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みずうみ──紬と繭と京子  作者: モリサキ日トミ


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15/16

その15

十五(しづく)   現在②


「あの時もこうやって、あなたの両手を握って呪文を唱えたの」


「何て唱えたんですか」


「それは言えないわ。でも京子さん、あなたのおかげで私は救われた。ありがとう」


「紬さん、私はまだモヤモヤしてます。何だか私、紬さんに利用されたように思えるんですけど」


「そう思われても仕方ないわね。あの時、あの岩場で振り向いた私にあなたが声をかけてくれてね」


そんな事してない──と思うんだけど、

でも…あの時、振り向いた髪の長い女の人は──泣いていた。そう、形の良い鼻先を赤くしてぽろぽろ涙をこぼしていた。

そして私は


「大丈夫ですか」


と声をかけたのだ。あれ不思議だ。突然私の頭の中の色々な所にある引き出しが開いて、中から記憶のかけらが幾つも飛び出して一つにまとまった。

あの時あの岩場で泣いていた紬さんに声をかけた私は、


「私に何か出来る事はありませんかって、あなたに聞いたんでしたね」


「ええ、見ず知らずのお嬢さんに優しく声をかけてもらって──救われました」


相変わらず私の両手を握りしめたまま紬さんは言った。


「まさにあの時──あのオスの人魚に私の願いを叶えてもらったところだったの。自分の欲望の為にね。最低でしょ。さっきも話したけど、繭に人魚の種を仕込んで人魚に生まれ変わらせて無精卵を産み落とせれば、彼女も不老不死になって私とずっと一緒にいられる。ただ彼女が人間の男と交わってしまったら有精卵を産み死んでしまう。私は自分が永遠に独りぼっちになってしまうのが怖かった。だから私の大切な人を危険にさらしてでも目的を果たそうとした。自己嫌悪で胸が張り裂けそうだった。そんな時あなたが手を差し伸べてくれたの。私はあなたに甘えることにしたんです。繭がもしもの時には京子さん、繭の思いがあなたの中に移るように(まじな)いをかけさせてもらいました」


その時、紬さんが私に何をしたのかは全く覚えてないし、今も思い出せない。

それにお互い名前を言うことも無く別れた。と言うか、いつの間にかいなくなっていたのだ。


「その…マジナイをかけても、どこの誰かも分からない私に再度出会えなかったらどうするつもりだったんですか。今日たまたま出会えたから良かったけれど…しかも繭さんが亡くなってから結構な年月が経っています。繭さんの思いが知りたくて長い間、悶々としていたのではないですか」


「いいえ。そこの壁の額縁に納まっていたベビーパール、あれはマユコが産んだ有精卵を湖の主である二枚貝に預けて真珠にしてもらった物だったんです。あなたと出会えるまで、私のそばに置いておきなさいって湖の主が授けてくれました。そして京子さん、とうとうあなたと出会えた。だからそれを主に返す為に今夜あそこへ行ったの。京子さんに一緒に行ってもらえて嬉しかった。あの湖が土に覆われていたのに私たちが着いた途端、復活したでしょう。機が熟せば自然に物事は進むんです。そしてベビーパールを主の元に戻して、あの場所にあなたと一緒にいることで(まじな)いの答えを得られたの」


「それで繭さんの思い、聞けたんですか?」


「ええ、おかげで私、救われました。京子さん、ありがとうございました」


紬さんはスツールから立ち上がると私に向かって深々とお辞儀をした。


「やめてください。紬さん頭を上げて」


私も立ち上がって彼女の肩に軽く触れた。

そして紬さんはカウンターの中、私はスツールに座って向かい合った。


「紬さんはこれからどうするんですか?」


「そうね…、この店はもうすぐ契約が切れるから、どこか他の場所で商売しようかしら。ねえ京子さん、一緒にやらない?」


「えっ」


「ねえ、いいでしょう」


「私、何のスキルも無いですよ。持っているのは普通免許だけ、しかもペーパードライバー」


「それで充分」


「確かに、若い大先輩と仕事するのも悪く無いですね」


「じゃあ決まり。これからも、どうぞよろしく」


「はい。よろしくお願いします。それから時々」


「時々?」


「ええ、時々、あの湖だった場所に行きたいです」


「でも、もうあそこは…水で満たされることは無いわよ」


「いいんです。紬さんにとっては故郷だし、私にとっては神聖な場所に思えるんです」


私がそう言うと、紬さんは微笑みながらうなづいた。

そして春の夜は更けていった。

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