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未来予報自販機

少し不思議な話に挑戦してみたくなりました。

深夜、出張帰りにいつもと違う裏路地を歩いていたとき、私は妙な自販機を見つけた。電飾も古びていて、飲料ボタンは一切なく、「未来予報」という大きな文字が浮かび上がっている。興味本位で小銭を投入口に入れ、唯一のボタンを押してみると、ガコンという音とともにカプセルに入った紙切れが出てきた。


『五分後に電話が鳴る。出てはいけない』


正直なところ、バカらしいと思った。しかし、なんとなくその言葉を頭に入れたまま家に向かって歩いていると、ちょうど五分後にスマートフォンがけたたましく鳴った。相手は取引先の担当者。いつもなら出るところを、紙切れの“予報”を信じて出るのをやめた。正直に言うと、今日は疲れてこれ以上仕事をしたくなかった。『未来予報』を言い訳に出なかっただけかもしれない。


しかし、やはり電話の内容が気になり、結局30分後、帰宅してから折り返しの電話を入れた。担当者の態度は冷たかった。


「至急の要件だったのに電話に出ないなんて……もういいです。今回の取引はなかったことにしましょう」


契約が白紙になるなんて、痛恨の極みだ。とは言え、たった一回、こんな深夜に電話に出なかっただけで、しかもわずか30分後に電話をしたのに取引が中止になるなんて理不尽な話だ……。


しかし翌日、別のルートから耳にしたのは、担当者が自社のミスをこちらの責任にすり替えようとたくらんでいたという話。私が電話に出なかった直後、別の社員に電話があったらしく、その社員はかなり理不尽に責められ、いかにもこちらに責任があるかのように取引中止に話を持っていかれたのだと言う。もし私があのとき電話に出ていたら、一方的に罪をかぶせられていたかもしれない。


――どのみち取引は中止になったのだろう……もしかして、あの“予報”どおりにして助かったのか?


翌日、同じ場所へ行くと、やはりそこに例の自販機があった。試しに小銭を投入し、ボタンを押すと、また紙切れが出てくる。


『今日の午後、突発的にプレゼンを任される。

上司の要望を先読みして準備をせよ』


「プレゼン? そんな予定はないはずだが……」


そう思いつつも、私は念のため自分が担当している商品の資料をまとめ、簡単なスライドを作り始めた。すると本当に午後になって上司から呼ばれ、無理だと思っていた売り込み相手と急に会えることになったのでプレゼンの準備をして欲しいという話が舞い込んできた。


慌ただしく準備する周囲をよそに、私は落ち着いてほとんど完成しているスライドの一部を相手方に合わせて調整し、想定問答まで用意することができた。結果は上々。上層部からも「よくやった」と評価され、私は自販機の“予報”に奇妙な信頼感を覚えるようになった。


それからというもの、私は何か判断に迷うたびにあの自販機を訪れるようになった。出てくる“予報”はどれも驚くほど的中し、コーヒー1本分の投資でこれほどの成果を得られることに、私はすっかり魅了されてしまった。気がつけば、自販機に対する信頼は揺るぎないものになっていた。


ある日、ボタンを押すとこんな紙切れが出た。


『明日の打ち合わせ会議には必ず赤い靴下を履いていけ。

さもなくば、相手との関係がぎこちなくなる』


――赤い靴下? ビジネスシーンでそんな派手なものを履くなんてあり得ないだろう……


今までも不可解な指示はいくつかあったが、靴下の色にまで口を出されるなんて馬鹿馬鹿しい。さすがに無視して、いつも通りダークカラーの靴下を履いていった。


ところが当日の朝、空調トラブルで予定の会議室が使えなくなり、急きょ和室に移動することに。畳敷きなので靴を脱ぐと、向かいに座った取引相手がモゾモゾと足元を気にしている。見ると真っ赤な靴下を履いて気まずそうにしているではないか。


「いや、雨続きで替えがなくて……」


もし、私も赤い靴下を履いていれば、「お恥ずかしいですが私もです。雨が続いて他の靴下が乾かなくて」と話を合わすことができたかもしれない。そうすれば場が和み、相手に恥をかかせずに済んだだろう。結局、その打ち合わせはなんとなくギクシャクしたまま終わってしまった。


――もし赤い靴下を履いていれば……


私は大いに後悔し、今後はどんな指示も忠実に守ると心に決める。


その直後、ある朝に自販機から出てきた指示は『今日の商談には、ビジネスバッグの外にピンク色の付箋を貼っていけ』という不可解なものだった。


「ピンクの付箋を外側に……? どう考えても場違いだろう」


内心そう思いつつも、靴下の一件を教訓に、私は今回も指示に従うことにした。


そして商談の席で、先方担当者の目が私のバッグに留まり、声を上げた。


「おや? その付箋はどうしたのですか?」

「え、ああ、いや、その……」


実のところまさか先方がこの付箋に気づくとは思わず、何も答えることができなかったが、担当者はうれしそうにこう続ける。


「実は、私の今日のラッキーカラーがピンクなんですよ。これは良い縁を感じますね。ぜひ商談を成立させたいと思っています」


「そ、そうでしたか。いや、偶然ついてしまっただけなのですが……もしそれが幸運の印ならうれしい限りです。よろしくお願いします。さて、本日ご提案させていただきたいのは……」


そんなやり取りを経て、想像以上にスムーズに話がまとまり、最後には先方から「またぜひあなたにお願いしたい」とまで言われた。後で聞いたら、実に占いを信じている担当者だったらしい。


「……やはり侮れないな」


まさかピンクの付箋が“ラッキーカラー”として喜ばれるとは思わず、私はあらためてあの自販機の“予報”に敬意を抱くようになっていた。


……


そうして私は、ますます自販機の“未来予報”にのめり込んだ。大きな商談も、急なトラブルも、予報どおりに動けば大抵は上手くいく。周囲からの評価が急上昇し、ついには昇進まで果たした。

しかし同時に、自分で決断することが怖くなっていた。


「もし予報がなければ、私は失敗してしまうんじゃないか……」


そんな不安が心を支配するようになっていた。


ある夜、いつものように自販機の前に立ち、小銭を投入してボタンを押そうとした瞬間、紙切れがひとりでに飛び出した。まるで急を告げるかのように。


『すぐにここを離れろ。

二度と近づいてはならない』


「えっ……?」


その言葉を読んで、最初は困惑した。これまで私を成功へ導いてくれた自販機が、『もう来るな』と言っているのだ。けれど奇妙な信頼感があるからこそ、私はその指示に従い、後ろ髪を引かれる思いで路地を後にした。


翌日からしばらく、私は自販機に頼れないまま仕事に臨んだ。最初は不安でたまらなかったが、案外やっていける。むしろ、これまで培ってきた観察力や判断力を活かしながら、自由に動けることに気づいた。成功体験が自分の自信になっているのだ。


――予報がなくても、意外と大丈夫かもしれない……


そんなある日、私はふと過去にもらった指示の紙切れをまとめて眺めてみた。すべて大切に保管してあったのだ。めくっていくうち、今まで気づかなかった一枚が挟まっているのを見つける。紙の裏には、こう書いてあった。


『未来予報はこれで終わりである。もし、これ以上の予報を望むなら……』


「これ以上の予報を望むならいつまでも自立できないってことか……。うんもう十分だ。自分の力でやっていこう。やっていけるはずだ」


そう思うと、不思議なほど心が晴れやかになった。もはやあの自販機に近づけなくても恐れることはない。最後のメッセージは、私を新しい一歩へ導くための“卒業証書”のように感じられた。


……

…………

………………


数年後のある夜、自販機のことなどすっかり忘れていた私はうっかり例の路地裏を通り、そこであの“未来予報”の自販機の前を通ってしまった。もう必要はないと分かっていても、懐かしさが胸をくすぐる。例のメッセージを思い出し、恐る恐る横を通り過ぎようとした矢先、ガコンという大きな音が背後で響いた。


「え!?」


振り返ると、自販機がボタンも押されていないのにカプセルを射出している。転がってきたカプセルを思わず拾い上げると、内側には震えるような筆跡で罵詈雑言がぎっしり書きなぐられていた。


「お前なんか何もわかっていないくせに!

よくも途中で抜け出したな!

もっと依存させてから突き放すべきだった……

まったく使えない奴め!

お前の人生を滅茶苦茶にしてやりたかったのに……

くそっ、くそっ、くそっ……!」


酷い言葉が続く中、最後の行にはこう書かれていた。


「もう少し、もう少し、お前がもう少し弱ければ……

お前は私のいいカモだったのに……

二度と戻ってくるな、この裏切り者め!」


読んだ瞬間、背筋が凍ると同時に奇妙な安堵感が込み上げてきた。――なるほど、あの自販機は私の依存心を肥大化させ、最後に不利な指示を与えて破滅へ追い込もうとしていたのか。けれど、私が思いのほか早くそこから自立したため、その企みは失敗に終わった……。


メモを握りつぶしてカプセルに戻し、そっと地面に置く。すると、ギギギ……と錆び付いた歯車が狂ったような音を立て、自販機が悔しそうに軋んだ気がした。まるで「さっさといなくなれ!」か「もう一度戻ってこい!」とでも泣き叫んでいるかのようだった。


「……悪いけど、さようなら」


私は背を向け、決して振り返らない。この先、どんな困難があろうとも、もはやあの自販機に頼ることはない。そこに渦巻いていた陰険な思惑の存在を知り、私は完全に自由になったのだから。


自販機のうめきにも似た金属音が、微かに夜の闇に吸い込まれていった。

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