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みずうみ──紬と繭と京子  作者: モリサキ日トミ


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10/16

その10

(しづく)   三十九年前──早春


「ツムギ、ここは」


ぎらぎらした眼でマユコが紬を見た。


「マユコ、しばらくの間ここにいて」


狭いが綺麗に掃除をし、ふかふかの布団と食事の為の小さなテーブル、お菓子と茶器の入った茶箪笥、窓が無いので照明はどの場所より明るくした部屋、納戸だった所。


「マユコ、あなたは今サカリが来てる」


「ツムギ何を言っているの。私、意味が分からない」


弱々しい声でマユコはつぶやいた。

紬はマユコを布団に寝かせ、頭を頬を優しく撫でながら、


「ねえ、聞いて。あなたのお母さんは私の親友の繭だって言ったでしょう。それじゃお父さんは誰なのかって言うと、あのね、おそらく人魚だと思う。去年の夏に私と繭は海水浴に行ったの。そこで繭は泳いでいる時、突然一瞬の出来事だったんだけどマユコを身籠もった。そしてあなたが生まれて今ここにいるの。人間と人魚のハーフって言うか、あなたは人魚なの」


「人魚って…」


「多分、今が魚で言うところの繁殖期なんだと思う」


「やっぱり言ってる意味が分からないよ!私のどこが魚なの!ヒレもエラも無いじゃない。おそらくってツムギの想像でしょ」


「でもあなたは近くの湖で何時間も、潜水器具を付けずに潜っていられたでしょ。人間ではそんな事、あり得ない。それに多分マユコの体の中で、普通の人とは違う変化が今起きている。だから、怠くて食が細くなって体臭が強く現れたんだと思う。でもね、この時期が過ぎればきっと落ち着く気がするの。だから…」


「だから?」


「今マユコに起きている状態が落ち着くまで、ここで、この納戸で私以外の人と接する事無く過ごして欲しいの。お願い」


マユコは紬に背を向けて無言で布団に潜った。

紬は深いため息を一つつくと立ち上がり納戸出て、マユコが手を着けられないでいたマスコット作りを始めた。納期まで時間がない。

 

夕方、雨戸を閉め風呂を沸かし、お粥と厚揚げの煮物と青菜のおひたしをお盆に乗せて納戸の戸を開けた。部屋の中は何とも言えない匂いが漂っていた。


「マユコご飯だよ。先にお風呂入る?」


彼女は先程と変わらずこちらに背を向けて横になっていた。食事のお盆をテーブルに置いて、


「私もここで一緒に食べようかな」


声を掛けたが返事はない。


「この戸棚にマユコの好きなお菓子が入っているからね。出来ればこのご飯を食べて欲しいけど」


紬が納戸を出ようとすると、


「ツムギ」


後ろから弱々しい声がした。振り返って見るとマユコが上体を起こしていた。


「私、何か臭う?お風呂入るから洗うの手伝って欲しいの」


「うん。分かった。今、着替え取ってくるね」


風呂場で紬は、浴槽から出たマユコを石鹸のたっぷりな泡で洗った。いつもと変わらない体、いつもと同じきめ細かい肌。ただ、微かに甘く発酵したような匂いが取れる事は無かった。生臭さも気になったがとりあえず風呂から上がってパジャマを着せると、


「お腹空いてきた」


温まって顔色が少し良くなったマユコが言った。


「お粥温め直そうね」


「あのままで良いよ。でもツムギと一緒に食べたい」


「そうだね。一緒に食べよう」


納戸に紬の分も持ってきて二人で夕食を食べた。


「いつもの所で食べちゃいけないの?」


マユコが聞いた。


「ごめん。マユコの状態が落ち着くまでここで我慢して。この匂い、外に漏らしたくないの。私たちは鼻が慣れてきたから気にならないけど、外から家の中に入ると結構臭うから。この辺りは、いつもと違った事が起きるとすぐ色々な噂を立てるの。そうなるとちょっと面倒だから、変な詮索させない様に用心しようと思ってね。なので少しの間、トイレとお風呂以外の時間もこの中で過ごして欲しいの」


紬の返事に


「分かった」


小さな声でマユコは言った。

紬は食べ終わった食器を片付け、マユコが歯磨きを済ませ布団に入ると


「部屋、暗くして良いの?」


「うん。今日はもう寝る。おやすみ」


「おやすみ」


部屋の戸を閉めた。ここに鍵を掛ける事は可哀想でできなかった。それじゃまるで座敷牢だ。そろそろ風呂も匂いが漏れるかもしれない。納戸の中で体を拭いてあげよう。

雨戸の無い窓は全て板をしっかり打ち付けておかないといけない。そして、今夜から納戸の傍で寝よう。

その前にマスコットを作らなくちゃ。あと一週間で百個作れるかしらと紬は思った。マユコと比べると自分の不器用さに焦りを感じる。

郵便小包で送れれば良いが、仕上がりが間に合わないと販売店に直接届けなければならない。長い時間家を空けなければいけなくなる。マユコを独りでここに置いておくのは危険だ。だからと言って一緒に連れて行けばもっと危ない。何が起こるか容易に想像がつく。


「とにかく手を動かさなくちゃ。」


紬は声を出して自分に言い聞かせながらマスコットを作り始めた。




   ※ ※ ※


「紬さーん、紬さーん!」


私は叫んだ。目の前に広がった湖は静かで高い位置にある月明かりを水面に映しているだけだった。

あれから三十分以上経った。頭の中は答えを導き出せない問題がぐるぐる回っている。紬さんは何者なのか。私はここに来てしまって良かったのだろうか。このまま彼女が戻って来なかったらどうしよう。まさかと思うが、もし入水自殺だったら私は自殺幇助で捕まる事もありえる。困った、困った。動悸がする。

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