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10.雨宮千秋

10.雨宮千秋

 自殺した幼馴染を偽るなんて馬鹿げてる。

 それでもそれは私にとって大切なものである。

 この物語は嘘と矛盾で包まれた優しい愛の物語だ。

 千秋くんが過去に戻ってきてしまった。すべて私が望んだことだったが、本物を目の前にするとやはり違和感を覚えてしまう。彼もきっと同じことを思い、過去という世界を過ごしているのかもしれない。

 彼の性格は変わっているかな、成長できているかな。

遠い昔のことのように懐かしむ。

 私は過ちを犯してしまったのだ。決して擁護のしようがないほどの重罪だ。

 私は過去の人生を繰り返しているうちに、彼に恋した。彼にはあって、私にはない何かが確かに存在していた。彼は根暗で、世界を卑下するような目をしていた。自分の人生に幸せなんて存在しない、欲しくもない。そんな目だ。私の人生を打ち明けたら、少しは自分の人生が鮮やかに見えるだろうか。ほんとにどうしようもなくて、救いようもないばかだった。そんな彼に私は行き場のない恋を覚えてしまったのだ。私は、彼より何倍も馬鹿な人間だ。

 終着点が存在しない、永遠の恋。文字だけ見れば、それはこれ以上ない素晴らしいものだと錯覚する人がほとんどだろう。だが、私にとっては違った。皮肉めいていて、それであって残酷。それは人にとって最大の幸福であり、私にとって解けない呪いだった。しかし偽物であるはずのそれは、私の中で勢力を増し、とうとう偽物の彼では物足りなくなってしまったほどだ。習慣化された彼との人生に飽き飽きしたのかもしれない。いつしか私は、本物の彼に会うことを渇望してしまっていた。現実の、どうしようもないばかに、何としてでも会いたかったのだ。会いたい会いたい会いたい、会って抱きしめ、口づけを交わしたい。私の幸福のかけらもない塵の掃き溜めのような人生を、彼に慰めてもらいたい。私は悪くないんだって、よく頑張ったねって、彼の歪な撫で肩に顔を埋め、彼の体温を感じ、温もりに包まれたい。そんな気持ちは抑えようとすればするほど私の中で勢力を増していった。人は気にしないと割り切ろうとすればするほど、かえって逆効果になってしまう。人間の数あるうちの一つの欠点とも言えよう。

 街で合った不思議な女性に聞いた話から浅はかな計画を立てた。''本物の彼''に会う計画だ。今の私にとってはそれが救いだった。救いなんて一切なかった人生の唯一の救い。だが、それを実行してしまえば、彼の中に深い傷の種を植え付けてしまうことも確かだった。

 しかし私は、一度芽生えた悪しき私欲を抑えることはできなかった。実際、私の計画は上手くいった。何度か''終わり''に首を吊ることで、現代にいる彼の意識に『自殺してしまった、想い人である清水咲良』という記憶を埋め込むことに成功してしまった。要するに、私は虚偽の記憶で彼を沼へと引き摺り込もうとする悪魔になった。それまで彼の心の拠り所だった記憶は、彼のトラウマへと変貌を遂げた。首を吊ることは、今まで私が受けてきた仕打ちに比べれば、むしろ楽すぎる選択であったと言える。二の腕の痣は一生消えることはないだろう。レーズンパンのようになった体も、彼から隠さなければならない。なぜなら、私は完璧な幼馴染の『清水咲良』でなければいけないのだから。

 何度目かの人生で、彼を一目見た瞬間、今までの彼とは明らかに違うものを感じた。彼が今まで見せることのなかった生み出す一、二秒の気まずさから、私はそれがホンモノであることを最も簡単に見破った。どうやら、私の過去が彼の心に相当の傷を残していたらしい。時々彼が送る視線は、路上に胎内をぶちまけている子猫の死体を見る目と何ら変わりなかった。哀れみとか、何とかできないか、と言った表情だ。「この幸せも……」「ニ、三年後には彼女は……」そんな気持ちが彼の瞳の奥から痛いほど伝わってきた。私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。彼の心に一生癒えることのない爪痕を残してしまった。私は後悔すべきなのだろう。過去の住人として犯してはならない禁忌を犯し、一人の人生を狂わせてしまった自分を恥じ、蔑むべきなのだろう。

 だが、私は彼の選択が、間違いだらけの矛盾が、とてもとても、嬉しかった。

 彼の中で私の存在がどれほど重要なものになっていたかを感じると、涙が出てきそうになる。

 彼が今までと違う行動をとったり、ぎこちない様子を見せた時、現実の彼を感じることができた。まったく、私が愛したどうしようもないばかは、現実でもさほど変わっていないようだ。そんな現代の彼を愛おしく思うと同時に、そこにはもういない私を思うと、悲しくなるのもまた事実だった。もし、彼と現実で愛を誓い合うことができたら、どれほど幸せなことだろう。私の救いようのない過去を打ち明け、彼はそれらと一緒に私を優しく抱擁する。私たちは不確定で不鮮明なこれからの人生を約束するのだ。黒みがかった曇りに私たちは一筋の光を刺す。彼と一緒にいるだけで、過去と未来の悪天候は嘘のように晴れる。私達は、五線譜の上を陽気に走る音色のように、人生を謳歌するのだ。手を繋いで、水族館や、遊園地に行く。私のはしゃぎすぎで、彼を疲れさせてしまい、帰りの電車で、彼は深い眠りに落ちてしまう。私はそんな彼の寝顔を覗き見て、唇を重ねるのだ。これは私の妄想にしか過ぎず、絶対に起こらないことだ。彼に全てを打ち明け、一緒に逃避行してしまおうか。今からならきっと全世界を一周しても、お釣りが出るほどの時間はある。しかし、私はそうはしないだろう。現実に戻った時の彼を考えると胸が痛むからだ。過去を破壊し、狂わせた私が言えることでもないが、これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。彼にはまだ未来が残っている。

 私はこの世界で犯した罪を精算をしなければならない。だがもう少しだけ、あと少しだけは、夢を見させてはくれないだろうか。今までの辛い現実を考慮し、悪魔と化した私を、純粋無垢な女の子に変身させてくれないだろうか。一度でいいから、私の人生は良いものだった、と思わせてくれないだろうか。

 だからどうか、どうか彼があと数年はなにも知りませんように。偽物の愛を、本物であるように受け入れてくれますように。

 昨夜、私は祭りでキスをした。「キスしてみない?」何度も言ってきたセリフだが、今回は違かった。妙な緊張を感じてしまう。冷静を装ったつもりだが、頑張って言った言葉だ。当たり前だ。マネキンに言う言葉と、人間に言う言葉では、まるで違う。言葉に乗る想いとか、魂とか、伝えようとする努力とか、そんなところだ。

 彼の記憶と差はないだろうか。彼にとって一周目の私と同じように上手くできただろうか。千秋くんはいつもと違い、少し震えていた。現実の彼は、私のせいで相当弱気になってしまっているらしい。そんな彼を擁護するかのように私は口づけを交わした。純恋がそうしてくれたように。そのキスの直後、あろうことか、私は純恋との最後の日を思い出してしまった。私は乗り越えたつもりの彼女を思い出す度に泣いてしまう。それが悲しみからくるものなのか、寂しさからくるものなのかは分からなかった。様々な感情が私という容器から溢れてしまったのだろう。彼にとってそれが些細な違いとして処理されていることを祈る。

 そんな彼は、私を救うことができないと知った時、どんな顔をするだろう。私が彼に全て打ち明ける手紙を書いてこの世を去った時、彼ははたしてどんな感情を浮かべるのだろう。今の彼ならそれを読もうとしてくれるだろうか。それを読む術は残念ながら彼にはないのだが。死の直前になって、「私は助かりませんでした。」なんて伝えたら、彼は惨めで哀れな私を理解してくれるのだろうか。私たちの偽物の愛を本物の愛にしてくれるだろうか。彼にそれが届かないことを分かってはいつつも、私は毎周、それをしっかりと書いた。読まれることはないし、手に渡ることもないのに。なぜそうしたのかは自分でも分からない。

 不意に寒気が私を襲った。それが冬の寒さでないことは私にも分かった。布団を鼻まで引き上げる。私は泣いていた。それが何についての涙なのかは分からなかったが、とても悲しかったようだ。それは目で留まることを知らず、雨のように私とベッドを濡らした。

 駄目だ、ここで私が挫けてはならない。彼はきっと今、様々な感情の渦中にいるつもりだ。私が彼を救ってあげねば。今は私が彼にとっての、正義のヒーローでなければ。

 私は意を決したように涙を袖で拭う。

 頬を一度叩いて、制服に身を通す。首元のリボンを結び、玄関にある全身が映るほどの大きな鏡の前で思い切り笑って見せる。涙で腫れた目を袖で拭い、深呼吸をする。

 まだ馴染まないローファーに足をしまい、彼を待つ。

 八時五分、居間の時計を確認して、固く冷たいドアノブを豪快に開ける。私の顔はこの上なく幸せな笑顔だった。しかし私は、私だけは、それが偽物であり作り物でしかないことを知っていた。だが、今はそれでいい。

 そう、この物語は嘘と矛盾で包まれた優しい愛の物語なのだから。



「おはよう、千秋くん」


 私は言い放った。


 

いつかこの笑顔が、私たちの愛が本物になる日を願って。


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