレクシアの心に深く刻まれていた。
ミレクシアの母、エリシア・アルノーは、まるで光のような存在だった。
知性と優雅さを兼ね備えた彼女は、領民たちにも分け隔てなく接し、
「白百合の貴婦人」と称えられるほどの高貴な気品を持っていた。
ミレクシアにとって、母は憧れだった。
戦場を駆ける父とは違い、母は家の中で静かに家族を支えた。
「ミレクシア、貴族とは民を導く者です。強さだけではなく、慈しむ心を忘れてはいけませんよ」
母の言葉は優しく、ミレクシアの剣の道とは違う"強さ"を教えてくれた。
そして、ミレクシアには一人の兄がいた。
レオナード・アルノー。
父の跡を継ぐべく鍛錬を積む若き騎士であり、ミレクシアにとって最も身近な"目標"だった。
レオナードは真面目で実直な青年だったが、妹には甘かった。
「ミレクシア、もっと足を動かせ。ほら、そこが甘い!」
「うるさい、兄様! 負けないんだから!」
屋敷の庭で、兄妹はよく剣を交えた。
ミレクシアは幼い頃から剣に親しみ、刺繍なんかよりも兄と剣を振るうことのほうが好きだった。
「お前が強くなって、俺を超えてくれるのを楽しみにしているよ」
「そんなの、すぐだよ!」
二人のやり取りは、アルノー家の庭に響く"日常の音"だった。
ミレクシアは、家族とともに幸せだった。
アルノー家の誇りとして生きることに、何の疑いもなかった。
ミレクシア・アルノーの一日は、厳格な教育と鍛錬に満ちていた。
名門貴族の嫡子として、そしてアルノー家の誇りを背負う者として、甘やかされることは一切なかった。
朝は早く、日の出とともに始まる。
屋敷の広い書斎に足を運び、教師たちによる授業を受けるのが日課だった。
ミレクシアの学ぶ内容は、多岐にわたる。
歴史を学ぶことで、国の成り立ちと王族・貴族の責務を知る。
「貴族とは、民を導く存在です。歴史を学ばなければ、過去の過ちを繰り返しますよ」
教師の言葉を受け、ミレクシアは熱心に王国の年代記を読んだ。
戦術・戦略も欠かせない学問だった。
父ギルベルトが戦で指揮を執る将軍であることもあり、アルノー家の者は皆、軍事についても精通しているべきとされていた。
「この戦で敗れたのはなぜだと思う?」
教師が問いかけると、ミレクシアは地図を見つめながら答えを考えた。
「敵軍の伏兵に気づけなかったからです」
「その通り。では、伏兵を警戒するにはどうすればよいか?」
ミレクシアはしばし思案し、「斥候をもっと広く配置し、周囲の地形を利用するべきでした」
「よく気が付きましたね。戦では視野の広さが勝敗を分けます」
学問と実戦を結びつける学びが、彼女の思考力を鍛えていった。
また、語学も重要視されていた。
隣国との交渉や、外国の文献を読むために、王族や貴族は複数の言語を理解することが求められた。
「この文章を訳してみなさい」
教師が書物を開き、ミレクシアは慎重に単語を拾いながら訳していく。
「『勇者とは、剣を振るう者ではなく、民のために道を切り開く者なり』……?」
「その通りです。剣だけがすべてではありませんよ、ミレクシアお嬢様」
学問の時間は長く、集中力を要したが、ミレクシアは一切手を抜くことなく取り組んだ。
午前の学問が終わると、午後は剣の訓練が待っていた。
アルノー家の者は、剣の腕を磨くことを宿命とされている。
父ギルベルト、兄レオナード、そして屋敷の騎士たちが、彼女に剣術を教えた。
「構えが甘い」
父の厳しい声が響く。
「剣を持つ腕だけではなく、全身を使って動け。体勢が崩れたら、その隙を突かれる」
ミレクシアはすぐに構え直し、兄と木剣を交える。
「いいぞミレクシア、そのまま――!」
レオナードが微笑みながら言う。
だが、次の瞬間、兄の剣が鋭く打ち込まれ、ミレクシアは勢いよく弾かれた。
「ぐっ……」
「油断するな、ミレクシア」
兄の表情は優しかったが、その手加減のない一撃が"甘え"を許さないことを示していた。
ミレクシアは悔しさに唇を噛むが、それ以上に剣を握る手に力を込める。
「次は負けません」
「言ったな? ならば来い」
剣の鍛錬は、彼女の強さを育てていった。
夕方になると、母エリシアと共に領地を巡ることもあった。
アルノー家は、剣だけではなく民を導く責務を持つ家系でもある。
「ミレクシア、よく見てごらんなさい。この地で生きる人々を」
母は微笑みながら、町の市場を歩く。
「彼らの暮らしを知ることが、貴族の務めなのですよ」
領民たちは、母の姿を見ると、すぐに頭を下げた。
「エリシア様、いつもありがとうございます」
「アルノー家のおかげで、今年の作物は豊作です」
ミレクシアは、そんな光景を見て、心に刻んだ。
(私は、この人たちを守るために強くなるんだ)
彼女の誇りは、この領地と家族にあった。
ミレクシアは決して甘やかされることなく、貴族としての責任を学びながら育った。
学問、剣術、統治――すべてを学ぶ日々は、決して楽ではなかった。
だが、それが当たり前だった。
アルノー家の者として、この道を歩むことに疑問を持つことはなかった。
――この誓いが、あんなにも呆気なく崩れ去るとは、この時はまだ知らなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ゆったりした展開が続きますが良ければお付き合いください。
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それでは、次回もよろしくお願いします!